第16話 ひび
放課後の倉庫は、昨日よりも静かだった。
三枝がいなくなったから、というより――
“3人に戻った”という現実が、じわじわ効いてきていた。
「……白峰くん、今日の進捗どうですか」
雨宮柊がノートを開きながら言った。
「進捗っていうか……地獄だな」
俺――白峰理久は、ノートパソコンの画面を指差した。
「重心の再計算したら、フレームの補強位置、
“全部やり直し”になった」
「全部……?」
「全部」
雨宮は苦笑した。
「まあ……気づけただけ前進ですよ」
「前進っていうか……
“スタート地点に戻った”って感じだな」
そのとき、倉庫の扉が勢いよく開いた。
「ただいま」
黒江斎が戻ってきた。
手には何も持っていない。
「どうだった?」
俺が聞くと、黒江は無言で作業台に突っ伏した。
「……失敗」
「また?」
雨宮が驚く。
「またよ。
今日の文具屋さん、
“この前協力したから、もう十分でしょ”って言われた」
「まあ……普通はそうだよな」
俺は正直に言った。
「普通とか言わないでよ」
黒江は顔を上げた。
「私だってわかってるのよ。
でも、スポンサーって“勢い”が大事だと思ってたの」
「勢いは大事だけど……
相手にも都合があるだろ」
俺が言うと、黒江は睨んできた。
「わかってるわよ。
でも、断られるのって……地味に傷つくのよ」
雨宮が静かに言った。
「黒江さん、今日は休んだほうがいいですよ」
「休んでる暇ないでしょ。
勝つって言ったの、誰よ」
「俺だけど……」
俺は苦笑した。
「でも、無理しても意味ないだろ」
「無理しないと勝てないでしょ!」
黒江の声が倉庫に響いた。
その瞬間、空気がピンと張りつめた。
雨宮が小さく息を呑む。
「……黒江さん」
雨宮の声は静かだった。
「僕ら、3人でやるって決めたんですよね。
だったら、3人でバランス取らないと」
「バランスって……」
黒江は眉をひそめた。
「はい。
三枝さんがいたときは、
僕ら、無意識に“4人の空気”になってました」
「……まあ、そうかもな」
俺は認めた。
「でも今は3人です。
だから、誰か一人が無理すると、すぐ崩れます」
黒江はしばらく黙っていたが、
やがて小さく言った。
「……ごめん」
「謝る必要ないだろ」
俺は言った。
「スポンサー探しは黒江に任せっきりだし、
俺は設計で手一杯だし、
雨宮は調整役で疲れてるし」
「疲れてませんよ」
雨宮は笑った。
「嘘つけ。
お前、昨日からずっと気を遣ってるだろ」
雨宮は少しだけ目をそらした。
「……まあ、ちょっとだけ」
黒江が苦笑した。
「雨宮くん、あんたが一番大人よね」
「大人じゃないですよ。
ただ……3人でやりたいだけです」
その言葉は、妙に胸に響いた。
俺は深呼吸して、作業台に向き直った。
「よし。
フレームの補強位置、全部洗い直すぞ」
「全部……?」
黒江が呆れた声を出す。
「全部だよ。
重心の位置が変わったんだから、
補強の“面”も全部変わる」
「地獄じゃん」
「地獄だよ」
雨宮が笑った。
「でも、地獄でも進めば出口ありますよ」
「お前、たまに名言言うよな」
「たまに、ですか」
「たまにだよ」
黒江が立ち上がった。
「じゃあ、私はスポンサー探しのリスト作り直すわ。
“勢い”じゃなくて、“相手のメリット”を考える」
「お、珍しく冷静だな」
俺が言うと、黒江は肩をすくめた。
「昨日の私、ちょっと調子乗ってたからね」
「ちょっとじゃないだろ」
「うるさい」
倉庫の空気が、少しだけ軽くなった。
そのとき、雨宮がふと呟いた。
「……三枝さん、今頃どうしてるんでしょうね」
黒江が言った。
「敵チームなんだから、
こっちのことなんて忘れてるでしょ」
「いや、あいつは忘れないだろ」
俺は言った。
「観察者だったんだから」
雨宮が笑った。
「じゃあ、僕らも“観察されても恥ずかしくない”ように、
ちゃんと進みましょう」
「そうだな」
俺はノートパソコンを開き直した。
「よし。
今日から本気で地獄だぞ」
「地獄って言うなよ」
黒江が笑う。
「いや、地獄だろ」
「地獄だけど……まあ、3人ならなんとかなるでしょ」
雨宮が頷いた。
「はい。
3人なら、きっと大丈夫です」
倉庫の空気は、昨日より静かで、
でも昨日より強かった。
科学部は、3人で“本当の地獄”に踏み込んだ。




