第22話 ひとりひとりへ
放課後の倉庫は、いつもより明るかった。
窓から差し込む夕陽が、工具の影を長く伸ばしている。
「さて。お礼動画、撮るわよ」
黒江斎が三脚を立てながら言った。
「まとめて一本だっけ?」
俺――白峰理久が確認すると、
雨宮柊が首を傾けた。
「……本当に“まとめて”でいいんですかね」
「どういう意味?」
黒江が振り返る。
「だって、
支援してくれた人って、
“ひとりひとり”違うじゃないですか。
名前も、理由も、思いも」
黒江は腕を組んだ。
「まあ、そうだけど……
個別に作るのは、さすがに無理よ」
「個別じゃなくても、
“個別に向けて話してるように見える動画”なら作れます」
雨宮は静かに言った。
「例えば、
“あなたの支援が、僕たちの力になっています”
っていう言い方なら、
誰が見ても“自分に向けて言われてる”って思える」
俺は思わず笑った。
「お前、そういうの得意だよな」
「得意というか……
僕、誰かに“ありがとう”って言うの、好きなんです」
黒江はしばらく黙っていたが、
やがて小さく息を吐いた。
「……いいわね、それ」
「いいのか?」
俺が聞くと、黒江は頷いた。
「まとめて一本より、
“ひとりひとりに届く一本”のほうが強いわ。
クラファンって、そういうものよ」
雨宮が微笑んだ。
「じゃあ、構成考えますね」
「構成?」
俺が聞くと、雨宮はノートを開いた。
「はい。
“最初に3人で挨拶”
“中盤で感謝の言葉”
“最後に、これからの決意”
この流れなら、誰が見ても誠意が伝わります」
「お前、ほんとに高校生か?」
俺は呆れた。
「高校生ですよ」
雨宮は淡々と答えた。
黒江が手を叩いた。
「じゃあ、撮るわよ。
白峰、真ん中。
雨宮、左。
私は右」
「なんで配置まで決まってるんだよ」
「バランスよ。
3人の顔の並びは“画面の印象”を決めるの」
「顔の話ばっかりだな……」
「事実でしょ」
黒江は笑った。
撮影が始まった。
カメラの前に立つと、
胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……じゃあ、いきます」
雨宮がカウントを取る。
「3、2、1――」
俺は息を吸った。
「支援してくださった皆さん。
本当に、ありがとうございます」
黒江が続ける。
「私たちは、まだ知識も経験も浅いです。
でも、あなたの支援が、
私たちの背中を押してくれています」
雨宮が締める。
「これからも、
ひとつひとつ積み重ねていきます。
どうか、見守ってください」
撮影が終わると、
倉庫の空気が少しだけ柔らかくなった。
「……悪くないわね」
黒江が言った。
「悪くないどころか、
めちゃくちゃ良かったぞ」
俺は正直に言った。
「じゃあ、次は“応援してくれてる人紹介動画”ね」
黒江がタブレットを開く。
「自転車屋さん、文房具屋さん、
あと、最初に声かけてくれた近所のおばあちゃんも」
「おばあちゃんも入れるのか」
「入れるわよ。
あの人、最初に“頑張りなさいね”って言ってくれたんだから」
雨宮が言った。
「地域の人を紹介するの、
すごくいいと思います。
“この町と一緒に走ってる”って伝わりますし」
「そういうこと」
黒江は満足げだった。
撮影した動画をSNSにアップすると、
数分で反応が返ってきた。
「見て、コメント」
黒江がスマホを見せる。
“こういうの、泣ける”
“応援したくなる”
“地元の子たち、頑張れ”
“個別に向けて話してる感じがいい”
“文房具屋さん、うちもよく行く!”
数字が跳ね上がる。
67 → 82 → 94 → 103
「……え、100超えた?」
俺は目を疑った。
「超えたわよ」
黒江は笑った。
「“ひとりひとりへ”っていう姿勢、
ちゃんと届いてる」
雨宮が静かに言った。
「嬉しいですね。
なんか……
“町が味方になってくれた”みたいで」
俺は深く息を吸った。
「……よし。
明日から、もっと本気でやらないとな」
「明日からじゃないわよ」
黒江が言った。
「明日“も”よ。
今日だって本気だったんだから」
雨宮が頷いた。
「じゃあ、
明日は“計画の練り直し”ですね」
「計画?」
俺が聞くと、雨宮は言った。
「はい。
資金も増えたし、
日程も、作業量も、
全部見直す必要があります」
倉庫の空気は、
昨日より明るく、
でも昨日より引き締まっていた。
科学部は、ひとりひとりに向けて走り始めた。
そして、町がその背中を押し始めた。




