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荊棘後宮の盗妃伝  作者: ひらめ
第1章
14/24

第13話


「 黙れ、月影!そなたの企みなど、俺が許すものか! 」

玄葉は、雄叫びを上げて、剣を抜いた。

銀色の刀身が、月明かりを反射して冷たく光る。

彼は、皇帝としての威厳と、夕霧を守るという強い決意をその剣に込めて、月影に斬りかかった。

月影は、不敵な笑みを浮かべたまま、扇子を広げた。

扇子には、月の氏族特有の紋様が描かれ、その先端からは、わずかに緑色の毒煙が立ち上っている。

彼女の動きは、まるで舞を舞うかのように優雅でありながら、その内には、冷酷な殺意と、計算し尽くされた戦略が秘められていた。

「 無駄よ、陛下。

私の秘術は、もはやあなたの剣では届かぬ領域にある 」

月影は、扇子を素早く振り、毒煙を玄葉に向かって放った。

玄葉は、とっさに身を翻し、毒煙を避ける。

しかし、その刹那、月影は玄葉の背後へと回り込み、毒の塗られた短刀を突き出した。

月影の背後に控えていた黒装束の男も、同時に動き出し、玄葉の側方から奇襲を仕掛ける。

玄葉は、その二つの気配を察知し、間一髪で体を捻り、短刀の切っ先をかわす。

しかし、毒の刃は彼の腕をかすめ、わずかな裂傷を残した。

背後の男の攻撃も、間一髪で剣の腹で受け止めるが、その衝撃で体勢が僅かに崩れた。

玄葉は、一瞬の痛みに顔をしかめたが、すぐに体勢を立て直し、月影に斬りかかる。

背後の男は、再び玄葉に斬りかかろうとするが、夕霧が素早く動いて男の間に割って入った。

夕霧は、玄葉の戦いを傍で見守る。

彼女の脳裏には、古文書に記された「 荊棘の呪い 」の記述が鮮明に蘇っていた。

月の氏族の毒は、単なる猛毒ではない。

それは、生命力を蝕み、精神をも侵す、恐ろしい秘術だった。

玄葉が、月の氏族の毒に侵されてはならない。

「 陛下!毒に、お気をつけください! 」

夕霧は、叫んだ。

彼女の視線は、玄葉の動きと、月影の扇子の動きを追っていた。

同時に、目の前の黒装束の男の動きも警戒する。

男は、夕霧に刃を向けたまま、一歩一歩、間合いを詰めてくる。

月影は、夕霧の叫びを聞くと、不敵な笑みを浮かべた。

「 その通りよ、夕霧。

私の毒は、ただの毒ではない。

この毒は、精神を蝕み、最も大切なものを奪い去る。

陛下の心を、蝕んで差し上げましょう 」

月影は、扇子を大きく振り、執務室全体に、毒煙を撒き散らした。

緑色の毒煙が、瞬く間に部屋を満たしていく。

玄葉は、息を止めて毒煙を吸い込まないようにするが、視界が遮られ、月影の姿を見失う。

目の前の黒装束の男も、毒煙の中に紛れ込み、姿が見えなくなった。

その時、夕霧の脳裏に、古文書の断片が閃いた。

『 荊棘の呪いは、月の光を浴びることで、その力を増す。

しかし、真の太陽の光は、その力を浄化する 』

「 陛下!窓を! 」

夕霧は、とっさに叫んだ。

そして、自身も迷わず、窓へと駆け寄った。

彼女は、窓を覆う厚い緞帳を、力任せに引き剥がす。

夜の帳が降りた帝都に、わずかな月明かりが差し込んでいる。

しかし、その月明かりは、月の氏族の毒の力を増幅させているのだ。

月影は、夕霧の行動に一瞬戸惑った。

「 何を企んでいる……!? 」

夕霧は、さらに奥の窓へと駆け寄った。

そこは、東の空を望む窓で、夜明けには最初に太陽の光が差し込む場所だった。

彼女は、そこもまた、緞帳を剥がし、窓を大きく開け放った。

冷たい夜風が吹き込み、毒煙を外へと押し流し始める。

同時に、夜明け前の帝都の冷たい空気が、執務室の淀んだ空気を洗い流す。

「 月影様!あなたの毒は、月の光を糧とする。

ですが、夜が明ければ、真の太陽の光が、あなたの力を無力化するでしょう! 」

夕霧は、月影に向かって叫んだ。

それは、半ば賭けだった。

古文書の記述は、あくまで古い言い伝えに過ぎなかったが、夕霧は、それに一縷の望みをかけていた。

月影の顔から、余裕の表情が消え失せた。

彼女の瞳には、怒りと焦りの色が浮かぶ。

