第13話 距離
翌日の放課後。倉庫の扉を開けると、三枝は作業台の前に立っていた。
昨日までの“淡々とした天才”とは違う。
落ち着かない。視線が揺れている。
「……来るの早いな」
俺――白峰理久が言うと、三枝は小さく頷いた。
「今日は……話があります」
「話?」
黒江斎が眉を上げる。
三枝は、深呼吸してから言った。
「昨日、ここにいて……気づきました。
私は、あなたたちのやり方が好きです」
雨宮柊が目を丸くした。
「好き……?」
「はい。
南条工業では、“正解”しか許されません。
でも、あなたたちは……失敗しても、次に進んでいました」
「いや、別に楽しんでるわけじゃ……」
俺が言うと、三枝は首を振った。
「楽しんでいました」
「断言すんなよ……」
三枝は続けた。
「だから……ここにいたいと思いました。
でも――」
そこで言葉が止まった。
黒江が静かに言う。
「“でも”って何?」
三枝は、まっすぐ俺を見た。
「私は南条工業のメンバーです。
だから……あなたたちを“手伝う”ことはできません」
倉庫の空気が一瞬で変わった。
「……まあ、そうだよな」
俺は納得した。
三枝は続けた。
「でも……見ていたいんです。
あなたたちがどう作って、どう悩んで、どう進むのか」
「見てるだけってこと?」
黒江が言う。
「はい。
“観察者”としてなら、問題ありません。
南条工業にも説明できます」
雨宮が小さく笑った。
「三枝さん、真面目ですね」
「真面目……ですか?」
「はい。
立場を守りながら、自分の気持ちも守ろうとしてる」
三枝は少しだけ視線をそらした。
「……ずるいですよね」
「ずるくないよ」
俺は言った。
「お前の立場はわかるし、無理に手伝えなんて言わない」
三枝は驚いたように目を見開いた。
「……怒らないんですか?」
「怒る理由ないだろ。
お前は敵チームなんだから」
「敵……」
三枝はその言葉をゆっくり噛みしめた。
「でも、敵でも……見ていたいんです」
黒江が腕を組んだ。
「じゃあ、条件は?」
「条件……?」
「“観察者”になる代わりに、何を求めるの?」
三枝は少し考えてから言った。
「……あなたたちが、本気で勝ちたいと思うこと」
雨宮が息を呑んだ。
「勝ちたい……?」
「はい。
“作れたらいい”では、私はここにいる意味がありません。
あなたたちが本気で勝ちたいなら……私はここにいます」
俺は言葉を失った。
勝ちたい。
そんなこと、考えたこともなかった。
廃部回避。
スポンサー探し。
試作。
嫉妬。
噂。
全部が“目の前のこと”で、
“勝つ”なんて遠すぎる話だった。
黒江が俺の肩を軽く叩いた。
「白峰くん。どうするの?」
「どうするって……」
「三枝さん、本気よ。
“勝ちたい”って言ってるんだから」
雨宮も静かに言った。
「白峰くんが決めることですよ。
僕らは……ついていくだけです」
倉庫の空気が、妙に静かだった。
俺は深呼吸して、三枝を見た。
「……勝ちたいよ」
三枝の目が少しだけ揺れた。
「勝てるかどうかは知らん。
でも、勝ちたい。
せっかく作るなら、勝ちたい」
三枝は、ほんの少しだけ笑った。
「……では、観察者としてここにいます」
黒江が手を叩いた。
「よし、決まりね!」
雨宮も笑った。
「三枝さん、よろしくお願いします」
三枝は深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その瞬間、倉庫の扉が勢いよく開いた。
「ちょっといい?」
現れたのは、昨日黒江に嫉妬していた女子二人。
「黒江さん、話あるんだけど」
黒江はため息をついた。
「……来たわね」
「何が?」
俺が聞くと、黒江は肩をすくめた。
「敵よ。
“注目されてる女子”が必ずぶつかる壁」
女子たちは腕を組んで言った。
「科学部って、そんなに偉いの?」
「三枝さんまで連れてきて、調子乗ってない?」
「なんかムカつくんだけど」
三枝が小さく俺の袖を引いた。
「……どうすればいいですか」
「どうすればって……」
俺は困った。
黒江は一歩前に出た。
「偉くないわよ。
ただ、やりたいことやってるだけ」
「は? 何それ」
「嫉妬するなら勝手にすれば?
でも、私たちの邪魔はしないで」
女子たちは一瞬言葉を失ったが、すぐに睨んできた。
「……覚えてなさいよ」
そう言って去っていった。
黒江はため息をついた。
「はぁ……めんどくさ」
「黒江さん、強いですね」
雨宮が言う。
「強くないとやってられないでしょ。
うち、今めっちゃ目立ってるんだから」
三枝がぽつりと言った。
「……私、黒江さんみたいな人、好きです」
「え?」
黒江が固まった。
「強くて、はっきりしてて。
南条工業には、そういう人いません」
「ちょ、ちょっと……急に何言ってんのよ」
黒江が珍しく動揺していた。
雨宮が笑った。
「三枝さん、素直すぎますよ」
「素直……ですか?」
「はい。
でも、そういうところがいいと思います」
三枝は照れたように視線をそらした。
倉庫の空気が、昨日よりもずっと温かかった。
そして、俺は気づいた。
“勝ちたい”と言った瞬間から、
この部活は本当に動き始めたんだ。




