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荊棘後宮の盗妃伝  作者: ひらめ
第1章
17/24

第16話

紅く染まった満月が帝都を照らし、光の柱が降り注ぐ中、玄葉と夕霧は宮廷の屋根からその異様な光景を凝視していた。

人々の悲鳴と混乱のざわめきが、風に乗って彼らの耳に届く。

「 五行のバランスを崩すことで、帝都の力を弱めようとしているのか…… 」

玄葉は、光の柱が降り注ぐ場所を一つ一つ確認した。

東市(市場)、太学(学院)、そして霊廟(大聖堂)。

これらは全て、帝都の気脈における要所であり、それぞれが木、火、土、金、水の五行思想に対応する場所でもあった。

夕霧は、古文書に記された五行の紋様と、現在の光の柱の配置を重ね合わせた。

「 陛下、これは単なる毒ではありません。

五行の気を取り込み、帝都全体の『 気 』を月の氏族の秘術へと変換しているのです。

このままでは、帝都の住民だけでなく、この地の生命力そのものが蝕まれてしまいます! 」

玄葉は、即座に動いた。

「 衛兵隊長!直ちに、光の柱が降り注ぐ各要所に兵を派遣せよ!

住民を避難させ、光の柱の根源を探れ!

ただし、光に直接触れるな!

