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ある魔術師の戦中記録  作者: 月乃宮 夜見


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5/5

5 始末

 やけに空が高く、青く感じた。

 これからもっと日の照りが増して、じきに盛夏が来る。

 青々と茂っているであろう庭の薬草達を、ラファエラと共に回収せねばなるまい。それと、庭の香花の木も実を結ぶ頃合いだ。酒や砂糖、塩に漬けて色々を作る予定が有った筈なのだ。


 そう、季節に想いを馳せたところで


——ドォン


と、やけに大きな砲弾の音が聞こえた。



 直後、通信が入る。


〈今の魔砲弾は、味方へ保護の魔術式をかける魔弾である。〉


頭上で弾け、何か、強い術式がかけられた事を自覚する。次いで、再び砲弾の放たれる音がした。


〈次期の砲弾は『薬術の魔女』の制作した、特殊な魔弾である——〉


 通信を聞き、耳を疑った。『薬術の魔女が作った魔弾(兵器)』だと。


〈——だが、保護がかけられていても安全の保証が難しい。ゆえに——〉


 数多の兵を敵味方を殆ど関係無くこの手で殺し、国境の位置をかなり戻した。


〈——物陰に、身を隠せ。〉


 今まで、ラファエラ(薬術の魔女)に兵器を作らせない為に、ここまでしたというのに。



 直後、異常に眩ゆい光が、頭上で弾ける。



 驚愕と怒りから目を見開き、フォラクスは空を仰ぎ見た。


×


 王都に戻り、即座にフォラクスは上司の元へ向かった。

 すると王座の側に、いつものように王弟は宰相と共に居る。


「何故、監視である私に」


言わなかったのだ、とフォラクスは王弟に詰め寄った。フォラクスは夫でありながら、ラファエラ(薬術の魔女)の監視役も担っていたのだ。


「これは、()()()()()()()


普段通りの飄々とした様で、王弟は告げる。そこでフォラクスは固まった。


「『薬術の魔女』()()()()()()()()、と」


貴族達の声だったと聞いていたが、実のところは王直々の指名だったらしい。


「白き神、黒き神共々、お怒りだった」


そう言われてしまえば、どうしようもない。


「お前、『薬術の魔女』を始末する(殺す)気は()()ないだろう?」


「……」


「良い。お前の解釈の通りで構わん。その時はそれで頼むが、()()()()()()


「……は」


「さて、それで話は変わるが。功労者であるお前の望みを一つだけ、叶えてやる。()()()()()?」


「……私は――」


×


 カツン、と、石の床を打つ音が響く。


 背の高い朱殷色の髪の男が、側に控えた外套で顔を隠した男に告げた。


「……お前の望んだものは、本当にそれでいいのか?」


「お前の功績ならば、もっと別のものを望めたはずだろう」と朱殷色の髪の男は言う。


「……私には、これが一番宜しいのですよ。()()()()()殿()


 呟き、外套で顔を隠した男は左手を真横にすっと静かに動かす。


 魔力の輝きが集まり、手元に『杖』が現れた。薄い手袋に覆われたその手で握ったそれは、


「……いつ見ても、奇妙でいて(おぞ)ましい形をしている」


 監視員長は、(いささ)か顔をしかめる。


 持ち主の身長よりも大分大きく、渾天儀(こんてんぎ)を中心に錫杖(しゃくじょう)天秤(てんびん)を合わせたような形状をしている杖——


——それの()()()()()()()()()()


 四半(90度)回転したそれの形は、柄杓星の形を模した長槍斧(ハルバード)


 長槍斧は対象に突き刺し、殴打し、引き裂き、肉を断つ為の長得物である。そして、形を模した柄杓星は呪猫の術、()()()()で使われる、黒き冥府神を象徴する星だ。


 『世界と知識』を表す渾天儀と、『裁量の平等』を表す天秤、『除厄』を表す錫杖に、『悪意と呪い』を表す刃物と柄杓星。


 二面性を持った杖だった。


 侵略された国境は、陥落したグレジス諸共に()()()()にまで戻した。薬術の魔女が作った薬(魔術砲)により、X国軍主力を一瞬で無力化させた。よって、『金の国』の勝利で戦争は終わった。しかし祈羊の1/3は焦土になり、死者はX国軍合わせて12万人に上った。だが、『金の国』の死者は1000人程度だ。これも、天地の神の守護のおかげだ。


 あまりもの戦死者の人数の違いに、ようやく自国が『異常』であったと気付いたらしくX国はすぐに降伏宣言をした。

 X国は講和を申し出るが、『金の国』側は『魔術師の犠牲』を理由に苛烈な条件(魔鉱山全域割譲+賠償金)を突きつける。それと、もう一つ。


「お前の望んだ、『元教皇の処刑』……見届けようか?」


「不要です。貴方もこの仕事を観たい訳では有りますまい」


「……そうだな」


 感情の読めない平坦な声で言われ、監視員長は少し肩をすくめた。


「時間、場所、手順、全てその通りに済ませろ。お前に言う事でもないが」


外套で顔を隠した男へ告げ、(きびす)を返してその場から去る。


×


 シャラ、と高い金属音が鳴った。


「『これより、『契約を違反した罪』を(すす)ぐ極秘死刑の執行を行う』」


 淡々と文言を唱え、特殊な術式を展開させる。


 目の前には、拘束衣で膝を突く姿に固定された罪人が居た。

 その者は、侵攻してきた国の教皇。

 身分を剥奪された挙句、被害を受けたこの国へ身柄を引き渡された者。


 魔力を使えぬよう、目は潰して黒い布で目隠しをされている。


 魔術を唱えられぬよう喉は焼かれ、舌は抜いてある。


 術式を行使できぬよう手の平は焼け(ただ)れ、指は切り落とされて既に無い。


 手首には小手の様な魔錠が着けられ、固定されている。


 余計な反応をされないように、耳も潰してある。


「……よくも、我が妻の手を穢させよったな」


 聞こえないはずだが、存分に呪詛の籠った言葉に罪人はびくりと身体を強張(こわば)らせた。

 罪人は首を差し出すような姿勢のまま動けず、拘束されてからずっと、ただそこに()()()()()()

 見えずとも聞こえずとも、何かが始まったことだけが唐突に知らされた。


 カツン、と、床から振動が伝わるように音を立てて歩く。

 シャン、と石突きが床を突く度に音が鳴る。


「これは私怨。これは呪い」


 手順として決められた場所よりゆっくりと歩き、呟いた。


「そして、()()()()()


 それから罪人の真横に立ち、歩みを止める。


「『罪を(すす)ぎ、天に、地に還るが良い』」


 文言を唱え、杖を振り下ろした。



 これで戦争のお話は、おしまい。



本編『薬術の魔女の宮廷医生活』(https://ncode.syosetu.com/n2390jk/)(推理モノ、スピンオフ(?))


本編2『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)(恋愛モノ、馴れ初めの話)


今回は年齢が近い宮廷医生活の方を上に置いています。


名前は非開示ですが、ぜひ読んでみてください。

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