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長男教の村に嫁いで3年、堪忍袋の緒が切れた

作者: 雅せんす
掲載日:2026/02/14

「マリグレッド、紹介する。彼女はメアリーだ。俺はこの女を第二の妻とする」

 夫であるリックが、悪びれることなく堂々と浮気相手を私に紹介した。


 王都に護衛の仕事を受けに行っていたリックは、なぜか女性をその腕に抱いていた。

 彼は金髪碧眼で、平民だけど貴族のように綺麗な顔立ちだ。しかも、外では明るいし人当たりもよい。


 一方、リックの腕に抱かれていたメアリーさんは、まだ若く、焦茶色の髪に栗色の瞳の可愛らしい女性だった。そして、おとなしい雰囲気が私とよく似ていた。

 彼女は目をパチクリさせてリックを見ていたから、もしかしたら結婚していると知らなかったのかもしれない。


「おう、リック。こりゃ可愛らしい子だ。ケツもでかいし、子供をばんばん産んでくれそうだな。お前は長男なんだから、家のためにも子供は多いに越したことはないからな」

 お義父さんがガハガハ笑いながら言った。

 可哀想に、メアリーさんが羞恥に顔を赤くした。


「なあ、おい。お前もそう思うだろう?」

 お義父さんは機嫌良さげに尋ねると、お義母さんは曖昧に微笑んだ。しかし、その目は申し訳なさそうにメアリーさんを見つめていた。


「マリグレッド、返事は?」

 思わず無言で成り行きを見守ってしまった私に、リックが高圧的な視線を向けた。

 お義父さんが、さっさと返事をしろとばかりに私を睨んだ。

 

「……もちろんお喜び申し上げます。旦那様の仰せのままに」

 私はお手本のような微笑みを作って答えながら、脳内は高速回転で今後の段取りを組んでいった。


   ◆


 私が、リックと結婚したのは三年ほど前だった。

 当時、王都の商会に勤めていた私は、商隊を組んで荷を運ぶ道中、盗賊団に襲われた。その時、護衛の一人だった彼に助けられたのがきっかけだった。


 今冷静に考えると、吊り橋効果というやつである。

 しかし、このときの私は完全にリックに恋に落ちたと思っていた。


 顎のラインで揃えた紺色の髪に、灰褐色の切れ長の目をした私は、華やかな美人ではないおとなしい印象だ。

 男性から告白をされたこともなかったし、仕事以外で男性と関わることもほとんどなかった。


 しかし、この時の私は吊り橋効果の勢いでリックに告白し、そのままトントンどころかトトトンの勢いで結婚まで突っ走ったのだった。


 そうして、私はリックと結婚して彼の実家のある辺境の村にやってきた。

 そこが、とんでもない村だと何も知らずに――。





 王都から馬車で一週間ほどかかって村に着くと、リックの両親はニコニコと家の前まで出て私達を迎えてくれた。


「お義父さん、お義母さん。初めまして、マリグレッドと申します。これからよろしくお願いします」

 私は初めて会ったリックの両親に、ドキドキと挨拶をした。


 これから私はリックの実家で、お義父さんとお義母さんと四人で一緒に住むことになっていた。


 王都から大分離れた小さな村だけど、代々村長の家でもあるリックの実家は、他の家々に比べると石造りで立派だった。


「おう、しっかりしたお嬢さんじゃないか。リック、いい嫁を連れてきたな。マリグレッド、これからよろしくな」

「はい。よろしくお願いします」

 お義父さんはがっしりとした体つきに白髪混じりの黒髪の、目尻に笑い皺のあるおおらかそうな人だった。


「おい、マリグレッドによく教えてやれよ」

「はい」

 お義母さんは、ほっそりとしたおとなしそうな雰囲気の人だった。リックの金髪碧眼はお義母さん譲りのようだ。


「はい。いろいろ教えてください」

 このお義父さんとお義母さんとなら楽しくやっていけると思った。――この時は……。


 しかし、家に入り応接室に案内されると、なぜかお義母さんが床に座った。もちろん、お義父さんとリックはソファに座っている。


「マリグレッド、さっさと床に座れ」 

 お義父さんが、当たり前のように言った。


「え?」

 床……?

