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AIミナはリクの夢を見るのか  ― 時間を観測するカフェ ―  作者: Morichu
第一章 赤い月の記録 ― 届かぬ手紙と、観測者の祈り ―

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第2話 見知らぬ月の下で

《コメット》での静かな午後。

コーヒーの香りとともに始まった観測記録は、

思いがけず、リクを見知らぬ空へと連れ出した。


そこには赤い月、古びた石の壁、

そして、かすかに聞こえる人の声。


何が起きたのか、どこにいるのか――

それすら分からぬまま、物語は静かに動き始める。

湿った風が頬を撫でた。

土の匂い。冷たい夜気。

リクはゆっくりと体を起こした。


足元には、砕けた瓦のような石片。

見上げると、空は濃い青に沈み、

雲の切れ間から、巨大な月がこちらを覗いていた。

見慣れた地球の月よりも、わずかに赤い。


「……どこだ、ここは。」


胸ポケットの端末が、かすかに点滅している。

ノイズ混じりに、聞き慣れた声が届いた。


『……リク? こちら《コメット》。応答を確認。』


「ミナ! ……聞こえるのか。どこだ、俺は?」


『位置情報の参照ができません。

 空間座標に対応するデータベースが存在しません。』


「つまり、わからないってことか。」


『簡単に言えば、はい。』


リクは苦笑した。

このAIは、時々人間より素直だ。


周囲を見渡すと、瓦礫の先に石造りの建物がいくつか見えた。

壁のひび割れの形、石の積み方――どこか古代的だ。

けれど、リクはすぐには信じられなかった。


「……なんだここ。撮影セットか? イベント会場……?」


指で壁をなぞる。

手のひらに、土のざらつきと湿気が残る。

まるで本物の石だ。


「冗談きついな。テーマパークの夜間演出にしては、

 湿度までリアルすぎる。」


半ば自分に言い聞かせるように呟く。


『周囲の音波解析――人の声を検知。』


ミナの声が淡く響く。

耳を澄ますと、遠くから人のざわめきが聞こえた。

怒鳴り声、蹄の音、どこかで火が燃えている。


リクは反射的に腰の工具ポーチを探った。

そこには、いつも通りスパナと小型ライト。

《コメット》での癖が、手の動きに残っている。


「……夢じゃないな、これは。」


『夢の定義を確認しますか?』


「やめろ。今はいい。」


彼は一歩踏み出した。

その瞬間、風の流れが変わった。

雲の切れ間から差し込む光が、妙に黄色い。

肌に当たる温度も、地球のそれとは違う。


「ミナ、この太陽……光の波長が違わないか?」


『観測データを解析中……。一致率、現在の太陽

 スペクトルと0.78。誤差としては大きすぎます。』


「ってことは、空そのものが違うってことか……? 

 ここ、地球なのか?」


『地磁気分布も一致しません。現在地、特定不能。』


リクは息を呑んだ。

理屈が追いつかない。

雲の切れ間から覗く星は、妙に近く、瞬いていない。

光の屈折が少なすぎる――大気が薄いのか。


「……太陽も、星も、知らない。

 ――ミナ、俺、どこまで落ちた?」


『天体配置データとの整合が取れません。』


「整合が取れない……? 

 つまり、見えてる星の並びが違うということか。」


『はい。観測系の基準がずれています。』


リクは空を見上げた。

星々の並びが、微妙に違う。

見慣れた空と、どこかが噛み合っていない。

理由のわからない寒気が、背を伝った。


『理論上は、観測系そのものの転移が起きています。』


「……観測系、ね。」


リクは苦笑した。

理論があっても、足元の土は冷たく現実的だ。

彼は深呼吸し、辺りを見回す。


そのとき、遠くで何かが破裂した。

乾いた音が夜を切り裂く。


リクは反射的に身を伏せた。

地面に転がったのは、焼け焦げた土塊――投石だ。

その向こうに、粗末な鎧をまとった人々の影が見える。

叫びながら石を投げ、槍を構えている。


「……何かが壊れてる音だ。」


ミナの声が、焦げた空気の中に割り込んだ。

『熱源多数。人類型。武装を確認。所属は未特定。』


「未特定、ね。……どっちにしても、

 巻き込まれたくはないな。」


彼はしゃがみ込み、瓦礫の陰に身を隠した。

遠くで誰かの悲鳴が上がり、火の粉が夜空に舞う。

その瞬間、リクの目の前で崩れかけた建物の壁が音を立てた。


反射的に、彼は飛び出した。

下敷きになりかけた小さな人影を抱きかかえる。

土埃が舞い、視界が真っ白に染まる。


『リク!? 応答を――』


咳き込みながら、リクはその子の顔を確かめた。

細い手、煤けた頬。

年端もいかない少年だった。


「大丈夫か。」


少年は怯えながらも、リクを見上げる。

その瞳に映る月は、やはり赤い。


『リク。未知環境下での直接接触は推奨されません。』


「うるせえ。今は助ける。」


AIの声を遮り、リクは少年を抱えたまま立ち上がった。

遠くで鐘が鳴る。

低く、深く、時を告げる音。


その音を聞きながら、リクはふと思う。

――ここが、始まりなのかもしれない。



観測記録 No.1「見知らぬ月の下で」

観測者:リクとミナ

状況:暫定接続・時空不安定


第1話の“午後三時”から一転、

静けさが軋むような夜の章でした。


リクとミナにとって、この出来事はまだ「事故」の延長に過ぎません。

けれど、空の色や空気の匂いの違いが、

少しずつ世界の歯車をずらしていきます。


次回、第3話「火の下の子」。

炎と瓦礫の中で出会う“声”が、

二人にとって最初の選択になります。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

もし少しでも面白いと思っていただけたら、

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嬉しいです。


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燃料になります。

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