第10話 届かぬ手紙
届かなかった手紙。
変わらなかった歴史。
それでも、誰かが語り継ぐなら――
それはもう、消えない“記憶”になる。
――再び光が収束したとき、
足元の土の匂いが蘇った。
見覚えのある瓦礫、赤い月。
そこは、かつて自分が“届かなかった”世界だった。
風が吹く。
焦げた木の匂いが、ゆっくりと鼻を刺した。
リクは崩れかけた門のそばにしゃがみ込み、
掌の上の金属片を見つめた。
それは焼け焦げていながらも、
かすかに封蝋の跡を残していた。
『リク、その断片。形状解析を行います。』
ミナの声が、砂嵐混じりに届く。
「頼む。」
光が金属の表面を走り、淡い文字が浮かび上がる。
刻まれた印章は、見覚えのあるものだった。
『成分分析完了。
合金構成比は魏王朝期の封蝋用金属と一致。
これは……信書の一部です。』
リクは息をのんだ。
「……また、あの手紙か。」
『はい。宛先は蜀。
発信元は孟達――内容は不明です。』
リクは空を見上げた。
赤い月が、雲の合間からぼんやりと光を落としている。
あの時と、同じ月だ。
「……前の俺が、これを運んでたのか?」
『その可能性が高いです。』
「もし届いていたら、世界は変わってたのか?」
一瞬の沈黙。
ミナの演算音が、いつもより長く続いた。
『歴史記録によれば、孟達の信書は諸葛亮に届いていません。
その結果、蜀の援軍は動かず、孟達は討たれました。
もし届いていれば――魏は内乱に陥り、
曹叡政権は崩壊していた可能性があります。』
リクは眉をしかめた。
「……たった一通で、世界が変わる。」
『そうです。
ですが、現実の観測値では変化は確認されません。』
風が灰を巻き上げた。
封蝋の欠片が小さく震える。
『リク、観測データに残響があります。
あなたの行動が、この世界線にわずかな
痕跡を残しています。』
「痕跡?」
『歴史的結果は変わりません。
ですが、この時代の記録の中に――
“赤い月の下に現れた使者”という伝承が
追加されています。』
リクは思わず笑った。
「……伝説、か。俺が?」
『記録ではなく、記憶です。』
「でも、誰かが覚えてるんだろ?」
『はい。記録には残らずとも、記憶として語り継がれます。』
リクは静かに頷いた。
「……それでいい。届かなくても、誰かに残るなら。」
彼は金属片を指で弾き、空へ放った。
欠片は赤い月の光を受けて、ひときわ強く輝いた。
『リク、観測値が再び変動しています。』
「またリープか?」
『不明。……何かが近づいています。』
地平線の向こうで、光が脈打った。
赤い月の縁に、別の影が重なる。
リクはゆっくりと立ち上がる。
「……まだ、終わってねえな。」
焦げた匂いが、また風に混ざる。
――午後三時、観測は続く。
第1章「赤い月の記録」も、いよいよ終盤。
リクが見たのは、“届かなかった”世界。
けれどその記録は、どこかの誰かの“記憶”として残る。
次回、「観測の干渉」。
リクとミナ、二つの世界線が重なりはじめます。
――『AIミナはリクの夢を見るのか』は、毎夜22時更新。
今日も観測は続く。
(いいね・ブクマで応援してもらえると、ミナが少し照れます)




