5 始末
やけに空が高く、青く感じた。
これからもっと日の照りが増して、じきに盛夏が来る。
青々と茂っているであろう庭の薬草達を、ラファエラと共に回収せねばなるまい。それと、庭の香花の木も実を結ぶ頃合いだ。酒や砂糖、塩に漬けて色々を作る予定が有った筈なのだ。
そう、季節に想いを馳せたところで
——ドォン
と、やけに大きな砲弾の音が聞こえた。
直後、通信が入る。
〈今の魔砲弾は、味方へ保護の魔術式をかける魔弾である。〉
頭上で弾け、何か、強い術式がかけられた事を自覚する。次いで、再び砲弾の放たれる音がした。
〈次期の砲弾は『薬術の魔女』の制作した、特殊な魔弾である——〉
通信を聞き、耳を疑った。『薬術の魔女が作った魔弾』だと。
〈——だが、保護がかけられていても安全の保証が難しい。ゆえに——〉
数多の兵を敵味方を殆ど関係無くこの手で殺し、国境の位置をかなり戻した。
〈——物陰に、身を隠せ。〉
今まで、ラファエラに兵器を作らせない為に、ここまでしたというのに。
直後、異常に眩ゆい光が、頭上で弾ける。
驚愕と怒りから目を見開き、フォラクスは空を仰ぎ見た。
×
王都に戻り、即座にフォラクスは上司の元へ向かった。
すると王座の側に、いつものように王弟は宰相と共に居る。
「何故、監視である私に」
言わなかったのだ、とフォラクスは王弟に詰め寄った。フォラクスは夫でありながら、ラファエラの監視役も担っていたのだ。
「これは、王からの通達だ」
普段通りの飄々とした様で、王弟は告げる。そこでフォラクスは固まった。
「『薬術の魔女』に兵器を作らせろ、と」
貴族達の声だったと聞いていたが、実のところは王直々の指名だったらしい。
「白き神、黒き神共々、お怒りだった」
そう言われてしまえば、どうしようもない。
「お前、『薬術の魔女』を始末する気はもうないだろう?」
「……」
「良い。お前の解釈の通りで構わん。その時はそれで頼むが、しくじるなよ」
「……は」
「さて、それで話は変わるが。功労者であるお前の望みを一つだけ、叶えてやる。何が望みだ?」
「……私は――」
×
カツン、と、石の床を打つ音が響く。
背の高い朱殷色の髪の男が、側に控えた外套で顔を隠した男に告げた。
「……お前の望んだものは、本当にそれでいいのか?」
「お前の功績ならば、もっと別のものを望めたはずだろう」と朱殷色の髪の男は言う。
「……私には、これが一番宜しいのですよ。監視員長官殿」
呟き、外套で顔を隠した男は左手を真横にすっと静かに動かす。
魔力の輝きが集まり、手元に『杖』が現れた。薄い手袋に覆われたその手で握ったそれは、
「……いつ見ても、奇妙でいて悍ましい形をしている」
監視員長は、些か顔をしかめる。
持ち主の身長よりも大分大きく、渾天儀を中心に錫杖と天秤を合わせたような形状をしている杖——
——それの向きを、四半回転させた。
四半回転したそれの形は、柄杓星の形を模した長槍斧。
長槍斧は対象に突き刺し、殴打し、引き裂き、肉を断つ為の長得物である。そして、形を模した柄杓星は呪猫の術、特に呪術で使われる、黒き冥府神を象徴する星だ。
『世界と知識』を表す渾天儀と、『裁量の平等』を表す天秤、『除厄』を表す錫杖に、『悪意と呪い』を表す刃物と柄杓星。
二面性を持った杖だった。
侵略された国境は、陥落したグレジス諸共に元の形状にまで戻した。薬術の魔女が作った薬(魔術砲)により、X国軍主力を一瞬で無力化させた。よって、『金の国』の勝利で戦争は終わった。しかし祈羊の1/3は焦土になり、死者はX国軍合わせて12万人に上った。だが、『金の国』の死者は1000人程度だ。これも、天地の神の守護のおかげだ。
あまりもの戦死者の人数の違いに、ようやく自国が『異常』であったと気付いたらしくX国はすぐに降伏宣言をした。
X国は講和を申し出るが、『金の国』側は『魔術師の犠牲』を理由に苛烈な条件(魔鉱山全域割譲+賠償金)を突きつける。それと、もう一つ。
「お前の望んだ、『元教皇の処刑』……見届けようか?」
「不要です。貴方もこの仕事を観たい訳では有りますまい」
「……そうだな」
感情の読めない平坦な声で言われ、監視員長は少し肩をすくめた。
「時間、場所、手順、全てその通りに済ませろ。お前に言う事でもないが」
外套で顔を隠した男へ告げ、踵を返してその場から去る。
×
シャラ、と高い金属音が鳴った。
「『これより、『契約を違反した罪』を雪ぐ極秘死刑の執行を行う』」
淡々と文言を唱え、特殊な術式を展開させる。
目の前には、拘束衣で膝を突く姿に固定された罪人が居た。
その者は、侵攻してきた国の教皇。
身分を剥奪された挙句、被害を受けたこの国へ身柄を引き渡された者。
魔力を使えぬよう、目は潰して黒い布で目隠しをされている。
魔術を唱えられぬよう喉は焼かれ、舌は抜いてある。
術式を行使できぬよう手の平は焼け爛れ、指は切り落とされて既に無い。
手首には小手の様な魔錠が着けられ、固定されている。
余計な反応をされないように、耳も潰してある。
「……よくも、我が妻の手を穢させよったな」
聞こえないはずだが、存分に呪詛の籠った言葉に罪人はびくりと身体を強張らせた。
罪人は首を差し出すような姿勢のまま動けず、拘束されてからずっと、ただそこに置かれて居た。
見えずとも聞こえずとも、何かが始まったことだけが唐突に知らされた。
カツン、と、床から振動が伝わるように音を立てて歩く。
シャン、と石突きが床を突く度に音が鳴る。
「これは私怨。これは呪い」
手順として決められた場所よりゆっくりと歩き、呟いた。
「そして、契約の、代償」
それから罪人の真横に立ち、歩みを止める。
「『罪を雪ぎ、天に、地に還るが良い』」
文言を唱え、杖を振り下ろした。
これで戦争のお話は、おしまい。
本編『薬術の魔女の宮廷医生活』(https://ncode.syosetu.com/n2390jk/)(推理モノ、スピンオフ(?))
本編2『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)(恋愛モノ、馴れ初めの話)
今回は年齢が近い宮廷医生活の方を上に置いています。
名前は非開示ですが、ぜひ読んでみてください。




