第七話
ザザっとしたノイズの中に、ピッという機械音が聞こえて、私は手を止めた。すっかり身体の芯が冷えている。早く私の記憶を見つけなくては、凍えてしまう。
ピッ……ピッ……と、心臓の動きを計測するような音がする。聞き慣れた音だ。
「見つけた!」
私は腰にぶら下げていたフックを手頃な岩に巻き付けると、通信機器のボタンを押す。画面から色とりどりの光があふれて、あたり一面を染め上げた。まるでオーロラの中にいるようだった。
足元がふわふわとおぼつかない。長いトンネルに吸い込まれていく。フックががくんと一瞬引っ張られる。ロープが消えていくけれど、不安はない。寒さもやわらいできた。
とん、と地面に着地する感覚があって、私は目を見開いた。
どうやら長い夢を見ていたようだ。
「えっ!? 意識が戻った!?」
喜びにあふれた声が聞こえてくる。うまく動けないので、視線を動かす。恋人が涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せていた。
「ごめん。ごめんよぉ。ニケツするんなら、もっと気をつけなきゃだった」
その隣にいる看護師さんがナースコールで「先生! 昏睡中だった山本さん、目が覚めました!」と連絡している。
「おはようございます、山本さん。もうすぐ2026年ですよ」
看護師さんの言葉に、私はベッドの上でまばたきをする。身体が重くて、うまく動かない。頭にモヤがかかったように、何が起きたのか思い出せなかった。
「ヘルメットしててよかったですね。バイク事故だったんですよ。道路が凍ってるから、この季節、危ないですよねぇ」
看護師さんの言葉で、彼氏のバイクの後ろに乗っていて、事故に遭ったことをようやく思い出した。
恋人はただ泣きじゃくっている。そんなに泣かなくてもという気持ちと、自分の運転で事故って昏睡したならそうなるかもなという気持ちが同時に胸に湧き上がる。
ベッドの横から、ザザッと小さなノイズが聞こえてきた。ラジオのようだった。
「A HAPPY NEW YEAR! あーけまして、おめでとうございまーす!」
控えめな音量で、ラジオパーソナリティの新年の挨拶が聞こえた。今まさに新年を迎えたようだった。
「よかった。よかったよぉ……。目が覚めなかったら俺、どうしようかと」
「新年早々、めでたいですね! 昏睡から目覚めたんだから!」
私は病院の天井をながめてから、かすかに首を動かす。窓の外に花火が上がっている。
つい最近、どこかでこんな花火を見た気がしたけれど、思い出すことはできなかった。
病院は空調がきいていて、寒くはない。そっと吐き出した息が、白くなることはなかった。
なぜだか私は、そのことに安堵した。
<おわり>




