第8話
後宮は、静かに、しかし確実に、嵐の只中にあった。
皇帝・玄葉の密命を受けた調査が進む一方で、月影の焦りは頂点に達していた。
彼女は、夕霧が単なる李蘭の身代わりではなく、自身の計画を脅かす存在であると完全に確信していた。
長慶宮への度重なる毒物の仕掛けや刺客の差し向けが失敗に終わった今、
月影は、より大胆で、直接的な罠を仕掛けることを決意する。
それは、夕霧の命だけでなく、彼女の隠された過去をも暴き出すような、巧妙で悪質な計略だった。
月影は、自らの宮の奥で、膝を抱えるように座り込んでいた。
その顔は、いつもは優雅な微笑みを湛えているが、今は深い怒りと焦燥に歪んでいた。
冷たい緑茶を一口飲むと、その苦みが、彼女の神経を逆撫でする。
「 あの小娘……李蘭と名乗るあの女が、まさかわたくしの邪魔をするとは……。
わたくしの長年の計画が、あの小娘ひとりで崩されるなど、あってはならない。
だが、その正体も、既に掴みかけている。
あの異様なまでの毒への知識。
ただの閨秀の娘ではあるまい。
必ずや、その忌まわしい過去を暴き出してやる 」
彼女の指先が、まるで毒蛇のようにしなやかに動き、卓上に置かれた一枚の紙を撫でた。
それは、夕霧の筆跡に似せて書かせた、汚らしい言葉の羅列だった。
月影の周到な計略が、再び動き出す。
ある日の夕暮れ時、後宮に設置された
「 文の木 」
と呼ばれる、妃たちが自由に詩歌を綴り、吊るすための大きな木の下で、奇妙な紙切れが発見された。
それは、達筆な文字で書かれた短歌だったが、その内容は、後宮の妃としてはありえないほど俗っぽい言葉遣いで、
まるで市井の泥棒が使うような隠語が散りばめられていた。
その紙切れは、不自然なほど夕霧の筆跡に似せて書かれ、しかも、
彼女が李蘭として後宮入りする前に、市中で使っていたとされる独特の**「 合図 」**が、かすかに読み取れるようになっていた。
月影は、夕霧の過去を探る中で、彼女がかつて盗賊であったという噂、
そして特定の合図を使うことを知っていたのだ。
彼女の目的は、単に夕霧を陥れるだけでなく、玄葉の疑念を強め、夕霧の正体を暴かせることだった。
この紙切れは、すぐに月影の手の者である侍女によって発見され、大げさに騒ぎ立てられたことで後宮中に広められた。
侍女たちは、他の妃たちの耳目を集めるように、わざと大きな声で話した。
「 まあ!これは一体、どちらの妃殿下が書かれたものなのでしょう!
あまりにも粗野な言葉遣いで、わたくし、目を疑ってしまいましたわ! 」
「 それに、この『合図』とやらは、市井のならず者が使う隠語だと聞きました。
いったい、長慶宮の李蘭様が、このようなものを……? 」
妃たちは、紙切れの不気味な内容にざわめき立ち、特に俗っぽい言葉遣いに顔をしかめた。
「 まあ、長慶宮の妃殿下ともあろう方が、このような下品な言葉を……。
信じられませんわ 」
「 李蘭様は、ご病気がちで、常に優雅であられるとばかり思っておりましたのに。
このような卑しい文字を書かれるとは… 」
「 一体、どのようなご趣味で… 」
月影は、妃たちの間の動揺を静かに見守り、薄い笑みを浮かべていた。
彼女の狙いは、夕霧の品位を貶めることだけではなかった。
この紙切れが、玄葉の目にも留まり、彼の疑念を確信に変えることを計算していたのだ。
案の定、この不穏な噂は玄葉の耳にも届いた。
彼はその紙切れを静かに読み上げると、その内容に深く眉をひそめた。
玄葉は、夕霧が李蘭ではないことを既に確信していたが、その言葉遣いや、かすかに含まれる
