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荊棘後宮の盗妃伝  作者: ひらめ
第2章
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第1話


穏やかな日々が続く中、遠く東方に位置する月華げっか国から、ようやく正式な使者が帝都に到着した。

月華国は、大陸東部を統べる大国であり、その文化と学術は帝都にも大きな影響を与えてきた。

その国は、月の氏族の陰謀によって深刻な被害を受け、その復興には長い時間を要すると報じられていた。

使者は、皇帝玄葉に、月華国の窮状を訴え、帝国の支援を求めてきた。

玄葉は、月華国からの支援要請に、真摯に応じる姿勢を示した。

彼の心には、夕霧の故郷ではないものの、東の大国が安定することは帝国にとっても重要であり、何よりも、夕霧の故郷である白露国がかつて月華国と友好関係にあったことも念頭にあった。

使者との会談中、夕霧も同席した。

月華国の使者は、夕霧の無事を心から喜び、彼女を「 清浄なる血 」の持ち主として、この帝都で活躍していることを、月華国の人々が知っていることを告げた。

「 夕霧姫。

あなたの血が、今、月華国に必要とされている。

復興のために、どうか力を貸していただきたい 」

使者は、深々と頭を下げた。

夕霧は、故郷ではないとはいえ、東方の国々の苦しみを思い、心が締め付けられる思いだった。

彼女は、月華国を救うために、何ができるのかを真剣に考えた。

その日の夜、夕霧は、自室で静かに月華国からの書簡を読んでいた。

書簡には、幼い頃に遊んだ、自身の故郷である白露はくろ国の風景が描かれており、彼女の心に、遠い記憶が蘇ってきた。

そして、書簡の隅には、かすかに記された「 翠峰すいほう国の王、風雅ふうが様 」という文字があった。

風雅。

それは、夕霧の幼い頃からの知り合いであり、かつて白露国と友好関係にあった翠峰すいほう国の王だった。

翠峰国は、古くから風を操る秘術を重んじ、その王である風雅は、若くして優れた笛の使い手として知られていた。

夕霧の父は、かつて、白露国の未来のために、風雅との縁談を進めようとしたことがあった。

しかし、月の氏族の陰謀によって、その話は立ち消えになっていたはずだった。

「 なぜ、今になって風雅様の名が…… 」

夕霧は、書簡を握りしめ、不安に駆られた。

翌日、夕霧は、そのことを玄葉に打ち明けた。

「 陛下……月華国の使者が、翠峰国の王、風雅様について言及していました。

わたくしの幼い頃からの知り合いで、かつて縁談の話も…… 」

玄葉は、夕霧の言葉に、わずかに眉をひそめた。

彼の心に、今まで感じたことのない、微かな嫉妬の感情が芽生えた。

しかし、彼は、その感情を悟られないよう、平静を装った。

「 そうか……翠峰国は、月の氏族との戦には関わっていないが、その武力は侮れない。

お前の故郷、白露国との関係も深かったな 」

玄葉は、冷静に分析しようとした。

「 はい。風雅様は、誠実で、とても聡明な方だと記憶しております 」

夕霧の言葉に、玄葉の心は、さらにざわめいた。

玄葉は、夕霧の言葉を聞きながら、一つの可能性に思い至った。

もし、風雅が、白露国や月華国を救うために、夕霧の「 清浄なる血 」の力を利用しようとするのなら……。

「 いずれにせよ、月華国への支援は惜しまない。

だが、お前の身の安全は、何よりも優先されるべきだ 」

玄葉は、夕霧に、改めて警戒を促した。

彼の言葉には、皇帝としての責任と、夕霧への個人的な感情が入り混じっていた。

夕霧は、玄葉の気遣いに、胸が温かくなった。

彼女は、玄葉の隣にいることが、何よりも自分にとっての安らぎであることを、改めて実感していた。

