第3話 体育館裏の攻防戦
放課後。俺たち三人は体育館裏へ向かった。
ソーラーカーを作るには、車一台分のスペースが必要だ。
科学部のプレハブでは到底無理。
そこで藤川先生が言っていた“体育館裏の倉庫”を借りるため、体育科の先生に交渉することになった。
「黒江さん、本当に大丈夫?」
雨宮が心配そうに聞く。
「大丈夫。体育科の先生って、だいたい単純だから」
黒江はスマホをしまいながら言った。
「偏見がすごいな」
俺は呆れた。
「偏見じゃなくて経験則。中学のときも体育科の先生と交渉したし」
「何の交渉だよ」
「部活の予算。あのときは勝った」
勝ったって何だよ。
でも、黒江の“交渉強者”感は妙に説得力がある。
体育館裏に着くと、倉庫の前でジャージ姿の先生がホウキを持っていた。
がっしりした体格で、いかにも体育科という感じだ。
「すみませーん」
黒江が先頭に立つ。
「ん? お前ら一年か?」
先生はホウキを止めてこちらを見た。
「はい。科学部です」
黒江が言うと、先生は眉をひそめた。
「科学部? あそこまだあったのか」
「ありました。で、お願いがあって来ました」
黒江は一歩前に出た。
「この倉庫、使わせてもらえませんか?」
「は?」
先生は完全に警戒モードだ。
「ソーラーカーを作るんです。科学部の部室じゃ狭すぎて」
「ソーラーカー? お前らが?」
先生は俺たち三人を見回した。
その瞬間、先生の目が一瞬だけ止まった。
……たぶん、俺たちの“見た目”のせいだ。
学校でも噂になっているらしいし。
「えーと……本気で言ってるのか?」
「本気です」
黒江は即答した。
「でもな、この倉庫は体育科の備品が入っててだな……」
「邪魔なものは全部どかします。掃除もします。鍵の管理もします」
黒江は畳みかける。
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
「じゃあ逆に聞きますけど」
黒江が一歩踏み込む。
「この倉庫、今使ってます?」
「……いや、まあ、使ってないけど」
「じゃあ貸してください。使ってないなら貸すべきです」
「いや、貸すべきって……」
「学校のスペースは生徒のためにあるんですよね? 違います?」
黒江の言葉に、先生は口をつぐんだ。
雨宮が小声で俺に言う。
「黒江さん、強いですね……」
「強いどころじゃないだろ」
俺は返した。
黒江はさらに続ける。
「私たち、科学部を廃部にされたくないんです。
そのためには実績が必要で、ソーラーカー大会に出るしかないんです」
「……大会に出るのか?」
「出ます。絶対に」
黒江の目は真っ直ぐだった。
体育科の先生は、しばらく黙って俺たちを見た。
そして、ため息をついた。
「……わかったよ。使っていい。ただし条件がある」
「条件?」
黒江が眉を上げる。
「ちゃんと掃除しろ。備品は勝手に触るな。鍵は毎日職員室に返すこと」
「全部守ります」
黒江は即答した。
「それから……」
先生は俺たち三人を見て、少しだけ笑った。
「途中で投げ出すなよ。ソーラーカーなんて簡単じゃないぞ」
「投げ出しません」
俺は言った。
「僕もやります」
雨宮も続く。
「もちろん」
黒江が締めた。
先生は鍵を渡してくれた。
「じゃあ、今日からここがお前らの作業場だ」
倉庫の扉を開けると、薄暗い空間が広がった。
古いマット、壊れたボール、使われていない跳び箱。
埃っぽいけれど、広さは十分だ。
「……ここならいけるな」
俺は思わず言った。
「広いですね。なんかワクワクします」
雨宮が笑う。
「じゃあ、まず掃除からね」
黒江が腕まくりをした。
「掃除か……」
俺はため息をついた。
「文句言わない。これもプロジェクトの一部」
黒江が言う。
「プロジェクトって言うほどのもんか?」
「言い方は大事なの」
そんなやり取りをしながら、俺たちは倉庫の掃除を始めた。
埃が舞い、古いマットを運び出し、跳び箱を端に寄せる。
汗だくになりながらも、三人で作業すると意外と早く片付いた。
「……よし、これで作業場確保だな」
俺が言うと、黒江が満足げに頷いた。
「次は資金。スポンサー探すわよ」
「僕は大会の規定、もっと詳しく調べます」
雨宮がスマホを開く。
「じゃあ俺は……設計の勉強からだな」
俺は工具箱を開けた。
倉庫の窓から夕日が差し込んでいた。
埃が光に照らされて舞っている。
まだ何も形になっていない。
でも、確かに“始まった”感じがした。
「よし、やるか」
俺は小さく呟いた。
黒江がニヤッと笑う。
「走り出したわね、科学部」
雨宮も笑った。
「止まらなければ、きっと形になりますよ」
俺たち三人は、まだ何も持っていない。
でも――動き出した以上、止まる気はなかった。




