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第18話 借りを返す

 新宿の呪域事件から一週間。


 街は元に戻っていた。ビルは修復され、道路は補修され、閉じ込められた三百人は全員が無事に解放された。一般メディアには「大規模な地震による一時避難」と報道された。管理局の情報操作は相変わらず手際がいい。


 だが——裏側では、波紋が広がっていた。


 「影宮上席監査官。呪域事件の追加調査報告を求めます」


 管理局の内部会議。カナタが正式な手続きで、影宮への調査要求を提出した。


 結果は——却下。


 「第九課の管轄事項は第九課が処理する。第一課からの越権行為は認められない」


 管理局の壁は厚い。カナタが内部から攻めても、影宮を守る組織の論理が立ちはだかる。


 カナタが俺に電話をしてきたのは、却下の翌日だった。


 「正規ルートでは限界がある。影宮の周囲が固すぎる」


 「想定内だ。だから俺が外から動く」


 「何を——」


 「マリが面白いものを見つけた。今から見せる。事務所に来られるか」


 三十分後、カナタが事務所に現れた。雫もいる。マリは——オンラインで参加だ。事務所のノートパソコンにマリの声が響く。


 「聞こえる? ——では始めるわね」


 マリが画面を共有した。管理局のネットワークから流出した文書。どうやって手に入れたかは聞かない方がいい。


 「影宮の個人端末のバックアップデータよ。暗号化を解除するのに一週間かかったわ」


 画面に表示されたのは、一つのファイルだった。


 タイトル:【呪術浄化計画 ── 総合設計書】


 「これが影宮の計画の全容よ」


 マリがファイルを開いた。


 全員が黙読した。


 書かれていたのは——狂気だった。


    *


 呪術浄化計画。


 目的:日本国内から全ての呪いを完全に消滅させる。


 方法:「喰呪体」と「浄化体」の二つの特異能力者を使用し、大規模呪術浄化を実行する。


 手順:

 1. 喰呪体に大量の呪いを蓄積させる

 2. 浄化体の力を覚醒させる

 3. 広域呪術式を展開し、国内の呪いを喰呪体に集約する

 4. 浄化体が喰呪体に蓄積された呪いを一度に浄化する

 5. 日本から全ての呪いが消滅する


 想定される犠牲:

 ・喰呪体への過負荷による死亡(確率95%)

 ・浄化体への反動による能力喪失(確率80%)

 ・広域呪術式の副作用として、半径900km以内の呪術師の呪力消失(確率70%)


 備考:犠牲の許容範囲は要検討。国家規模の利益に比すれば——


 ファイルを読み終えた。


 誰も口を開かなかった。


 喰呪体——俺。確率九十五パーセントで死ぬ。

 浄化体——雫。能力を失い、おそらく普通の生活に戻れなくなる。

 副作用——日本中の呪術師が力を失う。


 影宮は——これを、やろうとしている。


 「呪いのない世界」を作るために。俺と雫を道具にして。


 「……狂ってる」


 カナタが呟いた。


 「呪いを消すことは——理想としては理解できる。呪いで苦しむ人間がいなくなるなら、それは素晴らしいことだ。だが——そのために人を殺すのは、呪いそのものと何が違う」


 「影宮にとっては——数字なんでしょうね」


 雫が静かに言った。


 「九十五パーセントの死亡確率も、犠牲者も、全部数字。計画を完遂するためのコスト。——灰原さんの命も、私の人生も」


 声は穏やかだったが、その奥に怒りがあった。静かで、深い怒りだ。


 「マリ。このデータ、外部に出せるか」


 「出せるわ。でも——出す相手が問題よ。管理局内部はダメ。影宮に握り潰される。外部メディアに出したら、呪術の存在自体が公になる」


 「国会議員は」


 「呪術のことを知っている政治家はごく少数。しかも大半が管理局寄り」


 八方塞がりに見えた。


 「一つだけ方法がある」


 カナタが言った。


 「管理局長に直接持ち込む」


 「局長?」


 「管理局長の八神道雄は——影宮とは別系統の人間だ。古いタイプの官僚で、保守的だが不正を許さない。呪術浄化計画の全容を見れば——動くはずだ」


 「お前、局長に直接会えるのか」


 「Aランクの特権だ。第一課の人間は、緊急時に局長へ直接報告する権限がある。——緊急時と判断するのは、俺だ」


 カナタの目が決意に満ちていた。


 「やる。——ただし、もう少し時間をくれ。影宮の動向を確認して、最適なタイミングで動く」


 「分かった」


 電話の向こうで、マリが煙草をくるりと回す音がした。


 「忠告。影宮はあなたたちが動いてることに、おそらくもう気づいてるわ。カナタくんの調査要求が出た時点で、警戒レベルを上げてるはず」


 「分かっている」


 「分かってないわよ。影宮が本気を出したら——あなたたちの認可取消なんて序の口。もっとえげつないことをするわ」


 「例えば」


 「呪術師としての存在そのものを消す。記録の抹消、能力の封印、最悪の場合——物理的な排除」


 暗殺。


 その言葉は口にされなかったが、全員が理解していた。


 「だからこそ——急がないと」


 カナタが立ち上がった。


 「一週間。一週間で全ての準備を整える。その間——灰原、白峰、二人とも気をつけろ。何かあったらすぐに連絡しろ」


 「ああ」


 カナタが出ていった。マリも通話を切った。


 事務所に二人。


 雫がソファに座ったまま、自分の手を見つめていた。白い光が、微かに掌に灯っている。


 「灰原さん」


 「何だ」


 「——あの人、本気なんですね」


 「ああ。数字まで出して、犠牲の計算をしてる。本気だ」


 「私たちの命も、周りの呪術師の力も、全部——」


 「だから止める」


 「止められますか」


 「止めなきゃ、俺が九十五パーセントで死ぬんだ。止めるしかないだろ」


 「あの計画を、実行させないんですよね」


 「させない。——俺は死ぬつもりはないし、お前の力を奪わせるつもりもない」


 雫が俺を見た。


 「信じてます」


 二度目のその言葉。前に聞いた時は——Sランクを喰う直前だった。あの時も、根拠のない信頼だった。


 でも——その信頼が、俺を動かしている。


 「白峰。一つ約束する」


 「何ですか」


 「俺は死なない。割に合わないからな」


 雫が笑った。小さく、だが確かに。


 「……それ、約束ですからね」


 「ああ。約束だ」


 缶コーヒーを飲み干した。


 窓の外では、新宿のネオンが変わらず瞬いている。


 嵐の前の静けさ。


 だが——もう一人じゃない。


 カナタがいる。マリがいる。志摩さんがいる。そして——雫がいる。


 三年前は一人で全てを背負った。


 今度は——違う。


    *


 千代田区。管理局本部、第九課。


 影宮総一郎のデスクの端末に、通知が点灯した。


 【セキュリティ警告:個人データベースへの不正アクセス検知】


 影宮は微笑んだ。


 「気づいたようですね。——予定通りです」


 ファイルを開く。画面には朱鷺野カナタの行動記録。灰原蓮の通信記録。白峰雫の監視カメラ映像。


 全てを把握している。


 「もう少し泳がせましょう。——駒は、揃いつつありますから」


 穏やかな声が、無人の執務室に響いた。


 銀縁眼鏡の奥の目だけが——笑っていなかった。

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