その日の夕食後、玄葉は、夕霧を誘って、宮廷の図書館を訪れた。

図書館には、古今東西の書物が収められ、静かな時間が流れていた。

「 お前は、月の氏族の古文書の解読に長けている。

この機会に、帝国の歴史や、周辺諸国の情勢についても、深く学んでおくと良い 」

玄葉は、書棚から、歴史書や地理書を何冊か選び、夕霧に渡した。

夕霧は、玄葉の心遣いに感謝した。

彼女は、書物を手に取り、静かに頁をめくった。

玄葉は、その隣で、彼女が書物を読む姿を、静かに見守っていた。

その姿は、まるで、古の書物から抜け出た賢者のようだった。

玄葉は、夕霧が書物を読んでいる間、自分の心に芽生えた感情について、深く考えていた。

これまで、皇帝としての責務に生きてきた彼にとって、特定の女性への感情は、初めての経験だった。

それは、時に甘く、時に苦しい、複雑な感情だった。

「 陛下……この国の歴史は、とても奥深いですね 」

夕霧が、顔を上げて微笑んだ。

玄葉は、夕霧の微笑みに、心が温かくなるのを感じた。

彼は、この穏やかな時間が、ずっと続いてほしいと願った。

そして、夕霧を守り、彼女の笑顔を見続けるためなら、どんな困難にも立ち向かおうと、改めて心に誓った。

月華国からの使者が帝都に滞在する間、夕霧は彼らから故郷である白露国の様子を詳しく聞き、復興の助言を求められることもあった。

彼女は、自身の「 清浄なる血 」が、白露国の復興に役立つことを願っていた。

ある日、月華国の使者が、夕霧に一枚の古びた文を差し出した。

「 夕霧姫。

これは、翠峰国の風雅王様から、あなた様へのお手紙でございます 」

夕霧は、驚き、文を受け取った。

文の封には、翠峰国の紋章が刻まれており、そこからは、かすかに香木の香りがした。

夕霧は、文を開き、その内容を読み進めた。

文には、夕霧の安否を気遣う言葉と、白露国、そして月華国の復興への協力の意思、そして、近いうちに帝都を訪れたいという、風雅からの言葉が綴られていた。

夕霧は、文を読み終え、複雑な感情に包まれた。

風雅の来訪は、故郷への思いを強くする一方で、玄葉との間に芽生えつつある感情に、新たな波紋を投げかけるものだった。

玄葉は、夕霧の様子に気づき、静かに尋ねた。

「 風雅からか? 」

夕霧は、小さく頷いた。

「 はい。彼は、近いうちに帝都を訪れると…… 」

玄葉の顔に、微かな緊張が走った。

彼は、風雅の来訪が、単なる友好国の訪問ではないことを直感していた。

その日の夕食時、玄葉は、夕霧を連れ、宮廷の庭園で月見酒を楽しんだ。

庭園の池には、蓮の花が咲き誇り、その香りが夜風に乗って漂っていた。

「 風雅王は、文武両道に秀でた人物だと聞く。

お前の故郷を救うため、彼も尽力してくれるだろう 」

玄葉は、静かに言った。

彼の声には、夕霧への気遣いが滲んでいたが、どこか複雑な感情が入り混じっているようにも聞こえた。

夕霧は、玄葉の言葉に、彼の心に隠された感情を、かすかに感じ取った。

「 陛下…… 」

「 だが、お前は、この帝都の希望だ。

そして、俺の…… 」

玄葉は、そこまで言いかけて、言葉を止めた。

彼は、自分の感情を、まだ明確に言葉にすることができなかった。

夕霧は、玄葉の視線を受け止め、彼の言葉の続きを待った。

彼女の心は、玄葉への温かい想いで満たされていた。

その時、遠くの森の奥から、かすかに笛の音が聞こえてきた。

その音色は、美しくも、どこか寂しい響きを帯びていた。

笛の音は、夕霧の心をざわつかせた。

「 今の笛の音は……? 」

夕霧が尋ねた。

玄葉もまた、その笛の音に気づき、眉をひそめた。

「 あの音は……月の氏族の秘術を操る者たちが、儀式に使う笛の音と似ている……しかし、以前のものとは、どこか異なる響きだ 」

