第17話 揺れる三角形
翌日の放課後。
倉庫に入った瞬間、空気が少しだけ重いと感じた。
昨日の“地獄の再スタート”の疲れが残っているのか、
それとも――
三枝がいなくなった穴が、思ったより大きいのか。
「白峰くん、昨日の補強案……見直しました」
雨宮柊がノートを差し出した。
「お、早いな」
俺――白峰理久は受け取った。
「重心のズレを考慮して、
“前方の面”を強くする案です。
ただ……」
「ただ?」
「強くしすぎると、今度は“後ろ”が弱くなります」
「なるほどな……」
俺はノートパソコンを開き、昨日のデータと照らし合わせた。
そこへ、黒江斎が倉庫に入ってきた。
「ただいま」
「どうだった?」
俺が聞くと、黒江は無言で紙袋を置いた。
「……成功。
スポンサー1件、追加」
「マジか!」
雨宮が目を輝かせた。
「すごいじゃん」
俺も素直に言った。
「すごくないわよ」
黒江は淡々と言った。
「“条件付き”だから」
「条件?」
雨宮が聞く。
「“大会で結果を出すこと”。
それが条件」
俺は眉をひそめた。
「結果って……優勝とか?」
「優勝じゃなくていいけど、
“形になる結果”を出せって」
「形になる結果……」
黒江は腕を組んだ。
「つまり、
“走れませんでした”とか“途中棄権”はダメってこと」
「まあ……スポンサーとしては当然か」
俺は言った。
「当然だけど……プレッシャーよ」
黒江はため息をついた。
「昨日からずっと思ってたけど、
私たち、本当に勝てるの?」
その言葉は、倉庫の空気を一瞬で変えた。
雨宮が小さく息を呑む。
「黒江さん……」
「いや、責めてるわけじゃないのよ。
ただ……現実的に考えて、
南条工業は強いし、
うちは普通科で、
設備も経験もない」
「わかってるよ」
俺は言った。
「でも、勝ちたいって言ったのは俺だし、
やるしかないだろ」
「やるしかないって……
それ、根性論じゃない?」
黒江の声が少し強くなった。
「根性論じゃないよ。
現実論だよ」
「現実論なら、もっと慎重に進めるべきでしょ。
昨日の“全部やり直し”だって、
慎重にやってれば防げたんじゃない?」
「それは……」
言い返せなかった。
雨宮が静かに言った。
「黒江さん、
白峰くんを責めても仕方ないですよ」
「責めてないわよ。
ただ……焦ってるだけ」
「焦ってるのはわかるけど……」
雨宮は珍しく強い口調になった。
「僕ら、3人でやるって決めたんですよね。
だったら、誰か一人を責めるのは違います」
黒江は目を見開いた。
「……雨宮くん、怒ってる?」
「怒ってますよ」
雨宮ははっきり言った。
「黒江さん、昨日からずっと無理してます。
スポンサーのことも、
学校の空気も、
全部一人で抱え込んでる」
「抱え込んでないわよ」
「抱え込んでます」
雨宮は即答した。
「僕、見てましたから」
黒江は言葉を失った。
俺は深呼吸して言った。
「黒江。
お前が頑張ってるのはわかってる。
でも……
“勝てるの?”って言われると、
正直、きつい」
黒江は視線を落とした。
「……ごめん」
「謝るなよ。
お前が悪いわけじゃない」
雨宮が続けた。
「僕ら、3人でやるんです。
3人で焦って、
3人で悩んで、
3人で進むんです」
黒江は小さく笑った。
「……あんた、ほんと大人よね」
「大人じゃないですよ。
ただ……3人が好きなだけです」
その言葉は、妙に胸に響いた。
俺はノートパソコンを閉じた。
「よし。
今日は“補強の方向”だけ決めよう。
全部は無理だ」
「全部やろうとしてたの?」
黒江が呆れた声を出す。
「やろうとしてた」
「バカじゃないの」
「バカだよ」
雨宮が笑った。
「でも……
バカでも3人ならなんとかなると思います」
「お前、たまに名言言うよな」
「たまに、ですか」
「たまにだよ」
倉庫の空気が、少しだけ軽くなった。
そのとき、雨宮がふと呟いた。
「……三枝さん、
こういうときどうしてたんでしょうね」
黒江が言った。
「どうもしないわよ。
あの子、敵なんだから」
「敵だけど……
なんか、気になるんですよね」
俺は苦笑した。
「まあ……
あいつなら“観察してます”とか言いそうだな」
雨宮が笑った。
「じゃあ、恥ずかしくないように進みましょう」
「そうだな」
俺は作業台に向き直った。
「よし。
今日も地獄の続きだ」
「地獄って言うなよ」
黒江が笑う。
「いや、地獄だろ」
「地獄だけど……まあ、3人ならなんとかなるでしょ」
雨宮が頷いた。
「はい。
3人なら、きっと大丈夫です」
倉庫の空気は、昨日より静かで、
でも昨日より強かった。
科学部の三角形は揺れながらも、
確かに前へ進んでいた。




