第18話
月影の再来と、その異常なまでの力の復活に、玄葉と夕霧は警戒を強めた。
聖なる泉の力を利用した「 月の呪い 」の具現化は浄化されたが、月の氏族の真の長は、この事態を予見していたのかもしれない。
「 あの玉の力を、既に利用していたのね。
だが、残念ながら、それは序章に過ぎない 」
月影は、冷酷な笑みを浮かべた。
彼女の扇子から放たれる毒煙が、地下空間に満ちていく。
玄葉は、剣を構え、その煙に立ち向かう。
しかし、この毒煙は、以前のものとは比べ物にならないほど強力だった。
触れた場所が、瞬時に変色し、精神に直接作用するような重い圧力がかかる。
「 くっ……!この毒は……! 」
玄葉の体が、わずかに痙攣した。
夕霧は、聖なる泉の玉をしっかりと握りしめ、その光を毒煙に放った。
清らかな光が毒煙を押し返すものの、月影の放つ闇の力は、その光を凌駕しようとしていた。
「 無駄よ、夕霧。
その玉の力は、単なる浄化に過ぎない。
我らの秘術は、もはやその程度で止まるものではないわ! 」
月影は、扇子を大きく振り、毒煙の勢いを増した。
その時、地下空間の奥から、新たな月の氏族の幹部たちが姿を現した。
彼らは、それぞれが五行の紋様が刻まれた祭具を手にし、月影の周囲に円陣を組んだ。
「 月影様!準備は整いました! 」
幹部の一人が、月影に声をかけた。
月影は、不敵な笑みを浮かべた。
「 さあ、始めましょう。
紅き月の最終儀式を! 」
月の氏族の幹部たちが、それぞれの祭具を掲げ、不気味な呪文を唱え始めた。
彼らの呪文は、聖なる泉の力を吸い上げ、地下空間の空気を震わせる。
そして、祭壇の周囲に、五行の紋様が紅く輝き出した。
玄葉は、この状況を止めようと、月影に向かって突進する。
しかし、五行の紋様が放つ異様な力が、玄葉の行く手を阻む。
目に見えない壁が、彼の行く手を遮った。
「 これは……五行の結界か! 」
玄葉は、結界に剣を突き立てるが、結界はびくともしない。
月影は、玄葉が結界に閉じ込められたのを確認すると、夕霧へと視線を向けた。
「 さあ、夕霧。
あなたの『 清浄なる血 』を、私たちの新たな器に捧げなさい。
そうすれば、私たちは、真の力を取り戻し、この世界を支配する、新たな月の氏族となることができる! 」
月影は、扇子を夕霧に向けて掲げた。
扇子の紋様が輝き、夕霧の体を再び拘束しようとする。
しかし、夕霧は、聖なる泉の玉を強く握りしめ、自身の「 清浄なる血 」の力を最大限に引き出した。
夕霧の全身から、眩いばかりの光が放たれた。
その光は、月影の術を跳ね返し、彼女の体をわずかに後退させる。
夕霧の力は、月影の予想を遥かに超えていた。
「 ばかな……!なぜ、これほどの力が……! 」
月影の顔に、驚愕の色が浮かび上がった。
夕霧は、聖なる泉の玉を高く掲げた。
「 あなた方の悲願は、世界を支配することではない!
血の穢れから解放されることでもない!
あなた方は、己の欲のために、世界を破壊しようとしているだけだ! 」
夕霧の言葉が、地下空間に響き渡る。
その言葉は、月の氏族の幹部たちを動揺させ、彼らの呪文がわずかに途切れた。
その隙を見逃さず、玄葉は、結界に剣を叩きつけた。
彼の剣に、皇帝の力が宿り、結界にひびが入る。
「 夕霧!その玉の力で、この結界を破れ! 」
玄葉が叫んだ。
夕霧は、玄葉の声に応えるように、聖なる泉の玉から放たれる光を、五行の結界へと向かって放った。
光は、結界に触れると、結界を構成する五行の紋様を、一つ一つ打ち消していく。
「 やめろおおおお! 」
月影が、絶叫した。
彼女は、残された力を振り絞り、最後の秘術を放とうとする。
しかし、結界が完全に崩れ落ちた時、玄葉が月影に向かって突進した。
彼の剣が、月影の胸元に迫る。
月影は、抵抗する術もなく、玄葉の剣に貫かれた。
月影の瞳から、狂気の光が消え失せ、深い絶望の色が浮かび上がる。
「 なぜ……なぜ、我らの悲願が…… 」
月影の体は、月の光を浴びて、ゆっくりと白い光となって消え去っていった。
彼女の死は、月の氏族の長きにわたる陰謀の終焉を告げていた。
月の氏族の幹部たちは、月影の消滅を見て、その場に崩れ落ちた。
彼らの体もまた、わずかな光を残して、消え去っていった。
地下空間に満ちていた毒煙は、聖なる泉の光によって浄化され、清らかな空気が戻ってきた。
帝都の空に輝く紅い満月は、完全に白銀の輝きを取り戻していた。
そして、帝都に降り注いでいた異様な光の柱も、全て消え去っていた。
人々は、混乱から覚め、徐々に落ち着きを取り戻していく。
玄葉は、剣を納め、夕霧の元へと駆け寄った。
「 夕霧、そなたが……この帝都を救ったのだ! 」
玄葉の顔には、安堵と、そして夕霧への深い感謝の念が浮かんでいた。
夕霧は、聖なる泉の玉をしっかりと握りしめ、玄葉に微笑んだ。
彼女の心には、故郷の悲劇を繰り返させないという強い決意と、そして、玄葉と共にこの困難を乗り越えたことへの、確かな手応えがあった。
聖なる泉の玉は、その輝きを失い、ただの美しい玉に戻っていた。
しかし、その玉が、夕霧の「 清浄なる血 」の力と共に、帝都を救ったのだ。
玄葉は、夕霧の手をそっと握った。
「 この帝都は、そなたによって救われた。
そなたは、この国の真の光だ 」
夕霧は、玄葉の言葉に、静かに涙を流した。
彼女は、ようやく、自分の宿命を受け入れ、その力で人々を救うことができたのだ。
月の氏族の長きにわたる陰謀は、ついにその幕を閉じた。
しかし、この戦いは、玄葉と夕霧の間に、新たな絆を育んでいた。
彼らは、共に困難を乗り越え、互いを信頼し、支え合う存在となっていた。
帝都には、夜明けの光が差し込み始めていた。
新たな朝が、静かに、そして希望に満ちて訪れていた。