「 合図 」
に、彼の冷静な思考が揺さぶられた。
これは、単なる誹謗中傷ではない。
夕霧の過去に、何か決定的な秘密があることを示唆している。
そして、その秘密が、この後宮の陰謀と深く結びついている可能性があった。
玄葉は、自身の影の部下たちを執務室に呼びつけた。
彼らの顔には、報告を待つ緊迫した表情が浮かんでいた。
「 この紙切れの出どころと、李蘭妃の筆跡、そしてこの『合図』の真偽を徹底的に調査せよ。
一刻も早く、全貌を明らかにせよ。
どんな些細な情報でも見逃すな 」
彼の声には、抑えきれない怒りの感情が滲んでいた。
影の部下たちは、すぐに調査に取り掛かる。
彼らは、夕霧が過去に書いたとされる書簡や、宮中で残したわずかな筆跡と、この紙切れの文字を綿密に比較した。
すると、奇妙なことに、筆跡は酷似しているにもかかわらず、決定的な違いがいくつか見つかったのだ。
それは、月影が、夕霧の筆跡を真似て書かせた証拠だった。
しかし、
「 合図 」
については、部下たちにも確証が持てなかった。
それは、あまりにも特殊で、市井のならず者しか知らないような、暗号めいたものだったからだ。
「 陛下、筆跡は確かに似ておりますが、微細な違いがございます。
熟練の筆跡鑑定士によれば、おそらく、巧妙に模倣されたものでしょう 」
と、部下の一人が報告した。
「 やはり、月影の仕業か 」
玄葉が低い声で呟く。
彼の瞳は、暗く光っていた。
「 だが、この『合図』とやらは……我々にも判別がつきかねます。
市井の奥深くで使われる隠語だとは推測できますが、これほど特殊なものは、我々の情報網でも掴みきれておりません。
一体、どのような意味を持つものなのでしょうか 」
別の部下が困惑した表情で続けた。
玄葉の表情は一層険しくなった。
彼は、この
「 合図 」
が、夕霧の隠された過去と深く結びついていることを直感していた。
そして、この
「 合図 」
を知る者が、後宮にいる。
月影が、何らかの形で夕霧の過去に辿り着き、それを暴こうとしている。
玄葉は、月影の周到な計画に、深い憎悪と同時に、より一層の警戒心を抱いた。
この女は、何を知っているのだ?
そして、どこまでその手は伸びているのだ?
月影は、次の手を打った。
それは、夕霧の心を揺さぶり、自ら墓穴を掘らせるための、心理的な罠だった。
月影は、夕霧がよく訪れる長慶宮の薬草園に、特定の植物を置かせたのだ。
それは、夕霧が故郷の悲劇の際に目にした、ある毒物の原料となる植物だった。
その植物は、後宮ではほとんど目にすることがない珍しいものであり、夕霧が見れば必ず気づくはずだった。
その植物は、枯れた枝に不気味な紫色の実がついており、
独特の、どこか甘ったるいような、それでいて神経を逆撫でするような匂いを放っていた。
月影の狙いは、夕霧を動揺させ、自ら墓穴を掘らせることだった。
あるいは、夕霧がその植物に異常な反応を見せることで、その正体を探ろうとしたのかもしれない。
夕霧は、いつものように薬草園を訪れ、その植物を見つけた時、その場で凍り付いた。
彼女の脳裏に、故郷の惨状がフラッシュバックする。
あの毒の原料が、なぜここに。
彼女の顔色は、一瞬にして青ざめた。
その植物は、故郷を滅ぼした毒の原料の一つだ。
その忌まわしい香りが、遠い記憶を鮮明に呼び覚ます。
「 まさか……この植物が、なぜ後宮に… 」
彼女の唇から、かすかな呟きが漏れた。
その声は、恐怖に打ち震えていた。
月影が、そのことを知っているとでもいうのか?
あるいは、偶然か?
