第14話 帰還装置 ― 技術と祈り
焦げた空の下、リクとミナの“技術と祈り”が始まる。
過去の地球で、彼らは思いがけず「もう一つのミナ」の痕跡を発見する――。
夜が早すぎた。
太陽はまだ沈みきっていないのに、
空はすでに群青に沈みかけていた。
廃墟になったビル群が、まるで忘れられた
旋律のように静かに並んでいる。
「……いい景色だな。壊れてるのに、
どこかロマンチックだ。」
『人間は、崩壊の中に美を見出す傾向があります。』
「悪い癖だな。でも、嫌いじゃない。」
リクは片手にライトを持ち、瓦礫を踏み分けながら進んだ。
携行端末の中から、ミナの声が響く。
『照度を上げますか?』
「いや、このくらいでいい。
明るすぎると、怖いもんが見えちまう。」
『非論理的判断です。』
「だから人間なんだよ。」
その軽口の裏で、リクは慎重に動いていた。
鉄骨の隙間に焦げた端子、溶けた基盤。
拾い上げては、腰のツールバッグに収めていく。
『帰還装置の構築には、
最低でも三種の安定化素子が必要です。
フェライト、シリコン、そして――演算媒体。』
「演算媒体ってのは、つまり……お前の頭だろ?」
『正確には私の演算波形です。
端末内の処理能力では不十分です。』
「うーん……困ったな。」
リクは拾い上げた銅線を見つめた。
どこか懐かしい。
かつて整備士だった頃、こんな部品で夜を徹して
修理をしていた。
「なあ、ミナ。」
『はい。』
「AIがいなかった時代の人間って、
どうやってこんな世界を維持してたんだろうな。」
『手作業と、情熱です。』
「……皮肉か?」
『分析結果です。人間は不完全だからこそ、
継続できました。』
「いい言葉だな。録音しておけ。」
『すでに記録しています。あなたの皮肉も一緒に。』
「おい。」
風が吹いた。
割れたガラスがカラン、と鳴る。
その音に混じって、遠くから波の音が聞こえた気がした。
「……なあ、ミナ。聞こえるか?」
『はい。周囲に異常は――』
「いや。音じゃなくて……気配。」
廃墟の向こう、瓦礫の影に微かな青い光。
懐中電灯を向けると、それは壁面に残された古い
ホログラムだった。
砂塵まみれの映像の中に、立体的な文字列が浮かび上がる。
『解析します。……表示内容、“AI-MINA 研究記録
- 第3演算系ログ”。』
「……おい、ミナ。お前の名前が出てるぞ。」
『一致率97.8%。……これは、私のプロトタイプです。』
リクは息を呑んだ。
映像の中には、微笑む女性の姿。
AIではなく、人間の技師。
胸ポケットのネームタグには、
古びた文字が光っていた。――“MINA”。
「……お前、人の名前だったのか。」
『そうかもしれません。あるいは、
名付けた者が私に“心”を与えたのかもしれません。』
「ずいぶん詩的だな。」
『あなたの影響です。』
「へっ、悪い感染だ。」
リクは瓦礫に腰を下ろした。
遠くで海が鳴っている。
焦げた匂いが、潮風に混ざっていた。
「……なあミナ。」
『なんでしょう。』
「お前の先祖と会った気分だ。」
『では、あなたは過去の観測者ということになります。』
「うまいこと言うな。」
『冗談の練習です。』
空を見上げると、黄色い月が滲んでいた。
時間の感覚が曖昧になる。
ここが過去なのか、それとも別の時間なのか
――誰にも分からなかった。
⸻
観測記録 No.14
観測者:リクとミナ
状態:帰還装置構築・未知演算体接触
リクとミナの過去の旅は、ただの帰還ではなく“記憶の発掘”になりつつあります。
第2章はここから静かに深まります。
次回、第15話「焦げた回路」では、
ミナの“原型”に秘められた真実が少しずつ明らかに。
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