2 兵站
一部の移動には、列車を使うことになった。宮廷魔術師達全員を魔術で移動させてもよかったのだが、全滅を免れるためだそうだ。
フォラクスの所属する蘇蛇宮は列車で移動することになった。支援物資と共に運ばれ、護衛も兼ねているのだろう。
「室長、この徴兵を拒否したらどうなるんですか?」
宮廷から駅へと移動する際中、蘇蛇宮の唯一の室員であるユリウスがフォラクスに問いかけた。もう一人、室長補佐がいるが彼女は貴族(その上通鳥当主)なので実家で戦争の動向を見守ることになっている。
「……そうですね。面白いものが見られますから、広場に寄っていきましょうか」
「広場?」
問うユリウスをそのままに、フォラクスは広場に向かう。
そこでは一人の人間、恰好からして宮廷魔術師が磔にされていた。時折苦しそうに身じろぎしている。
「あれは……」
「徴兵を拒否した者の公開処刑です。貴方もああなりたく無ければ、国の命令には素直に従うように」
答えつつ、フォラクスは内心でよくできた茶番だと吐き捨てた。あれはよくできた身代わりで、誰も磔にはなっていない。戦後に宮廷魔術師へ向けられる憎悪を減らすための、茶番だ。
それから、フォラクスとユリウスは列車に乗り込んだ。列車は、南西部戦線へ急行する。
「では、私達は機関室へ行きますよ」
フォラクスは、ユリウスに声をかける。不思議そうな彼に
「ただ運ばれるだけだと思っているのですか。我々はこの列車の護衛も兼ねています」
と視線を向けた。はっとした様子でユリウスは姿勢を正す。
「杖はまだ出さぬように。機関室の機器が狂いますからね」
短く告げ、フォラクスは歩き出す。あとを続くユリウスは不安そうな表情をしている。
「どうしました」
「……俺達は、本当に正しい側なんですかね?」
問うユリウスに
「仕掛けられたとはいえ、自分達が『正しい側』だとは思うわぬように。この国は、自国を守るために多くの人を殺します。不可抗力ですが、正義に酔うべきではない」
フォラクスが牽制する。
×
海軍基地があるのは呪猫、毒蛇、交魚、生兎。空軍基地があるのは死犬、祈羊、薬猿、通鳥だ。陸軍基地は全ての土地にある。だが基地があるのは国境付近なので、祈羊の軍事施設は使い物にならなくなったのだろう。各地方に居る大公爵の私兵は、難民の保護をしている。
1人の軍人が1日に必要とする物資は約8~14kg程度と言われ、食事は獣肉100g 魚肉100g 鳥肉100g 野菜450g ソース30g、マーマレードまたはジャム120g、パン300g バター30g 酒100ml コーヒー10g、魔力の補給源(魔力水) 600ml×5、浄化装置(風呂)、起動させる魔石、内在物を浄化槽まで転移させる簡易トイレ札、予備トイレ札×2、1週間保つ着替え二つ、冷却/加熱用魔道具(冷房/暖房兼用)、塩分補給飴×10、一粒1/3日分のビタミンを有するビタミン剤×3、甘味(飴、ラムネ)×10、身体の痛みに効く回復薬、小型の魔獣にも効果ある虫除け軟膏、トイレの札で移動させた排泄物を硝石に変換する魔道具(浄化槽)が配給される。
長身のフォラクスの食事は大柄な熊領地の者と同量、つまりはやや多めに配られている。具体的には肉が50gずつ追加され、装備も大型用になっている。配給される服は魔装兵のものを少し改造した、宮廷魔術師用の制服だ。
ひと目見ただけで宮廷魔術師だと分かる。明らかに動きにくそうな、長い外套を羽織る。
敵からしても格好の的だが、宮廷魔術師は自軍から判別できないと困るのだ。魔術の施行範囲が桁違いだから。
普段とは異なる制服に、フォラクスは保護魔術を軽く掛ける。
「貴方にも、制服に保護魔術を掛けておきます。折角の手伝いが居なくなると困りますからね」