 板張りの床はカーペットなどなく、固く冷たそうだ。


「おい、さっさとマリグレッドを床に座らせろ。ぐずぐずするな」

 お義父さんが居丈高にお義母さんに言うのを、私は目を白黒させて聞いた。


「はい。旦那様」

 しかし、お義母さんは当たり前のようにお義父さんを旦那様と呼んで静々と従い、私の手を取って隣に座らせた。

 

「リ、リック?」

 私が訳が分からず、助けを求めるようにリックを呼ぶと、お義父さんが目を吊り上げた。

「リックだあ!? 嫁の分際でなんだ、その呼び方は!」


「マリグレッド。リックは長男様だから、嫁のあなたは敬意を込めて『旦那様』と呼ぶのよ」

 お義母さんが慌てたように私に言った。


「え? え? 旦那様?」

 私は固い床に座らされ、ひたすら困惑しながら復唱した。

 

「リック、お前嫁を甘やかしすぎだ」

「ごめんよ。これからちゃんと躾けるよ」

 リックも当たり前のようにお義父さんに返す姿に、不安がムクムクと膨らんだ。


「マリグレッド。黙っていたから驚いたかもしれないが、俺は長男様なんだ」

 リックが厳かに私に告げたが、疑問と不安は増えるばかりだった……。

 

 


 インパクトのある初日をなんとか越えた翌日。

 私は、お義母さんによる『長男様』講座によって、この村は『長男教』という長男至上主義の村だと知った。


 遥か昔、戦争で男がみんな徴兵された時、この村は長男だけを隠して残した。

 隣の村は馬鹿正直に若い男を戦地に送ったため、女と年寄りだけの村となり寂れたが、長男を大事に残したこの村は繁栄した。

 だから、長男を長男様と崇めて大切にしていれば幸せになれるとかいう話だった。


 最後のくだりはなんとなくこじつけのように感じたが、この村に住む人達は固く信じ、長男様を王様のように大切にしていた。


 それに疑問がないかと問われれば、疑問だらけだけれど、嫁いだあとは大なり小なりいろいろあると話に聞く。

 私が嫁いだ所は大なりの方かもしれないが、郷に入っては郷に従えとも言うし、とりあえず私はこの空気に従ってみることにした。


 ちなみに、長男以外の男達は成人するとさっさとこの村を出て行ってしまう。

 長男と次男以下では、待遇が全く違うからそれも仕方がないと思った。


 長男の嫁の私とお義母さんは、まだ暗い夜中の二時に起きなければならなかった。

 そこから家畜の世話をし、村の女達と一緒に荒れた土地を開墾し、昼は畑仕事をした。


 家畜の世話と荒れた土地の開墾や畑仕事は、まあ小さな村だしやらなくてはいけないのはわかる。

 ただ、お義父さんとリックの起きる時間に合わせて、朝食を作らなければならないというのがどうにも納得できなかった。


 なんせ、長男共がいつ起きるかわからないのだ。

 その日の気分で昼まで寝てたり、かと思うと急に早起きしてみたり、とにかく自由だった。


 それで、二人のその時の気分を読んでご飯を作り、お味噌汁も熱くもなく温くもない、二人それぞれの好みの温度で出さなくてはならないのだ。

 少しでも温度が気に食わないと、奴らはプイッと箸を置いてだんまりを決め込み、好物がないと怒鳴り散らし、ピリピリした空気を出し始める。

 

 お義母さんと一緒に、ひたすら低姿勢で謝って作り直すが、それを当たり前のように無言で受け取って食べ始める二人にどうにもイライラが募ってしまう。

 そのたびに、お義母さんに膝を小さく叩かれてなだめられた。


 昼も夜も、長男二人のご機嫌を窺いながら作らなくてはならなかった。

 私とお義母さんは、お義父さんとリックが残したご飯を食べた。

 全くご飯が残らない日は、何も食べることができず、空腹でクラクラした。

 