笛の音は、夜空に響き渡り、やがて静かに消えていった。

しかし、その音は、玄葉と夕霧の心に、新たな不安の影を落とした。

月の氏族の陰謀は、まだ終わっていなかったのだ。

そして、新たな笛の音は、新たな勢力の出現を示唆していた。

「 まさか……『 月の残党 』が、また…… 」

夕霧の顔から、血の気が引いた。

玄葉は、夕霧の手を強く握った。

「 心配するな。

今度こそ、根絶やしにしてやる 」

彼の言葉には、夕霧を守り抜くという強い決意が込められていた。

しかし、笛の音は、二人の間に芽生え始めたばかりの穏やかな感情に、不穏な影を落とし始めていた。

新たな戦いが、すぐそこまで迫っていることを、彼らは直感していた。

笛の音が響いた翌日から、帝都の空気は再び張り詰めたものとなった。

玄葉は、衛兵たちに警戒を強めるよう命じ、月の残党の動きを警戒した。

市井では、笛の音を聞いた者たちが、原因不明の体調不良を訴えるようになり、不安が広がっていった。

夕霧は、笛の音の正体を突き止めるため、古文書の解読に没頭した。

彼女は、月の氏族の秘術に関する記述を、さらに深く読み進める。

すると、ある頁に、かすれた文字で記された一文を見つけた。

『 遠き東の国の者、風を操る笛の音、月と星の狭間に、新たな闇を生み出さん 』

「 遠き東の国……風を操る笛の音…… 」

夕霧は、その記述を読み、風雅の故国、翠峰国を連想した。

翠峰国は、古くから独自の文化と、風を操る秘術を持つことで知られていた。

夕霧は、すぐにそのことを玄葉に報告した。

「 陛下!この笛の音は、翠峰国の術と関係があるのかもしれません! 」

玄葉は、夕霧の言葉に驚きを隠せない。

「 まさか……翠峰国が、月の残党と結託しているというのか……!? 」

「 しかし、古文書には、翠峰国の術が、月の氏族の秘術と融合することで、より強力な闇を生み出すと記されています 」

夕霧の声には、焦燥が滲んでいた。

もし、翠峰国が月の残党と結託しているとすれば、それは帝国にとって、かつてないほどの脅威となる。

そして、風雅が、その中心にいるとしたら……。

玄葉の顔が、険しくなった。

彼の心には、夕霧への想いと、皇帝としての責任、そして、迫りくる新たな脅威との間で、深い葛藤が生じていた。

その日の午後、帝都の斥候から、衝撃的な報告が届いた。

「 陛下!翠峰国の軍勢が、帝都の国境に迫っています! 」

その報せに、玄葉は、執務机を強く叩いた。

「 翠峰国……! 」

夕霧は、その報せに、頭を抱えた。

風雅は、やはり『 月の残党 』と繋がりがあったというのか。

そして、彼は、故郷の復興のために、この帝都を攻めようとしているのか。

「 陛下、わたくしは……わたくしの故郷を守るためにも、翠峰国の王、風雅様と、一度お会いして話を聞いてみたいのです 」

夕霧は、意を決して玄葉に訴えかけた。

玄葉は、夕霧の言葉に、複雑な表情を浮かべた。

彼女の身を危険に晒すことは、何よりも避けたい。

しかし、翠峰国との関係、そして、風雅と夕霧の過去を考えると、彼女の言葉を無視することはできなかった。

「 分かった……だが、単独行動は許さない。

俺が同行する 」

玄葉は、夕霧と共に、厳重な護衛を伴い、翠峰国の軍勢が迫る国境へと向かう準備を始めた。

彼の心には、新たな戦いへの覚悟と、夕霧への募る想いが、交錯していた。

夕霧もまた、風雅との再会、そして、新たな戦いへの不安に包まれていた。

しかし、玄葉が傍らにいることで、彼女は、どんな困難にも立ち向かえる気がした。


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