第1話 科学部、ゼロからのスタートライン
入学式から一週間。校内の空気はまだ新入生の匂いがして、どこか落ち着かない。そんな中、俺――白峰理久は、校舎裏のプレハブに向かっていた。
“科学部部室”と書かれたプレートは色あせ、半分剥がれかけている。ドアの金具は錆び、湿気で木材が膨らんでいた。
「……湿度高すぎ。機材置いたら一発でアウトだな」
独り言を言った瞬間、横から声がした。
「湿度って、なんか気分下がりません? 僕だけですかね」
振り向くと、ふわっとした髪の男子が立っていた。中性的で、やたら整った顔。
その隣には、黒髪ロングで目つきの鋭い女子。こちらも明らかに“強い”。
「湿度の話はどうでもよくない?」
黒髪の女子が言った。
「部費が出るかどうかの方が重要でしょ」
……なんだこの二人。いや、俺も含めて三人か。
「君たちも科学部?」と俺。
「そうです。雨宮柊です」
「黒江斎。静かに過ごせる部活を探してたらここに辿り着いただけ」
名前は普通だが、雰囲気は普通じゃない。
「じゃあ、入部届出しに行く?」
俺が言うと、二人は同時に頷いた。
職員室の隅にある小さな机。そこに科学部の顧問らしい藤川先生が座っていた。
白衣を着ているが、やる気はゼロに見える。
「先生、科学部に入部したいんですけど」
俺が入部届を差し出すと、藤川先生は目を丸くした。
「え、科学部? あー……廃部にしようと思ってたんだよね」
「は?」
俺と黒江が同時に声を上げた。
「廃部って、そんな軽く言うことなんですか」
雨宮が困った顔で言う。
「いや、だって部員ゼロだし。活動実績もゼロだし。予算もゼロだし。
もう“ゼロの三連コンボ”でね……」
「ゼロの三連コンボとかどうでもいいです」
黒江が即座に切り捨てた。
「廃部にされたら困るんですけど。私、静かに過ごせる場所がなくなる」
「僕も困ります。こういう部活って、なんか落ち着くんで」
雨宮が言う。
「俺も困る。ここに来るって決めてたし」
俺も続けた。
藤川先生は頭をかいた。
「いや、気持ちはありがたいんだけどね。活動実績がないと、今年こそ本当に廃部になるよ」
その瞬間、黒江がスマホを取り出した。
「じゃあ作ればいいじゃん。実績」
「実績って何を?」
俺が聞くと、黒江は画面をこちらに向けた。
「ソーラーカー大会。高校生でも出られる。参加するだけで実績になる。
完走したら新聞にも載る。スポンサーついたら予算も出る」
「いや、無理でしょ普通に」
俺は即答した。
「でも、なんか楽しそうじゃないですか」
雨宮が言う。
「太陽だし」
「楽しそうとかどうでもいいの。廃部回避が目的だから」
黒江はきっぱり言い切った。
「ていうか、ソーラーカーってどう作るんだよ」
俺が言うと、黒江は肩をすくめた。
「そこは理系男子の出番でしょ。ほら、白峰くん、顔が“できます”って言ってる」
「言ってねぇよ。てか、俺ひとりで作る気?」
「雨宮くんもいるじゃん。なんか頭良さそうだし」
「僕、機械は苦手ですけど……データとかなら」
「ほら、役割分担できた」
黒江は勝手に話を進める。
でも、妙に説得力があった。
「先生、これ実績になりますよね?」
黒江が藤川先生に詰め寄る。
「え、ああ……まあ、なるんじゃないかな。出場できればだけど」
「じゃあ決まり。科学部は今日からソーラーカー部よ」
「いや、科学部のままでいいけど……」
藤川先生は苦笑した。
気づけば、俺たち三人は同時に言っていた。
「やります」
部員三人。予算ゼロ。経験ゼロ。
でも――走り出さないと、何も始まらない。
部室に戻ると、埃っぽい空気が迎えてくれた。
棚には古いビーカーや壊れた顕微鏡。
窓の外には、春の光が差し込んでいる。
「ここから始めるのか……」
俺が呟くと、雨宮が笑った。
「なんか、こういうのって青春っぽくないですか」
「青春とかどうでもいいの。廃部回避が最優先」
黒江が言う。
「でも、やるならちゃんとやりたいな」
俺は棚の上の古い工具箱を手に取った。
錆びているが、使えないほどではない。
「まずは情報集めだな。大会の規定とか、車体のサイズとか」
「僕、調べますよ。資料読むの好きなんで」
雨宮がスマホを取り出す。
「私はスポンサー候補探す。お金ないと話にならないし」
黒江はすでにSNSを開いていた。
「じゃあ俺は……設計の勉強からか」
工具箱を開けながら言うと、黒江がニヤッと笑った。
「ほら、やっぱり“できます”って顔してる」
「してねぇって」
でも、心のどこかでワクワクしている自分がいた。
こうして、科学部の存亡をかけた“光の挑戦”が始まった。
ソーラーカーはまだ影も形もない。
だけど、確かにここから走り出したのだ。