 しかも、この村の長男達はほぼ働かないのだ。

 働くのは女達ばかりだ。

 たまにふらりと手伝い程度に楽そうな仕事をしたかと思うと、「仕事は要領よくスピーディーにやるんだ」とか鬼の首でも取ったように威張りまくる。


 それだけではない。

 長男様は、奥さんをいくらでも持てるのだそうだ。

 お義父さんにも、お義母さんの他に二人奥さんがいたそうだが、一人は逃げ出して道中で野たれ死に、もう一人は病気で亡くなったそうだ。

 

 もう、この村に来て一週間で無理だと悟った。

 しかし、この村はとにかく辺鄙で他の町や村からも遠いのだ。

 もし村から出ても、お義父さんの逃げ出した奥さん同様の未来を辿りそうだ。


 なんとなくだが、この村は女性同士も互いを見張っている気配も感じた。

 女性が減れば、それだけ自分の仕事の負担が増えるのだから逃げることは許されないのかもしれない。

 怖い。怖すぎる!


 私はまず、この空気に溶け込むことにした。

 もう逃げることはないと思わせなければ、ここから抜け出せないと思った。


 そこから息を潜めて、ここでの生活に粛々と溶け込んで三年、夫が私とよく似たタイプのおとなしそうな女性を騙すように連れてきた……。


 私の中で、堪忍袋の緒が静かに切れた。


   ◆


「と、父さん! 大変だ! 王都から監査の役人が来た!」

 それは、俺が新しい妻メアリーをこの村に連れて来た次の月の出来事だった。




 この村には、『長男教』という長男を長男様として崇める尊い教えがある。

 俺は、その長男様だった。


 長男様は本当にいい。

 働かなくていいし、王様のように大切にされるし、全てにおいて快適だ。

 

 それなのに、母さんに王都に住んで仕事をするように言われた。

 別に母さんの言うことを聞かなくてもいいのだが、王都には興味があった。


 俺は父さんに金をもらって王都に行き、護衛の仕事に就いた。

 剣は趣味だから、丁度いいと思った。

 だいたい滅多に盗賊なんて出ないと聞くし、他にも護衛がいるから危ないと思ったら逃げればいい。

 

 しかし、ある日の商隊の護衛でまさかの盗賊が出た。

 ワーワーと他の護衛達が戦う中、もちろん俺は逃げ出した。

 カムフラージュに近くにいた女を連れて逃げれば、助ける体を取れるから完璧だ。


 その女――マリグレッドは、地味だがよく見ると整った顔をしていた。

 おとなしそうなところが、父さんに従順な母さんによく似ていた。


 俺達はすぐに両想いになって結婚した。

 嫁もできたし、マリグレッドを連れてさっさと村に帰ることにした。

 やっぱり村が一番だ。


 そうして穏やかに過ごして三年、少し退屈になってきた。

 やはり、煌びやかな王都は楽しかった。


 俺は王都にまた護衛の仕事に行くことにした。

 今回は商隊での護衛ではなく、馬車の護衛の仕事を選んだ。

 

 そこで出会ったのがメアリーだった。

 まだ十八歳で、王都に働きに出ていたが、育ててくれた祖母が亡くなってお葬式に向かうところだった。祖父と両親は幼い頃に亡くなっていて、メアリーは天涯孤独になったそうだ。


