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荊棘後宮の盗妃伝  作者: ひらめ
第2章
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第4話


翌朝、帝都の宮殿は、厳粛な雰囲気に包まれていた。

玄葉は、翠峰国の風雅王との再度の会談に臨むべく、準備を進めていた。

軍師や重臣たちが集められ、今後の戦略について活発な議論が交わされる。

月の残党の狙いが「 生命の器 」である夕霧の力と、白露国の祭壇にあると判明した以上、もはや悠長に構えている暇はない。

「 風雅王の真意は、まだ掴みきれない。

だが、彼が翠峰国の軍勢を率いて国境に迫っている以上、我々が動くべきだ 」

玄葉は、堂々とした態度で軍師たちに告げた。

彼の瞳には、皇帝としての揺るぎない覚悟と、夕霧を守り抜くという強い意志が宿っていた。

彼が最も警戒していたのは、風雅が月の残党と結託している可能性、あるいは、夕霧の力を独占しようとしている可能性だった。

しかし、もし風雅が本当に月の残党を討伐しようとしているのであれば、この機を逃すわけにはいかなかった。

その頃、翠峰国の陣営でも、風雅王が側近たちと今後の戦略について話し合っていた。

風雅は、帝都の皇帝玄葉の態度に、警戒と同時に、かすかな期待を抱いていた。

「 皇帝玄葉は、夕霧姫を深く案じているようだ。

それは、我々にとって好都合かもしれぬ 」

風雅の言葉に、側近の一人が訝しげな顔をした。

「 陛下、まさか、夕霧姫の清浄なる血を、我らが独占しようと? 」

風雅は、静かに首を横に振った。

「 清浄なる血は、特定の国や一族のものではない。

それは、世界を救うための力だ。

だが、その力を正しく導くには、我々翠峰国の秘術が不可欠だ 」

彼の言葉には、故国への強い忠誠心と、翠峰国の秘術への絶対的な自信が垣間見えた。

しかし、彼の心の奥底には、夕霧への、かつて抱いていた淡い恋心が、再び芽生え始めていた。

夕霧の無事を心から喜びながらも、帝都で玄葉の傍らにいる彼女の姿に、彼は言い知れぬ感情を抱いていた。

風雅にとって、夕霧は幼い頃からの特別な存在だった。

白露国と翠峰国は古くから友好関係にあり、幼い頃の彼は度々白露国を訪れていた。

夕霧は、物静かで聡明な少女だったが、その瞳の奥には、どんな困難にも立ち向かう強い意志を秘めていた。

彼女の「 清浄なる血 」が持つ力は、当時から風雅の興味を引き、同時に、彼女を深く尊敬する理由でもあった。

月の氏族の陰謀によって白露国が滅亡したと聞いた時、風雅は深い絶望に打ちひしがれた。

夕霧もまた、その悲劇の渦中にいたはずだ。

しかし、彼女はこの帝都で生き延び、さらに皇帝玄葉の傍らで活躍している。

その事実が、風雅の心を強く揺さぶっていた。

彼は、夕霧が皇帝玄葉の庇護のもとにあることを知っていた。

そして、二人の間には、彼が入り込むことのできない絆が既に生まれていることを、薄々感じ取っていた。

それでも、夕霧を救うため、そして白露国の地を解放するためには、彼女の力が不可欠だと信じていた。

そして、その過程で、彼女を再び自分の傍らに引き寄せたいという、密かな願望も抱いていた。

「 月の残党を討伐する。

そのために、翠峰国は全てをかける 」

風雅は、強い口調で宣言した。

彼の言葉の裏には、月の残党への復讐心と、そして、夕霧への複雑な思いが渦巻いていた。

その日の午後、玄葉と風雅王の二度目の会談が行われた。

会談の場には、夕霧も同席していた。

玄葉は、月の残党の狙いが、夕霧の力を利用した「 生命の器 」の儀式であり、その場所が白露国の祭壇であるという事実を、風雅に伝えた。

風雅は、その情報に、驚きを隠せない様子だった。

「 やはり……。

月の残党は、そこまで力を増していたのか 」

風雅は、冷静に状況を分析し始めた。

「 清浄なる血を『 生命の器 』とする儀式は、古文書にも記されています。

それは、月の氏族の中でも、ごく一部の者しか知らなかった禁断の秘術。

もし、それが実行されれば、世界は再び闇に飲み込まれるでしょう 」

風雅の言葉に、夕霧は身を震わせた。

彼女の故郷の地に、そんな恐ろしい儀式が企てられていることに、怒りさえ覚えた。

玄葉は、風雅の言葉に、さらに警戒心を強めた。

風雅がどこまで知っているのか、そして彼の真の目的は何なのか、まだ測りかねていた。

「 風雅王、貴殿は、月の残党を討伐するにあたり、具体的にどのような策を持っている? 」

玄葉の問いに、風雅は静かに答えた。

「 月の残党は、笛の音を用いて、人々の心を惑わし、操る術を持っています。

我々翠峰国は、古くからその笛の音に対抗する術を伝承してきました。

そして、月の氏族の秘術を無力化するには、清浄なる血を持つ夕霧様の協力が不可欠です。

彼女の血が、月の秘術の根源を断ち切る鍵となる 」

風雅は、夕霧の力を強調した。

彼の言葉には、夕霧への深い信頼と、彼女の力に対する確信が込められていた。

夕霧は、風雅の言葉に、彼の自分への期待を感じ取った。