衛兵たちにも、月の氏族の秘術に警戒するよう伝えろ! 」

衛兵隊長は、敬礼し、兵士たちを率いて宮廷を飛び出していった。

しかし、帝都の混乱は既に始まっており、避難は困難を極めるだろう。

「 夕霧、そなたは宮廷内に残り、古文書から、この光の柱を止める方法、あるいは月の氏族の秘術の弱点を見つけ出すのだ。

特に、五行の逆転や、気の流れを乱す術に関する記述を探せ! 」

玄葉は、自らも剣を握りしめ、屋根から飛び降りた。

彼は、最も強い光の柱が降り注ぐ霊廟へと向かう。

そこは、帝都の象徴であり、古の時代から続く聖なる場所だった。

「 陛下!お気をつけください! 」

夕霧の叫びが、玄葉の背中を追った。

玄葉は、帝都の通りを駆け抜けた。

通りには、光の柱に触れて苦しむ人々が倒れ、虚ろな目をして彷徨う者もいた。

彼らの肌には、月の氏族の毒特有の青白い斑点が浮かび上がっている。

霊廟へと続く大通りは、既に混乱の坩堝と化していた。

霊廟の周囲には、兵士たちが人々を避難させようと奮闘しているが、光の柱から放たれる異様な波動が、彼らの動きを鈍らせている。

玄葉が霊廟の前に立つと、上空から降り注ぐ紅い光の柱が、霊廟の威容を不気味に照らし出していた。

霊廟の屋根には、朱色の瓦が重なり、軒先には龍の彫刻が施されているが、その全てが紅い光に染められ、異様な雰囲気を醸し出していた。

光の柱の根元には、月の氏族の紋様が描かれた、巨大な石碑が設置されており、そこから禍々しい気が放たれている。

石碑の周囲には、黒い装束をまとった数人の人影が、何らかの呪文を唱えているのが見えた。

彼らは、月影の配下の者たちだろう。

「 月の氏族め……! 」

玄葉は、剣を抜き放ち、石碑へと突進した。

一方、宮廷内に残った夕霧は、古文書を再び開いた。

月の氏族の秘術と毒に関する記述を、血眼になって探し始める。

彼女は、宮廷の最も安全な一室で、李蘭が護衛されていることを知っていた。

彼女は、李蘭の無事を信じ、自身の使命に集中した。

古文書の深い頁に、かすれた文字で記された一文があった。

『 五行の気が乱れ、天地が逆転せし時、聖なる血は、真の力を解き放ち、逆転の均衡を呼び覚ます 』

「 五行の逆転の均衡……? 」

夕霧は、その言葉の意味を深く考え込んだ。

そして、彼女の視線は、再び手のひらの木彫りの鈴へと向かった。

あの鈴は、彼女の「 清浄なる血 」と共鳴し、月の氏族の秘術を打ち破る力を持っていた。

「 もし、この鈴が、五行の気を正す力を持っているのなら…… 」

夕霧は、鈴を強く握りしめ、目を閉じた。

集中することで、鈴から微かな熱が伝わってくるのを感じる。

それは、彼女の血の力が、鈴を通して覚醒しようとしている証拠だった。

その時、宮廷の地下深くに、再び微かな振動が伝わってきた。

それは、聖なる泉の方向からだ。

「 まさか……月の氏族が、聖なる泉の力も利用し始めたというのか……! 」

夕霧の顔から、再び血の気が引いた。

月の氏族が聖なる泉の力を利用すれば、帝都全体の気の流れが完全に月の氏族の秘術に支配されてしまう。

夕霧は、古文書の記述を思い出し、ある仮説にたどり着いた。

「 聖なる泉の力が、五行の気を操る……。

そして、あの光の柱は、帝都の気の流れを月の氏族の秘術に引き込むためのもの……。

ならば、聖なる泉の力を、月の氏族の意図とは異なる方向へと導けば、この光の柱を止めることができるかもしれない! 」

夕霧は、衛兵たちに宮廷の警備を強化するよう改めて指示を出し、迷うことなく、再び地下へと向かった。

彼女は、聖なる泉の奥にある秘密を探ることにしたのだ。

霊廟では、玄葉と月の氏族の戦いが繰り広げられていた。

黒装束の月の氏族の者たちは、紅い光の柱の力を借り、奇妙な術を使って玄葉に襲い掛かる。

彼らは、地面から黒い霧を噴出させたり、月の光を凝縮したような光弾を放ったりと、多様な攻撃を仕掛けてきた。

霊廟の荘厳な建築は、激しい戦闘の中で少しずつ破壊されていく。

玄葉は、剣を振るい、次々と襲い来る月の氏族の者たちを退けていく。

彼の剣は、皇帝の威厳と、帝都を守るという強い使命感に満ち溢れていた。

しかし、光の柱から放たれる異様な波動が、徐々に彼の体力を奪っていく。

「 くそっ……!この光は、気を吸い取るのか……! 」

玄葉の足元が、わずかにふらつく。

その隙を見逃さず、月の氏族の一人が、彼に肉薄し、毒の塗られた短剣を突き出した。

玄葉は、とっさに体を捻り、短剣をかわすが、その瞬間、背後から別の黒装束の男が、巨大な鉄の棍棒を振り下ろした。

玄葉は、間に合わないと悟り、歯を食いしばる。

しかし、その棍棒が玄葉に当たる寸前、突如として、どこからともなく飛来した一本の矢が、男の棍棒を弾き飛ばした。

矢は、見事な腕前で、正確に棍棒の柄を捉えていた。

玄葉が驚いて振り返ると、霊廟の屋根の上に、凛とした佇まいの女の姿があった。

その顔は、白い布で隠されているが、その弓を構える姿は、まさに百発百中の神業を思わせる。

彼女の着ている黒い装束には、月の氏族とは異なる、別の紋様が刺繍されていた。

「 何者だ! 」

玄葉は、警戒の声を上げた。

女は、何も答えず、再び弓を構え、月の氏族の者たちに向かって矢を放った。

彼女の矢は、正確に月の氏族の術の根源を狙い、彼らの放つ黒い霧や光弾を打ち消していく。

彼女は、玄葉の援護に徹しているようだった。

その時、霊廟の中心に立つ巨大な石碑が、さらに紅く輝き始めた。

そして、石碑の背後から、冷たい笑みを浮かべた月影が姿を現した。

彼女は、先の戦いで負った傷も癒え、以前にも増して禍々しい気を放っている。

彼女の纏う黒い衣装には、月の紋様が妖しく輝いていた。

「 邪魔をするのは、あなただけではないようね、陛下。

ですが、無駄よ。この秘術は、もはや止められはしない 」

月影は、手に持った黒い扇子をゆっくりと広げた。

扇子には、新たな紋様が刻まれており、そこから、より強力な毒煙が立ち上る。

「 月影……! 」

玄葉は、月影の姿に怒りを露わにした。

月影は、扇子を大きく振り、霊廟全体に黒い煙を撒き散らした。

その煙は、単なる毒煙ではない。

触れた者の五感を麻痺させ、精神を侵食する、月の氏族の新たな秘術だった。

屋根の上の弓の女も、その煙に包まれ、姿が見えなくなった。

「 この煙は、五感を惑わし、心を操る。

あなたは、この帝都の混乱の中で、大切なものを見失うでしょう、陛下 」

月影の声が、煙の中で響き渡る。

玄葉は、煙の中で剣を構え、月影の気配を探る。

しかし、煙は彼の五感を鈍らせ、月影の位置を特定させない。

そして、彼の脳裏に、不安と疑念の感情が忍び寄ってきた。

帝都の混乱、人々の苦しみ、そして夕霧の安否……それらが、彼の心を乱そうとしている。

「 くっ……!精神を蝕む毒か……! 」

その時、遠くで、かすかに鈴の音が聞こえた。

それは、夕霧の鈴の音だ。

鈴の音は、微かながらも、玄葉の心に届き、彼の心を乱そうとする毒を打ち消す。

「 夕霧……! 」

玄葉は、鈴の音を頼りに、月影の気配を捉えようとした。

月影もまた、鈴の音に気づき、わずかに顔をしかめた。

「 あの女……まだその力を使えるというのか……! 」

月影は、煙の中に隠れたまま、玄葉に別の月の氏族の術士たちを差し向ける。

玄葉は、鈴の音を道標に、迫りくる敵と戦い続ける。

霊廟の屋根の上にいた弓の女の姿は、煙に包まれたまま、再び見えなくなっていた。

彼女は、月の氏族の秘術に巻き込まれたのか、それとも、別の場所に移動したのか。


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