第24話 仮面の下
影宮の拘束から六時間後。
管理局本部の会議室に、主要な幹部が集まっていた。局長の八神、第一課の課長、第三課の課長、その他各課の責任者。
そして——俺、カナタ、志摩さん。
八神局長は七十代の老人で、白髪を後ろに撫でつけ、姿勢が良かった。声は低く、落ち着いている。
「状況を整理する。影宮上席監査官は、呪術浄化計画なる独自の計画を秘密裏に進めていた。その過程で三年前の新宿汚染事件を引き起こし、複数の呪術師を死亡させた。さらに一般市民への呪術攻撃を命じ、闇市に便宜を図り、そして今回——広域呪術式の設置を行った」
録音データと、カナタが収集した証拠資料。全てが局長に提出されていた。
「影宮は既に拘束した。だが——問題は、広域呪術式の装置だ」
八神局長がモニターを示した。東京の地図に、赤い点が十二個。
「影宮が東京各所に設置した術式装置。十二基。このうち七基は管理局の技術班が発見し、停止処理を完了した。だが——残り五基の位置が特定できていない」
「しかも」
第三課の課長が補足した。
「七基を停止した際に、残りの五基が自動的に起動した。影宮が仕込んだフェイルセーフだ。一定数の装置が停止すると、残りが自動起動して術式を完遂しようとする」
会議室がざわついた。
「現在、五基の装置が作動中。このまま放置すれば——およそ四十八時間後に広域呪術式が完全展開する。そうなれば東京全域の呪力が暴走し、呪域が発生する。新宿の比ではない規模で」
四十八時間。
東京全域の呪力暴走。一千万人以上が影響を受ける。
「五基の装置を見つけて停止する必要がある。全課の呪術師を総動員して捜索にあたれ」
八神局長が指示を出し、会議室が動き始めた。
その中で、俺は志摩さんに聞いた。
「五基の装置。影宮以外に位置を知っている人間は」
「いないわ。影宮一人で設置したらしい。独房で聞いても口を割らなかった」
「なら——別の方法で探す」
「どうやって」
「装置は呪力を発している。発動中なら——俺に感じ取れるかもしれない」
三年間、呪いを喰い続けてきた。呪力の「味」や「匂い」を感じ取る感覚は、おそらく日本で俺が最も鋭い。
カナタが歩み寄ってきた。
「手伝う」
「ああ。——お前の感知能力と俺の嗅覚で、五基を見つけ出す」
「雫ちゃんも」
志摩さんが言った。
「浄化の力で装置を停止させることは可能よ。見つけたら、雫ちゃんが無力化する。その方が技術班が解体するより早い」
雫が頷いた。
「やります」
「全員で動く。四十八時間以内に五基を見つけて止める」
カナタが全員を見回した。
「マリさんには外部の情報網で装置の可能性がある場所をリストアップしてもらう。志摩さんは管理局内部の通信を監視して、影宮の過去の行動記録から設置場所のヒントを探す。灰原と俺と白峰は——東京を走り回る」
「分担が決まったわね」
マリが電話の向こうで煙草をくるりと回す音がした。
「やりましょう」
*
管理局を出たのは夜明け前だった。
東京の地図を広げ、残り五基の位置を推測する。影宮が設置した十二基は、東京を取り囲むような配置だった。停止済みの七基の位置から逆算すると——五基は東京の北部、東部、南部に分散しているはずだ。
「手分けする余裕はない。三人で順番に回る」
カナタが言った。
「最初はどこだ」
俺は目を閉じた。体内の呪力に意識を集中する。外部の呪力の流れを感じ取る。
東京の呪脈——地下を流れる呪力の大河。普段は穏やかに流れているが、今は乱れている。装置の起動が、呪脈を撹乱している。
「……北。板橋方面に一つ。呪力の流れが歪んでる」
三人で走った。
板橋区。住宅街の中に埋もれた古い神社。社殿の床下に——装置があった。黒い金属の箱。表面に紋様が刻まれ、脈動している。