いや、月影の行動に偶然はない。
これは、明らかに夕霧を追い詰めるための、仕掛けられた罠だった。
月影は、夕霧の過去を深く探っている。
その事実が、夕霧の心に重くのしかかった。
夕霧は、感情を抑え込み、平静を装った。
しかし、その手は微かに震えていた。
彼女は、その植物を密かに採取し、自身の部屋へと持ち帰った。
そして、深く深く考え込んだ。
月影は、どこまで知っているのか?
自分の過去のどこまでを、彼女は暴こうとしているのか?
このままでは、冬花にまで危険が及ぶかもしれない。
李蘭様の願いも、私の故郷への誓いも、全て水泡に帰してしまうかもしれない。
「 …どうすれば、この状況を乗り越えられるのか… 」
彼女は、自身の選択が、どれほど危険な道を切り開いたかを改めて痛感した。
同時に、彼女の心には、月影への強い警戒心と、打ち砕かれてはならないという強い覚悟が宿っていた。
この一連の出来事を通じて、夕霧は、玄葉の影の部下たちに、彼女の持つ並外れた知識や、危機への対処能力の一部を間接的に察知させていた。
彼らは、夕霧が毒物の危険性を正確に嗅ぎ分け、身を守ったこと、そして、刺客の襲撃を退けたことに、密かに驚きと疑念を抱いていた。
彼らは、夕霧が単なる病弱な妃の身代わりなどではないことを、肌で感じ取っていたのだ。
彼らの報告が、玄葉の疑念をさらに深めた。
玄葉は、夕霧の中に、李蘭とは異なる、強い光と影を見出していた。
そして、その影の深さに、ある種の魅力を感じ始めていた。
その夜、玄葉は、夕霧を秘密裏に自身の執務室へと呼び出した。
冷たい風が窓から吹き込み、部屋の燭台の炎が揺れる。
部屋には、玄葉と、彼の最も信頼する影の部下、そして夕霧だけがいた。
部屋の空気は、張り詰めていた。
玄葉の視線は、以前のような冷酷さだけでなく、どこか熱を帯びている。
「 李蘭、と名乗る女 」
玄葉の声は、以前よりも低く、そしてわずかに感情を帯びていた。
夕霧は、深呼吸をして、覚悟を決めた。
この瞬間が来ることを、彼女は予感していた。
「 そなたは、一体何者なのだ?
これまでの行動、そして後宮に広がる奇妙な噂。
全てが、そなたがただの李蘭妃の身代わりではないと告げている。
いや、もはや確信している。
そなたは、李蘭ではない 」
玄葉の問いは、以前よりも直接的で、そして、どこか夕霧の反応を探るような響きがあった。
彼の問いには、既に
「 そなたは李蘭ではない 」
という確信が込められていた。
彼は、夕霧が差し出した毒の指示書、そして彼女の一連の行動、
そして後宮に広がる奇妙な紙切れの噂、そして薬草園の異変。
全ての点が、夕霧の隠された過去へと繋がっていたのだ。
彼の表情は、わずかな揺らぎも見せず、静かに夕霧を待ち受けていた。
しかし、その瞳の奥には、以前とは異なる、複雑な感情が渦巻いているようだった。
夕霧は、床に膝をつき、深く頭を下げた。
もはや、隠し通すことはできない。
彼女は、この状況を打開するためには、真実を語るしかないと悟った。
ここで嘘をつけば、全てが終わる。
「 陛下、わたくしは……李蘭ではございません 」
夕霧の声は、静かだったが、その言葉には揺るぎない覚悟が宿っていた。
玄葉の影の部下たちが、わずかに息をのむのが聞こえた。
彼らの視線が、一斉に夕霧に集中する。
室内の空気は、一瞬にして凍り付いたかのようだった。
「 では、そなたは、一体何者だ?
そして、なぜ、偽りの身分で後宮に入り込んだ?