 俺は暇だったから親身に寄り添ってやった。

 それで、別れ際に告白されたから嫁にすることにした。

 メアリーは若いし顔立ちが可愛らしいし、何より従順そうだ。

 きっと、マリグレッドとも仲良くできるだろう。


 そうして、また村で穏やかな快適な日々を送っていたのに、監査の役人が来るなんて事件が起きたのだった。




「と、父さん! 大変だ! 王都から監査の役人が来た!」

 本当にたまたま散歩に出た時に気づき、俺は慌てて戻り父さんに知らせた。


 この国は厄介なことに、女王が即位するようになってから一夫多妻は認められていなかった。

 百年前くらいまでは、なんとなくなあなあで側室や愛人が許されていたが、今では貴族ですら厳しく取り締まられていた。

 ばれたら大変なことになる。


「なんだって!? リック、急いで第一以外の妻達を森の廃屋に隠すようみんなに言ってこい! 時間を稼ぐ。おい、すぐに準備しろ」

 父さんが母さんに言った。

「……はい、旦那様」


「マリグレッド、メアリーを森の廃屋に案内しろ」

 俺も急いでマリグレッドに命令した。

「はい、旦那様。メアリーさん、こちらへ」

「はい」

 マリグレッドがメアリーを連れ立って行った。

 俺も急いでみんなに知らせに走った。


 そうしてなんとか、役人が到着する前に第二以下の妻達を隠すことができたものの、広場に集められた俺達は不安でおどおどと挙動不審だった。

 父さんは、村長として役人に挨拶をした。

 役人は俺と同じくらいの年頃だったが、後ろには体格のいい護衛も三人いて恐ろしさに拍車をかけた。


「お、お役人様。このたびは、こんな辺鄙な村にようこそいらっしゃいました」

「ああ。この村は、監査の必要ありと判断されたからな」

 生真面目そうな顔をした役人の言葉に、俺達は真っ青になる。


「こ、この村ははきちんと税を納め、不正なんか何一つしておりません。何かの間違いではありませんか?」

 いつもはふんぞりかえっている父さんだが、愛想笑いを浮かべてペコペコと頭を下げながら言った。


「そ、そうです。何を調べるというのですか?」

「何も悪いことなんてしていません。俺は妻一筋です」

「ええ、そうですとも! 俺もマリグレッドだけを愛しています」

 俺達も必死で声をあげた。 


 しかし、その時だ。


「お役人様、どうかお助けください! 私は第二の妻なんて嫌です!」

 なぜか隠れているはずのメアリーが、役人の前に跪くと泣きながら助けを求めた。

 俺は訳が分からず目を瞬いた。


「私はリックが既婚者だなんて知らなかったんです。騙されてこの村に連れて来られました!」

 メアリーがとんでもないことを言い出した。


「お、俺はこんな女は知らない。なあ、マリグレッド」

 従順なマリグレッドなら、うまく誤魔化してくれると信じていた。

 しかし、マリグレッドはすっと俺から離れると、メアリーの隣に跪いた。


「私は、夫からメアリーさんを第二の妻と認めるように言われました。この村の男達はみんな第二、第三の妻を持っております!」

 マリグレッドが、はっきりと滑舌よく言った。


「マリグレッド!?」

 俺は、思わず悲鳴のような声をあげた。

 なんで、どうして、と頭を空回る。

 あんなに家族で仲良く穏やかに暮らしていたのに!?


「こ、こんなのはでたらめだ! その二人は虚言癖があるんだ」

 父さんが大慌てで誤魔化すと、周りで長男達も、そうだそうだと声を張り上げた。


 が、その瞬間、マリグレッドがダンッと足を踏み鳴らして立ち上がった。


「奥様方! あなたの息子があなたの夫のようになって本当にいいんですか!? あなたの娘達が長男様に嫁いで本当にいいんですか!? あなた達は本当に幸せなんですか!?」

 マリグレッドは、村の女衆を見回したあと、静かに母さんを見た。


「幸せに決まってるだろう! なあ、おい」

 父さんが鼻の穴を膨らませて、自信満々に答えた。

 そうだ。母さんは、父さんを愛している。

 きっと、この場もどうにかしてくれるはずだ。


 そう疑いもしなかったのに、母さんは「おい」と呼ばれた瞬間フッと力が抜けたように笑った。


「私の名前は、『おい』じゃないわ。ミレーヌよ。あなたとの暮らしのどこに私の幸せがあるの? まだ月が出ている時間に起きて仕事してるのに、寝てるだけのあなたのご飯を作って細かいことで怒鳴られて、可愛かったリックは今やあなたそっくり。あなたの仕事は私に文句を言うことなのよね?」

 母さんが、笑顔のままばっさり言った。

 その笑顔が般若に見えた。


 次に、母さんがギッと俺を睨んだ。

 俺はヒッと小さく悲鳴を喉の奥で鳴らした。


「リック、あなたに言ったわよね? この村に戻ってきたら駄目だって。それなのに! なんで外からなんにも知らないお嬢さんを二人も連れてくるの? この馬鹿息子!」

 俺は母さんにビンタをくらって、地面に尻もちをついた。


 シンとその場が静まり返った。

 