「雫」
「はい」
雫が装置に手を当てた。白い光が溢れ、装置の紋様が消えていく。浄化。三十秒で装置は沈黙した。
「一基目、停止」
残り四基。
次。東に意識を向ける。
「足立区。荒川の河川敷近く」
走る。
河川敷の橋脚の裏。二基目。雫が浄化。停止。
三基目は品川。倉庫街の地下。
四基目は世田谷。公園の地中。
四基を停止した時点で、十二時間が経過していた。全員が疲労の限界に近い。
「あと一基」
俺は目を閉じた。残りの呪力の流れを感じ取ろうとする。
だが——見つからない。
「感じない。最後の一基だけ——呪力の痕跡が薄い」
「隠蔽されているのか」
「分からない。だが——四基を停止したことで、残りの一基に全てのエネルギーが集中してるはずだ。放置すれば——一基だけでも相当な被害が出る」
スマホが鳴った。マリだ。
「五基目の候補地が絞れたわ。影宮の行動記録を分析した結果——彼が最も頻繁に訪れていた場所がある」
「どこだ」
「新宿。——三年前の事件現場。あの廃ビル」
*
新宿。
三年前の新宿汚染事件の現場。あの廃ビル。全ての始まりの場所。
俺たちはそこに向かった。
到着すると——空気が震えていた。
廃ビルの地下から、黒い光が漏れ出している。最後の一基が全力で稼働している。
「ここだ」
ビルの中に入る。地下への階段。三年前と同じ道。
地下三階。あの日、仲間たちが倒れた場所。
そこに——最後の装置があった。
他の装置より二回りも大きい。黒い金属の塊が、地下室の中央に鎮座し、凄まじい呪力を放射している。空気が歪み、壁に呪痕が這い出している。
「これが本体か——」
カナタが呟いた。
影宮は最初から、ここを核にするつもりだった。三年前の事件の現場。呪力の残滓が最も濃い場所。
「雫。浄化を」
「はい——」
雫が装置に近づこうとした瞬間——装置が光った。
黒い光の波動が放射された。衝撃波。三人とも吹き飛ばされた。
「くっ——」
装置が自衛モードに入った。近づく者を排除する。
「俺が抑える。白峰は俺の後ろから浄化しろ。カナタは——」
「援護する」
三人が散開した。
俺が先頭。装置に向かって突進する。黒い光弾が飛んでくる。喰う。重い。だが——六日間の訓練が活きている。喰った呪力を制御し、体内で安定させる。
カナタが横から呪刃で装置の防御を削る。隙間ができた。
「今だ、白峰!」
雫が走り込んだ。両手を装置に叩きつける。白い光が爆発的に溢れた。
装置の紋様が——消えていく。
だが装置も抵抗する。黒い光と白い光がぶつかり合い、火花を散らす。
「……っ、重い——」
雫の顔が歪んだ。額に汗が浮かぶ。
「灰原さん——手を——」
俺は雫の隣に立ち、装置に手を当てた。
喰う。装置の呪力を。雫が浄化する分を少しでも減らすために。
二人の力が重なった。喰呪と浄化。黒を取り込む力と、黒を消す力。
装置の光が弱まっていく。
カナタが残りの防御を呪刃で砕く。
三人の力。
装置が——砕けた。
黒い光が消え、地下室に静寂が戻った。
五基目——停止。
全ての装置が停止した。
広域呪術式は——完全に無力化された。
三人とも、その場に崩れ落ちた。
「終わった——のか」
カナタが天井を見上げた。
「ああ。——終わった」
雫が俺の腕に寄りかかった。体が震えている。
「灰原さん」
「何だ」
「約束、守ってくれましたね。帰ってきてくれて」
「ああ。——帰ろう。缶コーヒー飲みに」
三年前の事件の現場。仲間を失った場所。
だが今は——新しい仲間がいる。
地下室を後にした。地上に出ると、朝の光が差し込んでいた。
新宿の空。
三年前より——少しだけ、明るく見えた。