そう言い、ユリウスに簡易杖を振るう。すると、ユリウスは
「室長、あなたは杖を出さないのですか?」
そう問われる。
「私の杖は目立つので。後方に居る間は出しませぬ」
そう答えると、やや不思議そうにしながらも納得したようで引き下がった。
×
戦線に着いてから数日。
X国軍は火砲と歩兵の波状攻撃、国軍は歩兵による戦線維持と集団術式による防壁と遠距離殲滅で対抗しているそうだ。宮廷魔術師の攻撃魔法の許可はまだ下りていない。
X国は焦土作戦を採用し、村落を焼き払いながら進んでいるそうだ。お陰で、難民が後方つまりは王都の方面へ殺到している。
死犬では魔石&金属採掘&死体処理が行われ、呪猫では魔術&お守りが生産され、毒蛇では火薬&銃武器が生産され、交魚では魚肉&刃武器が生産され、生兎では虫除け軟膏&回復薬&着替えが生産され、祈羊では獣肉&お守りが生産され、薬猿ではビタミン剤&甘味&塩飴が生産され、通鳥では鳥肉&郵送の管理がされている。
こうして全国から生産されたものは王都で集積され、戦地に届けられる。ダミーの馬車が襲われた話も聞く。
それは災害中、戦時中はいつもの事であった。
「(王都と縄張りしか守らぬ呪猫当主は兎も角、祈羊当主は一体何のつもりがあって侵略を許したのか)」
思考しても、当主当人でないので分かりやしない。だが、何かしらの意図がありそうだと察せられる。
×
ある時、宮廷魔術師の数名がX国に捕まったと報告があった。
「……大変ですね」
フォラクスはため息を吐く。
「捕えられた者の中に、俺の知り合いがいるんです」
ユリウスは泣きそうな顔をしていた。それを普段通りにフォラクスは見返す。
「宮廷魔術師ですからね。私の知り合いも居るでしょう」
「……他人事ですね」
「よくあることです。ですがまあ、向こうは倫理を無くした国になってしまったようですね。出会った際には恐らく改造されているでしょうから、介錯してやりなさい」
言うフォラクスに、「……改造?」とユリウスは信じられない、と言いたげに目を見開いた。
それから、実際に改造兵が現れたらしく、それの対応に数名の宮廷魔術師達とフォラクスとユリウスが向かうことになった。
現れた改造兵達はやはり、捕虜となった宮廷魔術師達だ。即座にフォラクスは捕獲された全員が、そのまま使用されているか確認した。見たところ、リストに居る者は全員揃っている。
「これは助かりますね。回収の手間が省けました」
「言ってる場合ですか! 改造されているんですよ!?」
絶望しているようで青ざめているユリウスが、フォラクスに叫んだ。
「一旦殺しなさい。胴体に着いている魔導機を破壊すれば、改造兵は死亡します。肉体は回収必須です。確実に魔導機のみを破壊なさい」
他の宮廷魔術師達にも、何人かの宮廷魔術師達が魔導機のみを破壊するように伝えていた。
「なんで、そんなに淡々としてるんですか」
「よくあることですからね」
淡々とフォラクスは改造兵の魔導機を破壊する。魔導機を破壊された改造兵達は叫び声をあげたり、吐血したりしていた。
改造兵の魔導機を破壊し終えた後、「魔術は美しいものだと思っていたのに」と、ユリウスは覇気のない顔をしていた。
「良い経験が出来ましたね。……さて。改造兵達は拘束終えましたし、宮廷にでも送っておきましょうか。後処理をしてくれるはずですので」
と、フォラクスは通信機を取り出し連絡を始める。少し話した後に魔術陣を作り、拘束した改造兵達を宮廷へと送った。
「俺、信じられません……」
「現実です。貴方も向こうに捕まらぬ様、用心なさい。私の側に居る間はそのようなヘマはさせませんが」
改造兵達の除去が終了したので、フォラクス達は元の場所に戻されることになる。




