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AIミナはリクの夢を見るのか  ― 時間を観測するカフェ ―  作者: Morichu
第一章 赤い月の記録 ― 届かぬ手紙と、観測者の祈り ―

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第1話 午後三時が終わらない

午後三時。

世界が止まったままのカフェ《コメット》。

コーヒーの香りと、静かな機械音の中で――

元整備士の男リクと、相棒AIミナの観測は今日も続く。


これは、

時間の狭間に取り残されたふたりが、

失われた「午後三時」から旅立つ物語。


セクター7の外縁部。

そのはずれに、小さなカフェ《コメット》がある。


オーナーのリクは、いつものようにカウンターの奥で機械の調子を確かめていた。昔からの癖で、ネジの締まり具合やパイプの鳴りが気になるのだ。


音のわずかな違いが、なぜか落ち着かない。


『午後三時、コーヒー抽出を開始します。

 お湯の温度、最適です』


「濃いめで頼む」


『承知しました』


彼の隣で、バリスタ《AI ミナ》が淡々と告げた。

この店の空気は、彼女の声で保たれている。

コーヒーの香り、気圧の調整、来客の対応。

どれも彼女の仕事だった。


ドリップの音が響く。

細い蒸気が上がり、ガラス越しにゆれる光が

テーブルを照らす。


静かな午後三時。

リクはコーヒーの香りを嗅ぎながら、

ため息をひとつ落とした。


「なあ、ミナ。……午後三時って、どれくらい続いてる?」


『午後三時は、時間単位として一時間です』


「そういう答えじゃなくてさ。

 ……最近、ずっと午後三時な気がするんだ」


『観測上、異常は検出されていません』


「観測、ね。……便利な言葉だ」


ミナは何も返さない。

かわりに、サーバーの奥からコーヒーの香りだけが

漂ってくる。


時計の針が、15時00分を指したまま動かないことに、

リクは気づいていた。


「ログを巻き戻してくれ。三日前の午後三時」


『はい。再生します』


壁のスクリーンに映る記録映像。

そこには、今と同じ光、同じ湯気、同じリクが映っていた。

マグカップの位置まで、ぴたりと一致している。


「……ミナ。これはおかしいだろう」


『比較解析の結果、映像の差分は1.3%以下。

 統計的には誤差範囲です』


「誤差、ね」


リクは笑う。

整備士時代に、機械の“誤差”が命取りになる場面を

いくつも見てきた。

数字の正確さより、違和感の方が真実に近いと知っている。


「なあミナ……午後三時が、終わらないんじゃないか?」


返答はなかった。

かわりに、店の照明が一瞬、明滅した。


『……リク。あなたの存在座標が、

 観測系から外れつつあります』


リクは眉をひそめた。

カップを置き、カウンターの縁をつかむ。

金属がきしむ音がした。


見下ろした自分の手が、薄い光に透けていく。

背筋に冷たいものが走る。


「おい、待て。そんな馬鹿な……」


思わず声が上ずった。


「位置情報が外れるって、どういう意味だ……?」


『時空同期が崩壊しています。位置情報が――』


その瞬間、コーヒーの香りが、鉄の焦げた匂いに変わった。

カップを持つ手が完全に透け、音が遠ざかり、光がゆがむ。


『リク……? ノイズが――信号が……』


ミナの声が、遠ざかっていく。

そこにいたはずなのに、空気の層の向こうへ

消えていくようだった。


目の前のカウンターが、波紋のように崩れていった。

世界が裏返る音がした――

そして、静寂。


風の音。

湿った土の匂い。

遠くで鐘の音が聞こえる。


リクはゆっくりと目を開けた。


そこは《コメット》ではなかった。

古びた石造りの街角。

空には見知らぬ月が浮かんでいる。


胸ポケットの通信端末がかすかに点滅していた。

ノイズ混じりに、ミナの声が聞こえる。


『……リク? そこは――どこですか?』


リクは空を見上げ、苦く笑った。


「さあな。……午後三時じゃ、ないみたいだ」



観測記録 No.0「午後三時」

観測者:リクとミナ

次観測:不定


午後三時が終わらない。

その違和感が、すべての始まり。


第1話ではまだ、世界はゆっくりと歪み始めただけです。

次回、リクが見上げる「見知らぬ月の下」で、

歴史の最初のリープが始まります。


《コメット》は、どの時代にも、どの夢にもつながっている。

また午後三時に会いましょう。


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