4 焦燥
「……困りました。唯土を耕しただけで人も兵器も無くなって終われた」
地面を口元に手を遣り、柳眉をひそめフォラクスは呟いた。悲しそうに目を伏せって態とらしく白々しい態度である。
彼の目の前には更地が広がっていた。数刻前まで有った筈の駐屯所も兵士も、兵器も丸ごと全てが無くなったのだ。
事実、フォラクスが使用した術は妻であるラファエラが畑を耕す際に使用していた魔法を、どうにか魔術式で再現したものだった。
地形はどうせ、『古き貴族』の当主らの手に掛かれば数日で戻る。
「然し。これでは碌な作物も育たぬ土ですなァ」
所々に土から覗く人の腕や脚、上半身を見下ろし「養分の偏りが過ぎておりますし」と零すと
「……よくもまあ、敵味方関係無く滅茶苦茶にしたな」
すぐ後ろから苦笑の混じる声がした。様子を見に来たらしい、フォラクスの上司だ。戦場に朱殷色の髪色は目立たないが、戦場に立って良い存在ではない。
城の奥で大人しくせねばならぬ身分の癖に態々出向くとは、と呆れ短く溜息を吐く。
「何の国所属かの判別はしておりますとも」
振り返らず、フォラクスは堂々とした態度で言葉を返す。
「兵器や武器、土に共に深く埋まりもがき苦しんでいる者は皆、敵方で御座いますれば。即ち、深く埋まった味方はネズミでする。御存知でしょう」
そして、すぐ近くから聞こえる呻き声の方へ顔を向け
「浅く埋まっておる者共は無論、生きて居ります。拘束も兼ねて保護しては如何です?」
と提案する始末だ。
「……お前は効率しか考えてないな」
色々と都合上やらなければならない事もあったのに、と上司が呟くと
「何です。折角、全力で魔術を使うてやったというのに」
そう、フォラクスはつまらなそうに言った。
「…………本当に、全力か?」
「ええ。魔術行使の限界範囲、で御座います。魔力消費を抑えるために術式は簡単なものを使いましたが、お陰で連続使用も容易に」
にこりとフォラクスが微笑むと、上司は顔をしかめて深く溜息を吐いた。
×
今までフォラクスは、駐屯地や塹壕に身を潜める兵を様々な術式で支援していた。
塹壕はなるべく清潔になるよう浄化の魔術式で衛生面を整えて、雨が降れば雨水を除去して必要な時には飲料水になるよう浄化する。
怪我をした者の傷口を魔術で浄化し、ラファエラに持たされた回復薬を使って安静にさせれば三日ほどで回復した。
食糧の調達も、空間魔術を利用すれば、容易だ。
フォラクスは魔力の回復が魔獣並みに早く、保有量も多い。だから、最戦線に配置されたらしい。
他の宮廷魔術師も兵士らの支援や攻撃、防御を行なっているが交代制をとっている。室長補佐は通鳥の当主なので、安全のためにこの場には居らず通鳥の土地で戦況に注視しているという。
しかし、どうも戦況がよろしくない。
無論、軍はきちんと機能していた。中立国であったためにしばらくは防戦一方だったが、住民の避難を優先させていたし、食糧は十分にある。
有事用の武器はそれなりにあり、薬猿と通鳥、交魚から製作・輸入を行えばほぼ無尽蔵だ。
どう考えても負けるはずのない戦で、押されている。
それに軍部には、魔術師達で構成された魔術兵の部隊と、魔力を纏わせた武器を使う魔装兵、術式を込めた弾を使う魔砲兵がいる。
国によって文明の進みや方向性、魔術師の数に偏りがあった。通常、文明が進み魔術師の多い方が有利となる。
だが、相手国には魔術が通じにくかった。
魔術は魔力と、魔術をどう使うかの思考力、想像力、がものをいう。
つまり『魔力を具体的にどう使うか思考でき他方の介入に動じない者』、要は想像力豊かで頑固な人ほど他方の魔術の影響を受けない。
相手国の兵達は皆、強い思想に取り憑かれていた。魔術への対抗かは定かではないが。
正確にいうと、まるで他の思想は許さないとばかりに魂ごと思考をいじられており、捕らえても話は通なかった。
『穢れた神を信仰する国など、要らないのです』
『我が国の神を信じなさい』
『あなたは救われます』
ただひたすらに、兵はその言葉を零す。
魂を弄られた存在など治療ができず、元の人間には戻せない。
捕らえた彼らが元がどんな人間だったかなど分からないので、仮に魂を元の形に戻せてもすっかり元通りとはならないのだ。
むしろ、『人間』に戻して送り返した時、『こんな人じゃなかった』とその人間の知り合いに言われでもすれば、逆に『兵士を改造した』と悪評を受ける恐れもあった。だから、どうにもできない。
肉体も頑丈に作り直されているようなので、物理で色々を行っても中々に倒れなかった。
『厄介なものを寄越してくれた』
それが、彼らと対峙した軍人と魔術師達の感想だ。
だから、『薬術の魔女の力を借りよう』とどこかの貴族が声を上げた。
“『魔女』と呼ばれる者は、脅威となりうる能力を有している”それは、この世界での周知の事実だ。
薬術の魔女に頼るわけにはいかないとしばらくの間は、大半の者はそれを是としなかった。『薬術の魔女』と呼ばれる人物は成人したばかりでまだ若かったし、世界にどのような影響を与えるかなど、不明瞭だからだ。
×
その話を思い出し、フォラクスは小さく息を吐いた。
「……其れで。貴様等は侵攻を止めぬと言うのですね」
視線を下ろせば、捕らえた数名の敵兵がいる。既に上司は姿を消しているので、この場にはフォラクスと、敵国の兵士しかいない。
ひっくり返した地面から保護した後、軍部の者に少々治療を施してもらった。
だが
『穢れた神を信仰する国など、要らないのです』
『我が国の神を信じなさい』
『あなたは救われます』
と、同じ台詞しか吐かない。
「如何せん、詰まらぬ」
フォラクスは呟く。
何か、情報でも吐いてくれたらと思い捕縛したのに、何の成果も得られなかった。
フォラクスは少々焦っている。
理由は当然、『時間が無いから』だ。
早く、この戦争を終わらせねば、妻であるラファエラが兵器を作ってしまう。
とにかく敵兵を減らして、戦線を国境の付近にまで戻さねばならない。
そうして、敵国が侵攻を諦めたら。
そう願えど、既に侵攻が始まって2ヶ月以上過ぎ、祈羊の土地は1/3近くが焦土になった。
それに、駐屯地に呼ばれてから、敵国の軍勢と戦況、戦線や作戦の情報しか得られていない。
酷く、厭な予感がした。