その目的を、一切の偽りなく、全てを話せ。
そなたの命運は、今、俺の手の中にある 」
玄葉の声は、以前よりも低く、そして、どこか夕霧を試すような響きがあった。
彼の瞳は、夕霧の心の奥底を見透かすかのように、深く、そして鋭かった。
その視線は、まるで魂を抜き取ろうとしているかのようだった。
しかし、夕霧は、その視線から逃げなかった。
夕霧は、顔を上げ、玄葉の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
彼女の瞳には、悲しみと、そして揺るぎない決意が宿っていた。
彼女の唇が、かすかに震える。
しかし、彼女は言葉を選び、紡ぎ始めた。
その声は、かつてないほど澄み切っていた。
「 わたくしは… 」
夕霧は、一呼吸置いた。
そして、決意を込めて、語り始めた。
「 わたくしは、かつて故郷の悲劇を経験いたしました。
私の故郷は、豊かな自然に恵まれた、小さな村でした。
しかし、ある日突然、原因不明の「 疫病 」によって滅ぼされたのです。
高熱、発疹、そして身体の自由を奪う麻痺…多くの人々が、そして私の家族も、その「 疫病 」によって苦しみ、次々と命を落としました。
わたくし自身も、その死の淵を彷徨いましたが、奇跡的に生き延びることができました 」
夕霧の声は、震えることなく、しかし深い哀しみを帯びていた。
玄葉の表情は、微かに動いた。
彼の脳裏には、毒の調査官たちの報告がよぎった。
「 その「 疫病 」の正体は、医学では解明できない、巧妙に調合された毒物でした。
私の故郷は、古くから薬草の知識に長けた土地であり、私も幼い頃から薬学や毒物学に関する書物を読み漁って参りました。
その災厄の中で、わたくしは、毒に関する知識を必死に身につけ、生き延びる術を学んだのです。
故郷を追われ、身寄りのない身で流浪し、生きるために盗賊として生計を立てておりました 」
玄葉の影の部下が、顔を見合わせた。
盗賊。
妃としては、ありえない過去だ。
しかし、彼らは、夕霧が示した並外れた能力を思い出し、その言葉に納得しかけていた。
彼らの間には、奇妙な静寂が広がる。
玄葉の顔には、驚きと、そして確信の色が浮かんだ。
彼女が、以前示した毒に関する深い知識は、この過去に起因していたのだ。
「 帝都を彷徨っていた際、わたくしは、本物の李蘭様と出会いました。
彼女は、玄葉陛下にご寵愛を受けるはずの、清らかで心優しいお方でした。
しかし、後宮入りを間近に控え、月影様の仕掛けた毒によって重病に陥っておられました。
李蘭様の症状は、私の故郷を襲った毒の症状と酷似しておりました。
李蘭様は、ご自身の命がもう長くないことを悟り、
『 わたくしには、どうしても陛下にお伝えしたい秘密があるのです。
この体では叶わぬ。
どうか、わたくしの代わりに、後宮に入って、真実を暴いてくださいませんか?
あなた様ならば、きっと……この恐ろしい陰謀を止めることができるはず 』
と、わたくしに身代わりとして後宮に入ることを懇願されたのです 」
夕霧は、李蘭との出会いを、そして彼女の切なる願いを語った。
その声には、李蘭への深い友情と、彼女の願いを叶えようとする強い意志が込められていた。
玄葉は、その言葉に、李蘭の苦しみと、夕霧の誠実さを感じ取っていた。
彼の心の中で、全ての点が繋がり始めた。
「 わたくしが後宮に入り込んだ目的は、李蘭様の願いを叶えること、
そして、後宮に蔓延る毒の真実を暴き、二度と故郷で起こったような悲劇が繰り返されないようにすることでございます。
わたくしの命は、もはやどうなっても構いません。
しかし、この後宮で苦しむ妃たちを、そして何よりも、李蘭様を苦しめた真犯人を、決して許すことはできません 」
夕霧は、処刑を覚悟の上で、自身の全てをさらけ出した。
彼女の言葉は、悲劇を乗り越えた者の強さと、真実への揺るぎない情熱に満ちていた。
