第18話 静かな作業日
土曜日の朝。
学校は静まり返っていて、廊下の蛍光灯の音だけが響いていた。
倉庫の前に立つと、昨日よりも空気が冷たく感じた。
「……三枝さん、もう来ないんですよね」
雨宮柊が鍵を開けながら言った。
「来ないよ。
でも、あいつの視線は残ってる気がするな」
俺――白峰理久は苦笑した。
「観察されてる気がするってことですか」
「そういうこと」
倉庫の扉を開けると、
工具の匂いと、少しだけ残った油の匂いが混ざっていた。
黒江斎はすでに来ていて、
作業台に資料を広げていた。
「おはよ」
「おはようございます」
「おはよ」
黒江は資料から目を離さずに言った。
「今日、ちょっと話があるのよ」
「スポンサーの件?」
俺が聞くと、黒江は深く息を吐いた。
「そう。
自転車屋さんは応援してくれてる。
でも……それだけじゃ足りない」
「まあ……そうだよな」
俺は頷いた。
「材料費、バッテリー、パネル……
全部合わせたら、最低でもあと十数万は必要よ」
「十数万……」
雨宮が目を丸くした。
「普通科の部活には無理ですね」
「無理よ。
だから――」
黒江は資料を閉じ、こちらを見た。
「クラファン、やらない?」
倉庫の空気が一瞬止まった。
「クラファンって……あの?」
俺は思わず聞き返した。
「そう。
“クラウドファンディング”。
ネットで資金を集めるやつ」
「いや、俺たち高校生だぞ」
「高校生でもできるわよ。
むしろ、今のうちにやらないと間に合わない」
雨宮が静かに言った。
「でも……
僕らにできるんですか?」
「できるわよ」
黒江は即答した。
「むしろ、今のうちにやらないと間に合わないの。
スポンサー交渉は限界。
学校の予算はゼロ。
残された手段はクラファンだけ」
俺は腕を組んだ。
「でも……
クラファンって、
“応援される理由”が必要だろ」
「あるじゃない」
黒江は言った。
「普通科の弱小部活が、
ソーラーカーで強豪校に挑むっていう“物語”が」
雨宮が静かに言った。
「三枝さんが言ってましたよね。
“あなたたちのやり方が好きです”って」
俺は少しだけ黙った。
三枝の言葉が、
まだ胸の奥に残っていた。
黒江は手を叩いた。
「それに――」
黒江は俺と雨宮を交互に指差した。
「私たち、知識はないけど“顔だけは最高”なんだから」
「は?」
俺は思わず声を上げた。
「いや、事実でしょ」
黒江は真顔だった。
「白峰くんは“静かなイケメン”。
雨宮くんは“優しいイケメン”。
私は“強い美人”。
この3人が並んでクラファンやったら、
絶対に伸びるわよ」
「いや、顔で勝負するのかよ……」
俺は呆れた。
「高校生のクラファンなんて、
“顔”と“物語”がすべてよ。
技術なんて誰も見ないわ」
「そんなもんか……」
「そんなもんよ」
雨宮が苦笑した。
「でも……
確かに、僕ら3人が並んだら“映え”ますね」
「映えるって……」
俺は頭を抱えた。
「事実です」
雨宮は淡々と言った。
「白峰くん、写真撮りましょう。
クラファンのトップ画像に使います」
「トップ画像!?」
「はい。
“科学部の3人、美形すぎる”ってバズりますよ」
「バズらなくていいよ……」
「バズらないと資金集まらないでしょ」
黒江が即答した。
「だから、
“顔で勝てるところは顔で勝つ”。
これが現実よ」
俺は深呼吸した。
「……よし」
ノートパソコンを閉じた。
「クラファン、やるか」
黒江が笑った。
「やるわよ。
絶対に成功させる」
雨宮も頷いた。
「3人なら、きっと大丈夫です」
そのとき、倉庫の外から声が聞こえた。
「科学部、今日も来てるらしいよ」
「土曜なのに?」
「なんか本気すぎて怖いんだけど」
黒江が苦笑した。
「ほら、また“空気”よ」
「空気って……」
俺は肩をすくめた。
「まあ、気にしても仕方ないだろ」
「気にするわよ。
女子ってそういう生き物なの」
「知らんがな」
雨宮が静かに言った。
「でも……
“空気が変わる”ってことは、
僕らが前に進んでるってことですよね」
「そうだな」
俺は作業台に向き直った。
「よし。
今日はクラファンの準備と、
重心の再計算だ」
「また地獄じゃん」
黒江が呆れた声を出す。
「地獄だよ」
「地獄だけど……
まあ、3人ならなんとかなるでしょ」
雨宮が笑った。
「はい。
3人なら、きっと大丈夫です」
倉庫の空気は、昨日より静かで、
でも昨日より強かった。
科学部は、3人で“外の世界”に踏み出した。
クラファンという新しい戦いが、今始まる。




