第15話 静けさのあと
三枝が去った翌日の放課後。
倉庫は、昨日よりも広く感じた。
同じ場所、同じ工具、同じブルーシート。
でも、空気が違う。
「……静かだな」
俺――白峰理久が言うと、雨宮柊が頷いた。
「はい。
昨日まで、三枝さんが“観察”してましたからね」
「観察って言うなよ……」
「事実じゃないですか」
雨宮は淡々としているが、どこか寂しそうだった。
黒江斎は作業台に資料を広げたまま、腕を組んでいた。
「……スポンサー、次どうしようかな」
「また探すのか?」
俺が聞くと、黒江は頬杖をついた。
「探すしかないでしょ。
今のままじゃ、材料費も足りないし」
「まあ、そうだけど……」
「“まあ”じゃないのよ。
勝つって言ったんだから、ちゃんとやりなさいよ」
黒江の声が、いつもより少し強かった。
雨宮が静かに言った。
「黒江さん、ちょっと疲れてません?」
「疲れてるわよ。
でも、止まったら終わりでしょ」
黒江は資料を閉じ、深呼吸した。
「……ごめん。
ちょっとイライラしてるだけ」
「わかるけどさ」
俺は苦笑した。
「三枝がいなくなって、急に現実に戻った感じだよな」
「現実って?」
黒江が聞く。
「俺たち、普通科の弱小部活だってこと」
黒江は一瞬だけ黙った。
「……そうね。
でも、それでも勝つんでしょ?」
「勝ちたいよ。
でも、現実は厳しいって話」
雨宮がノートを開いた。
「白峰くん、昨日のフレームの続きやりましょう。
“面で受ける”っていう考え方、三枝さんが言ってましたよね」
「言ってたけど……」
俺は試作フレームを手に取った。
「これ、強度足りないんだよな。
補強材の位置は合ってるはずなのに」
「じゃあ、どこが問題なんですか?」
雨宮が聞く。
「わからん」
「わからんって……」
「わからんものはわからん!」
俺の声が少し大きくなった。
倉庫の空気が一瞬止まる。
黒江が眉をひそめた。
「ちょっと、八つ当たりしないでよ」
「八つ当たりじゃねぇよ。
ただ……なんか、急に全部重くなっただけだ」
「重いのはみんな同じよ」
黒江は淡々と言った。
「スポンサーも、材料も、時間も足りない。
でも、やるしかないでしょ」
「わかってるよ」
「わかってるなら、ちゃんと考えなさいよ」
「考えてるよ!」
言い返した瞬間、雨宮が静かに言った。
「……二人とも、やめましょう」
その声は小さいのに、妙に強かった。
「雨宮?」
黒江が驚く。
「三枝さんがいなくなって、
僕ら、ちょっと感覚乱れてます」
「感覚……?」
俺が聞く。
「はい。
昨日まで4人で当たり前だったのが、
急に“3人”に戻ったから」
雨宮は続けた。
「でも、僕らは3人で始めたんですよね。
だったら、3人で戻ればいいだけです」
黒江は少しだけ目を伏せた。
「……そうね」
俺も深呼吸した。
「悪かった。
ちょっと焦ってた」
「僕もです」
雨宮が言う。
「私も」
黒江が言った。
倉庫の空気が、少しだけ軽くなった。
「よし。
じゃあ、フレームの問題点を洗い出すか」
俺は作業台に向き直った。
「白峰くん、昨日のデータあります?」
雨宮が聞く。
「あるけど……」
俺はノートパソコンを開いた。
その瞬間、画面に表示された数値を見て、固まった。
「……あれ?」
「どうしたの?」
黒江が覗き込む。
「これ……
強度計算、間違ってる」
「間違ってるって……どこが?」
雨宮が聞く。
「全部」
「全部!?」
黒江が叫んだ。
「いや、全部っていうか……
“前提条件”が間違ってた」
「前提条件?」
雨宮が首をかしげる。
「俺、
“車体の重心が中央にある”って前提で計算してたんだよ」
「普通そうじゃないの?」
黒江が言う。
「普通はそうだけど……
ソーラーカーって、
“パネルの重さ”が前に寄るんだよ」
雨宮が息を呑んだ。
「つまり……」
「補強材の位置、
“全部ズレてる”」
黒江が頭を抱えた。
「ちょっと待ってよ……
じゃあ、昨日の成功って……」
「成功じゃなくて“偶然”だな」
「偶然!?」
「偶然」
雨宮が苦笑した。
「でも……
“間違いに気づけた”のは前進ですよね」
「まあな」
俺はノートパソコンを閉じた。
「よし。
今日から“本当の設計”始めるぞ」
黒江が笑った。
「やっとスタートラインって感じね」
雨宮も頷いた。
「三枝さんに胸張れるように、頑張りましょう」
倉庫の空気は、昨日より静かで、
でも昨日より強かった。
科学部は、3人で再スタートを切った。