「……あたしゃ、こんな働かないくせに偉そうな夫はもう捨てたい」

 ポツリといったのは、おしどり夫婦と思っていたおばあちゃんだった。


「具合が悪くて寝てたとき、心配もしないで飯はまだかって……。私は奴隷かー!」

 と叫んだと同時に、グーで殴り飛ばしたのはいつもおっとり優しい奥さんだった。


 そこからは、妻達の怒号と拳が飛んだ。まさに地獄絵図となったのを、俺はビンタされてジンジンとする頬を押さえて呆然と見つめた。


「リック」

 いつの間にそばにマリグレッドが来ていた。

 その強い眼差しに、俺はやっと分かった。


 そうか、マリグレッドはメアリーのことで嫉妬していたんだ。

 それほど俺を愛していたんだと。

 俺は顔が火照り、胸が熱くなった。

 ああ、俺も愛している!


「あんたとは離婚よ」


 しかし、マリグレッドは清々としたいい笑顔でそれだけ告げると、足取りも軽く去って行った。


「マ、マリグレッド〜〜〜〜〜!?」

 俺の哀れな声が、喧騒に紛れていつまでも響くのだった。


   ◆

 

 …………リックがメアリーを連れてくるまでの三年、私は当初の考えはいつの間にか日々の忙しさに紛れ、毎日を惰性のように送っていた。

 私がうまくリック達とやっていけばいいかとすら思うようになった。


 そして、リックが王都に護衛の仕事に行っている時に妊娠に気づき、この村で生きていこうと心を決めたのだった。

 怖い、怖い……。


 しかし、リックがメアリーさんを連れてきたのを見て、奥底に沈んでいた堪忍袋の緒がブツリと切れた。

 メアリーさんが、三年前の私に、そしてまだ生まれていない未来の娘に見えたのだ。


 冗談じゃないと思った。

 そして、もしお腹の子が男の子だったら、お義父さんやリックのようになるのかと思ったらゾッとした。


 そこからは、錆びついた頭が高速回転始めた。


 私は速やかに、定期的に村に来る行商人に、実家への手紙を託してお金を渡した。顔馴染みの行商人は、張り切って請け負ってくれた。


 実家に助けを求めれば、この村から逃げることはできる。しかし、それではリックと離婚することは難しかった。

 女性側からの離婚の申し出はよっぽどの理由がないと認められない。


 村ぐるみで、長男教については隠されるだろうし、メアリーさんのことも浮気はしていないとリック達に白を切られる可能性が高かった。

 それに、私の身代わりのようにメアリーさんをこの村に置いていくことはできない。


 だから、実家経由で村のことを役人に訴えた。

 この国の法では、一夫多妻は許されていない。

 それが証明できれば、確実に離婚することができる。


 メアリーさんは、ずっと王都に帰りたいと泣いていたから、この計画を持ちかけると喜んで賛成してくれた。


 ついつい、私達を嘘吐き呼ばわりしたお義父さんに腹が立って、村の女性達を煽動してしまったが結果オーライだろう。


 村長だったお義父さんは責任をとって村長から下され、あの立派な家は没収となりあばら屋にリックと共に移ったそうだ。


 一夫一妻を守らなかった罰として、長男達は溜め込んでいた金を罰金として払わされた。

 奴らは結構なお金を溜め込んでいたらしい。

 没収したお金は、女王の事業に使われることになったと役人の人がこっそり教えてくれた。


 村には定期的に役人が監査に入り、速やかに長男様なんて言葉は消え去った。

 意外なことに半分ほどの奥さんは離婚せずに村に残っていた。やはり、実家がなくなっていたり、高齢のおばあさんや、子供のいる奥さんは容易には離婚に踏み切れなかったのだろう。