彼女は、玄葉の瞳を真っ直ぐに見つめていた。
その瞳には、一切の逃避はなかった。
覚悟を決めた者の、静かな輝きがあった。
そして、その瞳の奥には、玄葉への、微かな期待のようなものが宿っているようにも見えた。
玄葉は、夕霧の告白を静かに聞いていた。
彼の瞳には、夕霧の言葉の真偽を測るかのような、深い思慮が宿っていた。
しかし、その奥には、以前のような冷酷さだけでなく、ある種の興味、
そして、微かな共感のようなものが垣間見えた。
彼は、夕霧が差し出した毒の指示書、そして彼女の一連の行動、
そして今語られた壮絶な過去を、一つ一つ繋ぎ合わせていく。
彼女の持つ並外れた知識と能力が、故郷の悲劇と流浪の生活の中で培われたものであることを理解した時、
玄葉の表情に、大きな変化が現れた。
彼の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「 …そなたが、盗賊であったとはな。
面白い。
実に興味深い過去だ。
そして、その過去が、そなたの瞳に、これほどの強さと美しさを与えているとは 」
玄葉の声は、以前よりも柔らかく、そして、どこか夕霧の心を試すような響きがあった。
彼は、夕霧の告白を信じたのだ。
そして、彼女の過去に、ある種の魅力を感じ始めていた。
彼の脳裏には、夕霧の並外れた観察眼、そして知識が、後宮の闇を暴く上でいかに強力な武器となるか、という計算が働いていた。
そして、それだけでなく、彼女の存在そのものが、彼の心を揺さぶる、特別な何かを持っていると感じ始めていた。
「 しかし、そなたの持つ知識と、この後宮の闇を暴こうとする情熱は、偽りではない。
そなたの故郷を滅ぼした毒と、後宮で蔓延る毒に繋がりがあるかもしれぬというのも、看過できぬ事態だ。
わたくし…いや、俺は、この後宮の腐敗を根絶やしにせねばならぬ。
そのためには、そなたのような存在が必要不可欠だ。
いや、そなたの力が、どうしても必要なのだ 」
玄葉は、ゆっくりと立ち上がると、夕霧に近づいた。
彼の影が、夕霧の小さな体を覆い隠す。
夕霧は、息をのむ。
彼の言葉には、皇帝としての揺るぎない決意だけでなく、夕霧への、個人的な興味と、そして、微かな懇願のようなものが込められていた。
「 そなたを処罰する代わりに、俺に協力しろ。
この後宮の闇を、共に暴くのだ。
そなたの知識と力は、この帝国の未来に必要不可欠であると、俺は判断する。
そなたの真の目的を、俺は信じる。
故に、俺は、そなたを赦し、そして、力を貸そう。
いや、そなたの力を、貸してほしい 」
玄葉は、夕霧に手を差し伸べた。
それは、処罰ではなく、まさかの共闘、そして、それ以上の、信頼と、期待の表明だった。
夕霧は、玄葉の言葉に、驚きを隠せなかった。
処刑を覚悟していた彼女にとって、それは予想外の展開だった。
しかし、玄葉の瞳には、一切の迷いがなかった。
彼の言葉には、皇帝としての揺るぎない決意と、夕霧の能力を高く評価する信頼、
そして、彼女への、微かな愛情のようなものが込められていた。
彼の指先が、夕霧の震える手を求める。
夕霧は、差し出された玄葉の手を、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って取った。
その手は、冷たかったが、確かに力強く、彼女を支えようとしていた。
その瞬間、二人の間に、表面上の妃と皇帝の関係とは全く異なる、
秘密裏の、しかし強固な共闘関係、そして、それ以上の、特別な絆が築かれた。
それは、帝国の未来を左右する、新たな同盟の始まりとなるだろう。
後宮の深い闇の中で、皇帝と元盗賊の妃が、共に手を取り合った瞬間だった。
彼らの間には、言葉にはできない、しかし確かな信頼のようなものが芽生え始めていた。
後宮の嵐は、今、その勢いを増し始める。
そして、その嵐の中で、二つの心が、静かに、しかし確実に、惹かれ合っていく。