「 たわけたことを!そんな伝説を信じるなど……! 」

玄葉は、毒煙が薄れ、視界が回復したことで、再び月影に剣を向けた。

「 夕霧の言う通りだ、月影!お前は、太陽の光を恐れている! 」

玄葉は、その隙を見逃さず、月影に猛攻を仕掛けた。

彼の剣は、先ほどよりも鋭く、重い。

月影は、もはや毒煙で玄葉を惑わすことはできない。

彼女は、必死に剣をかわすが、玄葉の攻撃は容赦ない。

黒装束の男も、毒煙が晴れたことで再び夕霧に襲いかかるが、夕霧はすでに彼の間合いを見切っていた。

その時、月影は、自らの懐から、もう一つの秘具を取り出した。

それは、水晶玉のようなものだった。

彼女は、それを床に叩きつける。

水晶玉は、粉々に砕け散り、そこから、禍々しい黒い靄が噴き出した。

黒い靄は、みるみるうちに形を成し、まるで生きた影のように、執務室の中を蠢き始める。

「 月の氏族の秘術は、これだけではないわ!

この闇に、あなた方は囚われるがいい! 」

黒い靄は、玄葉と夕霧を取り囲み、彼らの視界を完全に奪う。

それは、物理的な視界だけでなく、精神的な視界をも奪い、彼らの心を不安と恐怖で満たそうとしているようだった。

黒装束の男も、その靄の中に紛れ込み、再び姿を消した。

玄葉は、剣を構え、影の靄の中で月影と黒装束の男の気配を探る。

しかし、靄は、彼の五感を鈍らせ、月影と男の位置を特定させない。

「 くそっ……!これは、視界を奪うだけではない……!

精神に直接作用する毒か……! 」

玄葉は、額に冷や汗をかいた。

このままでは、月影の思う壺だ。

その時、夕霧が、再び声を発した。

彼女の右手には、あの木彫りの鈴が握られていた。

彼女は、無意識のうちに、その鈴を強く握りしめていたのだ。

「 月影様!あなたは、本当に月の氏族の悲願を願っているのですか!? 」

夕霧の叫びは、靄の中に響き渡った。

月影は、その声に、不気味な笑みを浮かべた。

「 当然よ。これこそが、我ら月の氏族が、長きにわたり待ち望んだ悲願なのだから! 」

「 ならば、なぜ、その悲願のために、無辜の命を奪うのです!

わたくしの故郷のように、多くの人々を犠牲にして、一体何が得られるというのですか!? 」

夕霧の声は、怒りに震えていた。

彼女は、月影の狂気に、そして、その秘術によって奪われた命の重さに、耐えきれない思いだった。

月影は、夕霧の言葉に、わずかに動揺を見せた。

「 黙れ!それが、この呪いを解く唯一の道なのだ!

穢れた血を浄化し、真の月の氏族の血を取り戻すために……! 」

「 それは違う!あなた方は、自らの血を穢し続けているだけだ!

他者の命を奪い、その血を利用するなど、決して正しき道ではありません! 」

夕霧は、鈴を強く握りしめた。

彼女の全身から、不思議な力が湧き上がってくるのを感じた。

それは、彼女の血に秘められた、「 清浄なる血 」の力だった。

その時、鈴が、かすかに光を放ち始めた。

そして、その光は、黒い靄を、まるで霧を晴らすかのように、ゆっくりと押し返していく。

鈴から放たれる光は、黒い靄とは対照的に、温かく、清らかな光だった。

その光は、黒装束の男を照らし出し、男は苦痛に顔を歪めながら、靄の中に後退した。

月影は、その光景を見て、目を見開いた。

彼女の顔から、狂気に満ちた笑みが消え失せ、驚愕と、そして、かすかな恐怖の色が浮かび上がる。

「 な……何だ、この力は!?この鈴は……! 」

玄葉もまた、鈴から放たれる光に驚きを隠せない。

その光は、彼の精神を蝕もうとしていた毒の靄を、瞬く間に浄化していく。

視界が回復し、玄葉は、夕霧の手に握られた鈴が、光を放っているのを見た。

「 夕霧……その鈴は……! 」

玄葉の声には、驚きと、そして、新たな希望が混じっていた。

夕霧は、鈴から放たれる光に、確かな手応えを感じていた。

この鈴は、単なる魔除けではない。

それは、彼女の「 清浄なる血 」と共鳴し、月の氏族の秘術を打ち破る、**『 真の力 』**を秘めていたのだ。

「 陛下!この鈴の力で、この闇を払います!