それは、幼い頃から変わらない、彼女の能力への信頼だった。

しかし、同時に、彼女が彼の故国を救うための「 道具 」として見られているのではないかという、かすかな不安もよぎった。

玄葉は、風雅の言葉を聞きながら、彼の真意を探っていた。

風雅が夕霧の力を借りようとしているのは明白だが、その目的は本当に世界の平和のためだけなのだろうか。

それとも、故郷の復興のため、あるいは、夕霧を己の傍らに置くためなのだろうか。

玄葉は、風雅の瞳の奥に、かつての夕霧への淡い恋心とは異なる、より深く、複雑な感情が宿っているのを感じ取っていた。

「 翠峰国と帝国が協力し、月の残党を討伐する。

それは、この世界の平和にとって不可欠なことだ。

だが、夕霧の身の安全は、いかなる場合も最優先される 」

玄葉は、改めて風雅に釘を刺した。

彼の言葉には、夕霧を守り抜くという強い決意が込められていた。

風雅は、玄葉の言葉に静かに頷いた。

「 もちろんでございます、皇帝陛下。

夕霧姫の安全は、我々翠峰国にとっても最重要事項です 」

しかし、彼の視線は、再び夕霧へと向けられた。

その視線には、玄葉には決して理解できない、夕霧への秘めたる感情が渦巻いていることを、玄葉は感じ取っていた。

会談は、最終的に翠峰国と帝国が協力して月の残党を討伐するという結論に至った。

翠峰国は、その風を操る秘術と、月の氏族の笛の音に対抗する術を用いて、月の残党の居場所を特定し、その力を無力化する役割を担う。

そして、帝国は、その強大な軍事力をもって、月の残党を完全に討伐する。

夕霧は、自身の「 清浄なる血 」の力で、月の残党の秘術を打ち破るための鍵となる。

夕霧は、協力体制が整ったことに安堵した。

これで、故郷の地が再び闇に飲み込まれることはないかもしれない。

しかし、同時に、彼女の心は、玄葉と風雅王、二人の間に漂う、複雑な感情の交錯に気づき始めていた。

玄葉は、常に彼女の身を案じ、守ろうとしてくれる。

その優しさは、彼女にとって何よりも心強いものだった。

しかし、彼のその優しさが、一国の皇帝としてのものなのか、それとも一人の男性としてのものなのか、夕霧にはまだ判別がつかなかった。

彼が自分に向ける視線が、時に熱を帯びることに気づいてはいたが、それを「 皇帝の優しさ 」として受け止めるべきなのか、それとも別の意味があるのか、彼女には自信がなかった。

一方、風雅王は、幼い頃から彼女の力に期待を寄せ、そして、彼女の存在を深く理解しているかのように見えた。

彼の言葉には、故郷への深い愛情と、夕霧への信頼が込められていた。

しかし、その信頼の裏に、かつての縁談の記憶と、それが実現しなかったことへの未練が、かすかに感じられた。

彼が夕霧を見つめる視線は、玄葉とは異なる、ある種の「 所有欲 」のようなものも含まれているように、夕霧には感じられた。

三人の関係は、まるで複雑な糸が絡み合うように、それぞれの思惑が交錯していた。

月の残党討伐の準備が進む中、玄葉は、夕霧の安全確保を最優先とした。

彼は、夕霧に帝都に残るよう提案したが、夕霧は断固として首を横に振った。

「 わたくしの力が、故郷の地を救うために必要なのでしょう?

ならば、わたくしは行きます。

何より、陛下が共にいてくださるならば、わたくしは恐れません 」

夕霧のまっすぐな瞳に、玄葉は強く心を揺さぶられた。

彼女の覚悟と、彼への信頼が、痛いほど伝わってきた。

彼は、夕霧を危険な目に遭わせたくなかったが、彼女の意志を尊重することもまた、皇帝としての務めだと感じていた。

そして、何よりも、彼女の傍らにいたいという、彼自身の強い願いもあった。

「 分かった。

だが、決して無理はするな。

お前は、俺が守る 」

玄葉は、夕霧の手を再び強く握った。

その温かさが、夕霧の心を包み込む。

彼女は、玄葉の言葉に、彼の真摯な気持ちを感じ取っていたが、それが「 皇帝としての庇護 」なのか、「 一人の男性としての愛情 」なのか、やはり判断がつかなかった。

風雅王は、その様子を遠くから静かに見つめていた。

玄葉と夕霧の間に流れる、特別な絆。

それは、彼が入り込むことのできない領域のように思えた。

彼の心には、嫉妬と、そして諦めにも似た感情が入り混じっていた。

しかし、彼は白露国の復興と、月の残党討伐という使命を果たすため、この感情を心の奥底に封じ込めた。

「 夕霧姫……どうか、ご無事で 」

風雅は、静かに呟いた。

彼の視線は、夕霧に向けられたままだった。

その瞳の奥には、彼女への深い想いが、揺らめいていた。

しかし、彼は、その想いを表に出すことはなかった。

彼には、彼の守るべき故国があり、そのために、夕霧の力を必要としている。

だが、その必要性の中に、かつて抱いていた彼女への個人的な感情が、再び息づき始めていることを、風雅自身も自覚し始めていた。

帝国の軍勢と翠峰国の軍勢は、月の残党の拠点とされる白露国の地へ向けて進軍を開始した。


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