第4話 赤い残響
空が割れた。
そこにいたのは、自分自身。
観測の残響が、現実に触れはじめる。
――空が、割れていた。
雲の隙間を縫うように、光の筋が走っている。
稲妻ではない。
それは音もなく、空そのものを削っているようだった。
リクは砂の上に倒れていた。
耳鳴り。頭の奥で、金属を擦るような振動が鳴っている。
『リク、通信再開。応答してください。』
「……ミナ?」
『はい。あなたの生命反応を確認。』
「……ここは、どこだ。」
風が吹いた。
乾いた砂が、細かい針のように肌を刺す。
熱はない。だが、空気が異常に軽い。
「……真空に近い。気圧、何ヘクトパスカルだ?」
『観測不能。数値が揺らいでいます。』
リクは立ち上がり、視線を巡らせた。
地面が、うねっている。
岩でも土でもない。
まるで、何かの巨大な金属板が波打ちながら固まったようだ。
遠くに、黒い影があった。
人のような輪郭。
だが、近づくほどに不自然な静止を保っている。
『リク、熱源を検知……異常です。』
「何が異常なんだ?」
『あなたの体温と一致します。』
リクは息を呑んだ。
影がこちらを向いた。
――自分だ。
焦げ跡のついた作業服。
同じ手の動き。
ほんの一瞬、相手の目が光を反射した。
その瞳孔の奥に、
リクは〈空の亀裂〉を見た。
そこでは、同じ光景が反転している。
リクが立ち、リクが見ている。
まるで鏡が、観測者と被観測者を区別できなくなったように。
『リク、環境振動を検出。あなたの座標が――』
「二重に重なってる、か。」
“もう一人のリク”が、口を開いた。
音は届かない。
だが唇の形は、明確だった。
――観測者。
次の瞬間、空が崩れた。
裂け目から、赤い光が滲み出る。
昼の光が反転し、影が先に動いた。
『リク、観測値に異常。環境が――』
「ミナ、黙ってろ。」
リクは目を凝らした。
“もう一人のリク”が歩き出す。
彼の背後に、誰かの影が見えた。
人の形をしているが、境界が曖昧だ。
霧ではなく、時間の層が薄く重なっている。
その中から、低い鼓動のような音がした。
地面が震える。
まるで世界全体が呼吸をしている。
リクは思わず声を上げた。
「……ミナ、これは何だ?」
『不明。ですが――観測があなたを中心に収束しています。』
「俺を、中心に?」
『はい。世界の方が、あなたを“見ている”。』
風が止んだ。
光が一点に集まり、
“もう一人のリク”がその中に溶けていく。
それと同時に、胸の奥で何かが引かれたような感覚。
脈が乱れ、視界が白に覆われた。
『リク! 安定化処理を開始――』
「まて、ミナ。……俺、見えたんだ。」
『何を?』
「……俺が、誰かを――助けてた。」
通信が切れる。
世界が反転する。
次の瞬間、重い空気と人の怒号。
瓦礫の中に、火と鉄の匂い。
リクは息を呑んだ。
――また別の“時間”だ。
赤い残響。
それは、観測が世界を越えて“重なった”証拠。
そして次にリクが踏み込むのは――
「封鎖線を越える影」。
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