そして、月の氏族の秘術を止めます! 」

夕霧は、鈴を天に掲げた。

鈴から放たれる光は、さらに強く輝き、執務室全体を覆い尽くす。

黒い靄は、光に触れると、まるで蒸発するかのように消え去っていった。

黒装束の男は、光に焼かれるように苦悶の声を上げ、やがて塵となって消滅した。

それは、月の氏族の秘術によって生み出された存在だったのだろう。

月影は、夕霧と鈴から放たれる光の力に、後退した。

彼女の顔は、驚きと、そして、焦燥に満ちていた。

「 まさか……『 清浄なる血 』の持ち主が、このような力を持つとは……!

この鈴が、その力を増幅させるというのか……! 」

月影は、再び扇子を構え、毒を夕霧に放とうとする。

しかし、玄葉が、その動きを許さなかった。

「 させるか! 」

玄葉は、月影に猛然と斬りかかった。

彼の剣は、迷いなく、そして、容赦なく月影に迫る。

月影は、必死に扇子で攻撃をかわすが、鈴から放たれる光の影響か、彼女の動きは鈍くなっていた。

「 くっ……! 」

月影は、玄葉の剣撃をかわしきれず、腕に深手を負った。

血が、扇子に滴り落ちる。

その隙を見逃さず、夕霧は、光を放つ鈴を月影に向かって投げつけた。

鈴は、まるで意志を持っているかのように、月影の胸元に吸い込まれていく。

鈴が月影の体に触れた瞬間、月影の全身から、眩い光が放たれた。

それは、月の氏族の紋様が刻まれた扇子からも、同じ光が放たれるように見えた。

「 ぎゃああああああっ!! 」

月影は、悲鳴を上げた。

彼女の体から、黒い靄が噴き出し、そして、その黒い靄が、鈴から放たれる光によって、浄化されていく。

月影の顔は、苦痛に歪んでいたが、その瞳の奥には、わずかながら、狂気が消え失せ、どこか澄んだ光が宿っているように見えた。

彼女の扇子は、光の中でひび割れ、砕け散った。

月影の身体から放出された黒い靄が完全に消え去ると、鈴は、月影の胸元から離れ、床に落ちた。

その光も、次第に弱まり、元の木彫りの鈴に戻っていく。

月影は、その場に崩れ落ちかけた。

しかし、その瞬間、彼女の瞳に、再び鋭い光が宿った。

彼女は、残された力を振り絞り、床に倒れる寸前で体勢を立て直すと、執務室の奥の隠し扉へと駆け出した。

「 まだだ……!まだ終わっていない……! 」

月影の声は、血を吐くように掠れていたが、その瞳には、敗北を認めない強い執念が燃え盛っていた。

彼女は、隠し扉の中に消え去る寸前、玄葉と夕霧を睨みつけた。

「 この借りは、必ず返してもらうわ……!

『 清浄なる血 』は、必ず私のものとなる! 」

月影の姿は、闇の中に消え去った。

玄葉は、剣を納め、月影が消えた隠し扉を睨みつけた。

彼女の深手と、黒装束の男が消滅したことから、月影が完全に力を失ったわけではないが、この場から退却せざるを得なかったのは明らかだった。

「 夕霧……そなたの力か……。

この鈴が、その力を増幅させたのだな 」

玄葉は、鈴を拾い上げ、その光景をまじまじと見つめた。

夕霧は、安堵の息を漏らした。

「 はい。

わたくしの血と、この鈴が共鳴したようです。

古文書に記された『 真の太陽の光が、毒を浄化する 』という記述は、比喩ではなく、

わたくしの血の力と、この鈴の力が合わさることで、月の氏族の秘術を打ち破る、という意味だったのかもしれません 」

夕霧は、玄葉の傍らに倒れた月影がいた空間を見つめた。

そこには、ただ静寂だけが残されていた。

「 月影は、これで月の氏族の秘術を使うことはできまい。

しかし、まだ月の氏族の陰謀が全て終わったわけではない。

彼女の背後にいる者、そして帝国の内に潜む者たちを、まだ暴き出す必要がある 」

玄葉は、月影が逃走した通路の先を警戒する。

夕霧は、玄葉の隣にそっと寄り添った。

彼女の心には、玄葉と共にこの困難を乗り越えたことへの、深い安堵と、そして、彼への、より一層強い信頼が芽生えていた。

この夜の戦いは、彼らの絆を、さらに強固なものにしたのだ。

月の氏族の長きにわたる陰謀が、ついにその牙を剥き出しにした。

しかし、玄葉と夕霧の連携、そして夕霧の「 清浄なる血 」の覚醒により、

その第一の刺客である月影は、ついに退けられた。

しかし、これは、あくまで序章に過ぎない。

月の氏族の真の目的、そして帝国内に潜む影は、まだ明らかになっていない。

物語は、さらに加速していく。

玄葉と夕霧の戦いは、これからが本番なのだ。


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