表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

第21話 内部の裏切り

 管理局本部。千代田区の官庁街に建つ、一見すると普通の省庁ビル。十二階建て。窓は全て防弾。結界が三重に張られている。


 正面玄関から入った。


 受付の女性が俺を見て、端末を確認し——顔色を変えた。


 「灰原蓮さん。あなたの認可は取り消されています。管理局への立ち入りは——」


 「影宮総一郎に会いに来た。第九課の上席監査官だ。会いたがっていると聞いた」


 受付が内線電話に手を伸ばした。数秒の会話。


 「……お通しいたします。第九課、九階です」


 予想通りだった。影宮は俺を拒まない。「喰呪体」が自ら来たのだから。


 エレベーターに乗る。隣に監視の制服組が二人つく。護送というほどではないが、自由に動ける状態でもない。


 九階。第九課のフロア。整然としたオフィス。他の課と変わらない風景だが——空気が違う。呪力の残滓が薄く漂っている。


 奥の個室。扉に「上席監査官」のプレート。


 ノックする前に、中から声がした。


 「どうぞ」


 扉を開けた。


 影宮総一郎が、デスクに座っていた。


 五十代に近い男。白髪交じりの髪を整え、銀縁眼鏡の奥に穏やかな目。口元には微笑。紳士然とした佇まい。


 こいつが——全ての黒幕。


 「灰原蓮くん。ようやく会えましたね」


 穏やかな声。敵意はない。むしろ——歓迎しているように聞こえた。


 「座ってください」


 ソファを勧められた。座る。影宮はデスクを回り、向かいのソファに座った。


 二人の間にテーブル。その上に湯気の立つ紅茶が二つ。


 「紅茶は飲みますか?」


 「缶コーヒーの方がいい」


 「残念。——さて」


 影宮が足を組んだ。


 「何から話しましょうか。お互い、聞きたいことは山ほどあるでしょう」


 マリの仕込んだ小型マイクが、ジャケットの内ポケットに入っている。録音は開始されている。データはリアルタイムで外部のマリに転送されている——はずだ。


 時間を稼ぐ。影宮に喋らせる。


 「あんたの計画を聞かせてくれ。呪術浄化計画」


 影宮の眉が微かに上がった。


 「知っていましたか。——マリさんの仕事ですね。優秀な情報屋だ」


 否定しない。隠す気もない。


 「ええ、お話しします。隠す段階はもう過ぎました」


 影宮が紅茶を一口飲んだ。


 「灰原くん。あなたは——呪いで苦しむ人を何人見てきましたか」


 「数え切れないほど」


 「そうでしょう。あなたは三年間、毎日誰かの呪いを喰ってきた。呪いがどれほど人を苦しめるか、誰よりも知っている」


 「ああ」


 「ならば——想像してください。この国から、全ての呪いが消える世界を」


 影宮の声が熱を帯びた。穏やかな仮面の下から、本音が滲む。


 「呪いで病む人がいない。呪術犯罪がない。恨みが形を持たない。——そんな世界を、私は作りたい」


 「そのために、俺の仲間を殺したのか」


 影宮の微笑が、一瞬だけ消えた。


 「三年前の新宿汚染事件。あれは——必要な犠牲でした」


 「必要な犠牲」


 声が低くなった。自分でも分かるほど。


 「あなたに大量の呪いを蓄積させるためには、通常では考えられない量の呪力暴露が必要だった。自然な方法では何十年もかかる。だから——環境を作りました」


 「仲間が死んだのも計画のうちか」


 「本当は全員生き残る予定でした。だが——呪力の暴走が想定以上に強く、制御が効かなかった。四人が犠牲になったのは、計画の瑕疵です。私の責任です」


 影宮が軽く頭を下げた。


 「申し訳なく思っています」


 謝罪。言葉だけの。


 拳が震えた。


 「——俺を怒らせたいのか」


 「いいえ。事実を話しています。あなたには知る権利がある」


 「じゃあ続けろ。雫に呪殺術式をかけたのは?」


 「白峰の血を覚醒させるための刺激です。S級の呪いをかけることで、彼女の潜在能力が目覚める。——そして、それを解呪できる人間はあなたしかいなかった」


 「最初から——俺が助けに行くと分かっていた」


 「あなたの性格を調べました。見捨てられない人間だと。——予想通りでしたね」


 全て計算の上。


 最初から最後まで、影宮の筋書き通り。


 「闇市も——あんたの仕込みか」


 「氷室は便利な駒でした。大量の呪いを流通させることで、あなたの呪力蓄積を加速させる。あなたは被害者の呪いを喰い続けるでしょうから」


 「今回の呪域事件も」


 「二度目の実験です。三年前のデータだけでは不十分だった。あなたがどれほどの呪いを喰えるか、限界を測る必要がありました」


 全て。全部。


 この三年間の全てが——影宮の実験台だった。


 「灰原くん。あなたは怒っているでしょう。当然です。だが——結果を見てください」


 影宮が立ち上がった。


 「あなたは今、日本で最も多くの呪力を蓄積した人間です。そして白峰雫は、白峰の血を覚醒させた浄化体です。二つの駒が揃った」


 「駒と呼ぶな」


 「失礼。——二つの力が揃えば、この国から全ての呪いを消せます。あなたが全ての呪いを集め、白峰が浄化する。それだけです」


 「計画書には書いてあったぞ。俺の死亡確率は九十五パーセントだと」


 影宮が一瞬だけ目を伏せた。


 「犠牲は最小限に抑えます。ゼロにはできない。だが——あなた一人の犠牲で、何百万人が呪いから解放される。それは——」


 「割に合うと?」


 「……ええ。割に合います」


 俺の口癖を使いやがった。


 「影宮。あんたの理想は理解できる。呪いのない世界。素晴らしい話だ」


 立ち上がった。


 「だが——人の命を駒にして、仲間を殺して、少女を実験台にして作る世界が、本当に『呪いのない世界』か? あんたのやってることは——呪いそのものだ」


 影宮の微笑が消えた。


 初めて見る、素の表情。冷たい。


 「理想論ですね、灰原くん」


 「理想論じゃない。俺は——あんたの計画には乗らない。雫を渡すつもりもない。諦めろ」


 「残念です」


 影宮が眼鏡を直した。


 「ならば——強制するしかありませんね」


 影宮が指を鳴らした。


 扉が開き、四人の制服姿の呪術師が入ってきた。全員、B級以上の気配。


 「灰原蓮を拘束してください」


 「了解」


 四方から呪縛が飛んできた。


 喰う——だが、四人分同時は重い。体が軋む。


 もう一波。呪縛ではなく、呪刃。攻撃だ。


 避けきれない。左肩に呪刃が掠め、血が飛んだ。


 「大人しくしてください。殺しはしません。あなたは——私の計画に必要な人間ですから」


 影宮が穏やかに言った。


 くそ。ここまでか——


 スマホが振動した。短い振動。三回。


 マリからの合図。録音データ転送完了。


 ——録れた。


 影宮の告白。三年前の事件の真相。呪術浄化計画の全容。全て。


 あとは——これが外に出れば。


 意識が薄れていく。呪縛の拘束が全身を締め上げ、視界が暗くなる。


 最後に聞こえたのは、影宮の声だった。


 「白峰雫を——確保してください」


 意識が落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