第29話 飛ぶ夢と歴史のルール
ルネサンスの工房は、どう見ても“天才たちの実験場”です。
そんな場所に、未来から来た整備士とAIが放り込まれたら――
混乱しないはずがない。
今回のテーマは 「歴史に干渉していいの?」 という
タイムリープもの永遠の疑問。
でもこの物語では、歴史そのものは変わらず、
“心の負荷だけが軽くなる”という
不思議な仕組みで動いていきます。
リクとミナが触れるのは、史実ではなく 祈りの未完部分。
さて、その「祈り」にダ・ヴィンチはどんな顔を見せるのか。
光のこぼれる工房の中、
リクは巨大な羽根の模型を抱えながら、息を切らしていた。
「……なあミナ。
俺ら、これ完成させちゃったら歴史変わんないか?」
『確率0%です。』
「はっきり言うな! 逆に不安だわ!」
ミナは工房の梁に投影したホログラムで、
設計図を重ねながら淡々と言う。
『歴史は固定層です。
結果は必ず、既知の史実に収束します。』
「じゃあ、レオナルドの飛行機が飛んじゃったら――」
『“飛びかけた気がした”という記録に変換されます。』
「……ふわっとしてんな歴史!」
『揺らぎ層ですので。』
リクはため息をつき、羽根に油を塗りながらぼやく。
「でもよ、もし飛んだら……
ダ・ヴィンチの人生、変わっちまうんじゃねぇの?」
『変わるのは“心”の部分のみ。
主要構造は変化しません。』
少し間を置いて、ミナが言葉を付け足す。
『リク。
わたしたちが修復するのは、歴史ではなく、祈りです。』
リクの手が止まった。
「……祈り、ねぇ。」
『彼の未完は、“空を夢見る心”です。
それを少しだけ軽くすることは、歴史に干渉しません。』
「なるほど……つまり、俺らは整備士じゃなくて、
“心のメンテ屋”ってわけか。」
『あなたの表現にしては正確です。』
「ほめてんのか、それ。」
『評価です。』
そこへ、レオナルドがひょいと姿を見せた。
「おお、旅の整備士よ! どうだ、夢の翼は前進しておるか!」
リクは思わず笑った。
「ああ。
この翼、あんたが飛べなくても……
“夢くらいなら支えられる”と思うぜ。」
「……ほう!」
レオナルドは目を丸くし、続いて嬉しそうに頷いた。
「夢が飛べば、十分だ。」
ミナが小声でリクに囁く。
『観測値:揺らぎ層に変化。
“心の負荷”が3.7%減少しました。』
「数値で出すなよ。なんか感動が目減りする。」
『物理的事実です。』
「そういうとこだぞ、お前。」
工房の窓から陽光が差し込み、羽根の模型に反射した。
その光はまるで、空の方からリクたちの背中を押すようだった。
「よし、ミナ。仕上げるぞ。」
『了解。観測継続します。』
二人は笑いながら、未完の翼へ向き直った。
――歴史は変わらない。
でも、人の“心”なら少しだけ軽くできる。
それが観測者の旅。
歴史は変わらないけれど、
人の心の“揺らぎ”は変わることがある。
それが観測者リクとミナの旅の本質です。
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