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AIミナはリクの夢を見るのか  ― 時間を観測するカフェ ―  作者: Morichu
第三章 AIは静寂に祈りを聴くのか ― 千年の静寂に、声は残る ―

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第21話 方丈のほとり

観測データの誤差、約3,000年。

リクが降り立ったのは、平安の終わり――鎌倉初期。

どうやら、AIもGPSも、まったく役に立たない時代らしい。


『環境スキャン完了。……たぶん、京都です。』

「“たぶん”て言うな、“たぶん”て。」


焦げたコーヒーの香りを残したまま、

整備士とAIは、今度は“方丈記”の時代を観測することになった。

小さな庵と、大きな時代の流れ。

そして、笑ってしまうほどの不便と優しさ。


午後三時の観測、少しだけ千年ほど遅刻します。


《コメット》の午後三時。

カウンターの上には、

今にも倒れそうな試作コーヒーメーカー。


「……で、これが新しい観測装置だと?」


『はい。観測と抽出を同時に行うマルチモード機です。

 理論上は、時間の味を検出できます。』


「……味の理論って何だよ。」


リクは眉をしかめながら、半田ごてを手に取った。

ミナは平然と返す。


『あなたの嗅覚センサーよりは信頼性があります。』


「うるせぇ、俺の鼻はNASA公認だ。」


『NASAは23世紀初頭に消滅しています。』


「……それを言うな。」


リクが配線を繋ぎ直した瞬間、

機器のランプが一斉に点滅した。


『観測モード起動。転移先をランダム選択中――』


「ちょっ、まだ試運転――」


その言葉が終わるより早く、機械がうなりを上げ、

蒸気とともに光を放った。


『観測エラー。誤差3000年。』


「……おいミナ、それ誤差じゃねぇ!」


重力の感覚がねじれ、リクとミナの視界が反転した。


気づけば、足元に冷たい水の感触。

川だ。


空気が湿っていて、木と土の匂いがする。


「……どこだここ。下町のキャンプ地か?」


『環境スキャン中。地磁気データを解析――結果、

 紀元1212年、京都近郊です。』


「せんにひゃく……!? まさかの鎌倉時代か!」


リクは思わず空を見上げた。

雲が低く、遠くで鐘の音が響く。

山の麓には、川辺の小屋。

その前で、一人の男が筆を走らせていた。


『生命反応検知。年齢推定50代、職業不明。』


「どう見ても文筆家だろ。あれは……え、筆?」


男は一心不乱に何かを書きつけている。

紙の上に墨が踊り、風が吹いても止まらない。


『観測対象を特定。

 彼の筆記速度、手動入力とは思えません。』


「ミナ、AI扱いすんな。人間だ。」


『AIより筆圧が安定しています。』


「くそ、負けてんのか俺ら。」


リクは川辺に腰を下ろした。

目の前の男は、まるで世界が終わる前に

すべてを書き残そうとしているようだった。


「なあ、ミナ。あの人、何書いてんだ?」


『解析中……。文中に“火災”“飢饉”“遷都”という語を検出。

 ――方丈記、草稿と思われます。』


「方丈記!? って、鴨長明の!?」


『はい。彼の記録は、

 後世に“観測文学”と呼ばれることになります。』


「観測文学て。……俺たちの先輩じゃねぇか。」


『観測許可を申請します。』


「おい待て、申請って誰に――」


ミナの声が消えた。

代わりに風が吹き抜け、竹の葉がざわめいた。


男がこちらを振り返る。

その目は、どこかで“何かを見通している”ように静かだった。


「……おぬしら、旅の者か。」


リクは固まった。


「……えっと、まあ、観光です。」


『訂正。観測です。』


「黙れ、AI。」


男は小さく笑った。


「観測とは、ええ言葉じゃ。」


リクとミナは顔を見合わせた。

未来と過去、AIと人間が、静かに並んで笑っていた。



観測記録 No.21

観測者:リクとミナ

転移先:鎌倉初期・京都郊外

観測対象:鴨長明(方丈記草稿)

状態:観測開始・誤差3,000年


観測か、観光か。

まあ、どっちでも面白けりゃいい。


方丈記の草稿に立ち会うAIと整備士。

「記録する」という行為が、ここから少しずつ物語の中心になっていきます。

次回は京都の大火の中、ミナとリクが“残す”ということを考えます。


気に入っていただけたら、ブックマーク・⭐️評価・コメントなどで応援してもらえると嬉しいです。

午後三時の観測は、まだまだ続きます。


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