第19話 認可取消
影宮が動いたのは、カナタとの作戦会議から三日後だった。
朝。事務所で缶コーヒーを飲んでいたら、スマホが鳴った。志摩さん——ではなく、知らない番号。管理局の代表番号だ。
「灰原蓮さんですね。管理局総務課です。本日付で、あなたの呪術師認可が取り消されたことを通知します」
コーヒーが気管に入った。
「——は?」
「理由は、身体に蓄積された呪力の総量が安全基準を大幅に超過しており、公共の安全に対する重大な脅威と認定されたためです。認可番号E-〇七二四二、灰原蓮。即日有効」
「待て。聞いてない。査定もなしに——」
「第九課上席監査官の緊急裁定に基づく措置です。異議申し立ては所定の手続きに従い——」
「第九課? 影宮か」
「お名前は控えさせていただきます。なお、認可取消に伴い、呪術関連業務の一切が禁止されます。違反した場合、呪術犯罪として——」
電話を切った。
手が震えている。怒りだ。
認可取消。つまり俺はもう公式には呪術師ではない。呪い除去の仕事もできない。管理局のデータベースにもアクセスできない。
影宮が——先に動いた。
すぐに志摩さんに電話した。
「知ってる。——さっき通知が来たわ。第九課の緊急裁定。蓮くんの認可取消。止める間もなかった」
「どうにかならないのか」
「異議申し立ては可能だけど、審査には最低三ヶ月かかる。その間は——」
「三ヶ月。そんなに待ってられない」
「分かってる。でも——蓮くん、これだけじゃないの」
志摩さんの声が低くなった。
「私も——始末書を出された。灰原蓮に対する不正な情報提供の疑い。査問委員会にかけられる」
血の気が引いた。
「志摩さん——」
「大丈夫。証拠は全部消してある。査問を切り抜ける自信はある。——でも、しばらくは蓮くんに情報を回せない。監視がついてる」
「すまない——」
「謝らないで。私が選んだことよ。——気をつけて、蓮くん」
電話が切れた。
認可取消。志摩さんへの圧力。影宮は、俺の足元を一つずつ崩しにきている。
次は——
スマホが再び鳴った。今度はカナタだ。
「灰原。俺もだ」
「何が」
「第一課からの一時的な任務停止。理由は『呪域事件における独断行動の調査のため』。——影宮が第九課の権限で発動した」
カナタまで。
「影宮は全員を同時に潰しにきた」
「ああ。——だが、想定の範囲内だ。マリが言っていただろう。えげつないことをすると」
想定はしていた。だが、実際にやられると——
事務所のドアが開いた。雫が入ってくる。学校の帰り。
俺の顔を見て、一瞬で異変を察した。
「何かあったんですか」
「認可が取り消された」
雫の顔が強張った。
「つまり——」
「もう正式には呪術師じゃない。仕事もできない。管理局との繋がりも切られた」
雫が黙って、ソファに座った。数秒考えて、言った。
「灰原さん。認可がなくても、呪いは喰えますよね」
「——ああ」
「じゃあ、何も変わりません」
「変わるだろ。金が——」
「私、バイト増やします」
「お前なあ——」
「それに、認可がなくなったからって、灰原さんが灰原さんじゃなくなるわけじゃないです。Eランクの看板がなくなっただけです」
こいつは——時々、こういうことを平然と言う。
「……助かった」
「え?」
「お前がいて、助かった」
缶コーヒーを飲んだ。苦い。微糖なのに苦い。
*
翌日から、状況はさらに悪化した。
事務所の前に——管理局の監視がついた。黒い車が路上に停まり、中に制服姿の人間が二人。こちらの出入りを記録している。
「灰原さん。あの車、ずっとこっち見てますけど」
「監視だ。俺が認可なしで呪術を使わないか見張ってる」
「堂々としてますね」
「威圧目的だ。お前も気をつけろ。お前の存在も把握されてるはずだ」
雫が窓から車を覗き見た。
「あの人たち、朝からずっとあそこにいるんですか」
「ああ」
「大変ですね。お手洗いとか」
「……そこは心配するところじゃない」
監視。認可取消。志摩さんとの連絡遮断。カナタの任務停止。
影宮は着実に包囲網を狭めている。
だが——まだ手はある。
マリに連絡した。
「あら。認可取消おめでとう」
「おめでとうじゃない」
「冗談よ。——状況は把握してるわ。影宮は一気にカードを切ってきたわね」
「マリ。お前のルートは生きてるか」
「私は管理局の人間じゃないもの。影宮の手は届かないわ。——ただし、情報の入手経路は狭まってる。管理局内部に協力者を置きづらくなった」
「カナタは」
「任務停止中。でも——あの子は諦めるタイプじゃないわね。独自に動いてるはずよ」
その通りだった。
カナタからメッセージが来た。暗号化されたチャットアプリ経由。
『局長への直接報告の準備を進めている。任務停止中でも、緊急報告の権限は生きている。——三日後に動く』
三日後。
それまで持ちこたえられるか。
翌日、事務所に管理局の職員が訪れた。
「灰原蓮さん。認可取消に伴う事務所の閉鎖手続きについて——」
「閉鎖?」
「認可を持たない人間が呪術関連業務の看板を掲げることは、法令違反となります。三日以内に看板を撤去し——」
「分かった。帰ってくれ」
事務所の閉鎖。看板の撤去。つまり——居場所を奪われる。
雫が職員の背中を見送りながら、唇を噛んでいた。
「灰原さん。——やっぱり、私のせいですか」
「何が」
「影宮が灰原さんを潰しにかかってるのは、私の力が目的だからで——私がいなければ——」
「馬鹿言え」
声が強くなった。自分でも驚くほど。
「お前がいなくても、俺は影宮と対立してた。三年前の事件の真相を知った時点で。——お前のせいじゃない。絶対にだ」
雫が目を伏せた。
「でも——」
「でもじゃない。——白峰。聞け」
雫を正面から見た。
「俺がお前を助けたのは、影宮の計画とか、白峰の血とか、そんなものとは関係ない。ただ——あの夜、Sランクの呪いで死にかけてるガキが目の前にいて、見捨てられなかった。それだけだ」
雫の目が潤んだ。
「お前が俺の隣にいることは、お前が選んだことだ。俺のせいでもないし、お前のせいでもない。——いいな」
「……はい」
小さな声。だが、目の力が戻っていた。
「灰原さん」
「何だ」
「三日、待てばいいんですよね。カナタさんが動くまで」
「ああ」
「じゃあ——三日間、ここを守りましょう。看板は下ろしません」
「法令違反になるぞ」
「Eランクの呪術師が法令を気にするんですか」
「……Eランクですらなくなったんだがな」
雫が笑った。
三日間。嵐が来るまでの三日間。
事務所のチカチカする蛍光灯の下で、俺は缶コーヒーを開けた。
まだ——負けていない。