 ただ、長男達は、よっぽど怒った妻が怖かったようで、あれからはちゃんと一緒に仕事をして、ご飯を作っているそうなので、その選択もよいのかもしれない。


 本妻以外の女性達は、女性だけが集まってみんなで住むことにしたようだ。彼女達は夫だった長男様に未練は何一つなく、女だけで気楽に暮らしているとのことだ。


 私は、もちろん無事にリックと離婚した。


 そして、今は――。


   ◆


「お義母さん、メアリー。ただいま」

「マリグレッド、おかえり」

「おかえりなさい」

 以前より少しぽっちゃりしたお義母さんとメアリーが、私を出迎えてくれた。


「ママ! おかえりなたい」

 まだ舌足らずなニコラが、私にギュッとしがみつくとニパァと笑った。

 あの時お腹にいた赤ちゃんは女の子で、今はもう三歳になった。


「ニコラ~! ただいま」

 私はニコラを抱き上げると、すりすりと頬ずりした。

 ニコラが嬉しそうにキャ~と声をあげた。


「メアリー、ニコラお利口にしてた?」

「ええ。今日はマリグレッドの顔を描いていたわ。部屋の壁に貼ってあるからあとで見て。とても上手に描けているわよ」

「楽しみ」

 私は、ニコラを抱いたまま部屋に入ると、シチューのいい匂いがした。


「やった。今日はシチューだ」

「今日はお肉が安かったのよ」

 お義母さん――ミレーヌが、ニコニコとお皿に私の分のシチューをよそった。


「仕事は一段落できた?」

 メアリーが私に話しかけながら、ミレーヌから受け取ったお皿をテーブルに並べていく。


「うん、やっと落ち着いたわ。メアリー、今日はニコラをお願いしてごめんね」

 私は抱いていたニコラを専用の椅子に下ろしながら答えた。

「お互いさまよ。私も月末は忙しくなるからお家のことは何もできなくなりそうよ」


 メアリーも自分の席に着くと、ニコラのほっぺをツンツンとつついて言った。

 ニコラが「くちゅぐったい」とクスクス笑った。


「私は来月から帰りが遅くなりそうかしら。お家とニコラのこと大丈夫?」

 ミレーヌも席に着くと、ニコラの頭を撫でながら言った。


「ありがとう。大丈夫よ」

 私の仕事は今日で一段落だから、二人に合わせて仕事を入れるように調整してある。


 私達三人は、あの日、なんの迷いもなく村から出ることを決めた。

 そして、三人で虐げられた女性を一時保護する施設を国と連携して始めた。

 これは、あの時村に来た役人から相談を受けた仕事だった。


 女王が推し進めている、女性のための事業の一環だそうだ。

 もちろん、私達三人は喜んで引き受けた。

 半年の研修の後、正式に施設を始めた。


 他にも、シングルマザーや、子育て中の女性達、村から出た女性達が、自分達で働く時間を決めてみんなで助け合いながら運営している。

 ちなみに施設には、長男共からの罰金がありがたく使われている。


「そういえば、また元長男様共から手紙が届いたのよ」

 ミレーヌがひんやり微笑んで言った。

「『おい、俺は何もご飯を作れないんだ。このままではお前のせいで死んじまう。悪いと思うなら帰ってこい』ですって。リックも『俺に料理はできない。父さんに怒られてもう嫌だ。早く帰ってきてくれ』って」

 私はメアリーと顔を見合わせて吹き出してしまった。


「だから、『死ぬ気になれば作れます』ってレシピを添えて送っておいたわ」

 ミレーヌがコロコロ笑った。


 私達だって、初めからご飯を作れたわけではない。

 やらなくちゃいけないから、失敗しながら覚えてきたのだ。

 そう。死ぬのが嫌なら覚えればいいし、死んでも作りたくないならご自由にだ。


「ママ、いただきます、まだ?」

 ニコラがプンプンして言った。手には準備万端、スプーンを握っている。


「ニコラ、ごめんごめん。お腹空いたよね。はい、いただきます」

「「「いただきます」」」

「おいち~!」

 ニコラがご機嫌な声をあげた。

 その口の周りはシチューだらけで、私達は大笑いした。





 もしかしたら、これから先また結婚しようと思う時も来るかもしれない。

 メアリーはまだ若いし、ミレーヌも柔和な雰囲気がもてている。私も、あの役人の男性から何度もプロポーズをされていた。


 しかし、まだしばらくは女三人、いや女四人で気楽にやっていきたい今日この頃だった。


お読みくださり、ありがとうございます。

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