第3話 火の下の子
炎と煙の中で、リクは初めて“声”を聞いた。
それは人の声であり、観測の始まりだった。
――助けようとした、その瞬間。
世界が、切り替わったように感じた。
風の匂いが変わった。
焦げた木の臭いに、鉄のような味が混じる。
リクは岩陰に身を寄せ、煙の向こうを見つめた。
光――いや、炎だった。
黒く焼けた地面の上に、小さな影がひとつ、動いている。
『リク、温度上昇。周囲に複数の熱源を検知。
……ひとつ、人類型の動きが不規則です』
「見えてる。……子ども、か?」
焼けた瓦礫の中、誰かが這うように動いていた。
服は焦げ、声も出せないほど衰弱している。
リクは一瞬だけ空を見上げた。赤い月は、まだそこにあった。
「……ミナ、酸素濃度」
『基準値より0.2%低下。火災による一時的な酸欠です』
「ギリ、動けるな」
リクは躊躇した。
この場所がどこで、何が起きているのか――まるで掴めない。
下手に動けば、取り返しのつかないことになる。
それでも、瓦礫の下の小さな手を放っておくことも
できなかった。
「……おい、動くな。助ける」
鉄片をどけ、瓦礫を押し上げる。
小さな顔が見えた。煤だらけの頬。だが、確かに笑っていた。
『リク、脈拍を確認。……生存、しています』
「そりゃ良かった」
息を吐いた瞬間、通信がノイズを帯びた。
『――リク、観測値に異常――』
「なんだ?」
『……あなたの座標が、二重に重なっています。
位置情報が……重複? 観測系のエラーかもしれません』
リクは振り返った。
瓦礫の向こう――
そこに、焦げ跡のついた作業着を着た“自分”が立っていた。
『リク、応答を――リク――』
耳鳴りのように、ミナの声が遠のいていく。
赤い月が滲み、世界が溶けた。
初めて“誰か”を助けたリク。
その瞬間に起きた「座標の重なり」は、偶然ではない。
観測と干渉の境目が、少しずつ崩れ始めます。
第4話「赤い残響」では、
“もう一人のリク”が見ている世界へ。
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