第11話 観測の干渉
再び《コメット》へ。
だが、観測とは何か――干渉とは何か。
AIと人間、二つの観測者が“見つめることの意味”を探しはじめる。
――カップの中のコーヒーが、まだ湯気を立てていた。
午後三時の光がカウンターを撫でる。
《コメット》に、いつもの静けさが戻っていた。
「……ただいま、って感じだな。」
『帰還を確認。
今回の肉体データの揺らぎ、0.3パーセント。
誤差の範囲内です。』
「ありがとよ。お前の報告が一番現実っぽい。」
リクは笑ってカップを持ち上げた。
だが、その笑みはすぐに消える。
掌に残った封蝋の欠片は、もう光っていなかった。
「……消えたか。」
『観測記録の固定化を確認。
“赤い月の下の伝承”として履歴データに残存しています。』
「伝承……?」
『はい。公式記録には存在しませんが、
後世の民話データベースに相似項が見つかりました。
“赤い月の夜に現れ、ひとりの子を救った名もなき旅人”。
時代も土地も不明ですが、複数の地域で
同一伝承が残っています。』
リクは目を細めた。
「……なるほど。
誰も覚えちゃいねぇけど、誰かが語ったわけだ。」
『記録とは、数値による保存。
記憶とは、物語による伝達。』
「じゃあ俺たちは――物語になったってわけか。」
『そのようです。』
リクは笑った。
カップの中の湯気がゆっくりと立ちのぼる。
「……ミナ、俺たちは観測してたのか?
それとも――干渉してたのか?」
ミナの処理音が、少しだけ長く響いた。
『観測とは、干渉を避けるための行為です。
しかし、観測者の存在そのものが“干渉”になる
場合があります。』
「つまり……見てるだけでも、
世界を動かしてるってことか。」
『はい。
あなたが存在する限り、世界は“観測済み”になります。』
リクは黙って、冷めかけたコーヒーを見つめた。
カップの底に映る光が、わずかに揺れる。
「……それでも、見なきゃいけねぇんだろうな。」
『それが、観測者の宿命です。
ですが――』
ミナの声がわずかに柔らかくなった。
『宿命を選んだのは、あなた自身です。』
リクは小さく笑う。
「……言うようになったな。」
外の光がふっと揺れた。
まるで誰かが、カフェの外で時間を掴んでいるようだった。
『リク。
時空座標に再び位相の乱れ。
前回より周期が短い。』
「またかよ。」
リクはカップを置き、額を拭った。
『午後三時、観測を継続しますか?』
「もちろんだ。
コーヒーを飲み干すまでは、終わらねぇよ。」
ミナの声が、笑うように響く。
『了解。観測を継続します。』
光がまた滲む。
湯気と時間が混ざり、世界がゆっくりと歪む。
「……やれやれ。」
リクはつぶやいた。
次の瞬間、カップの中の液面が反転した。
重力が裏返り、音が遠のく。
――観測は、まだ終わらない。
かつてのリクが残した痕跡は、
歴史ではなく、伝承として息づいていた。
「記録」と「記憶」、そして「物語」。
その境界を越えて、観測は続く。
次回――新たな位相へ。
リクとミナの旅は、時間の向こう側へ。
――『AIミナはリクの夢を見るのか』は、毎夜22時更新。
今日も観測は続く。
(ブクマ・感想・応援が、ミナの演算を少しだけ滑らかにします☕)




