表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/28

004-4 第六祓魔隊其ノ三

 雌魚野暮(うおのめやぼ)は、バケモノが嫌いである。

 鼻に絡みつき、口の中に飛び込み体内を凌辱してくる腐った生魚のような嫌な臭い。

 体全身を、黴の生えた襤褸(ぼろ)雑巾で撫でられるかのような視線。

 そして、性根の腐り果てた人間性が反響させる、下卑た笑い声が、耳にへばり付く。

 

 自我と呼ばれるものを確立してから、今日までずっと感じてきた不快な感覚。

 一時は、そんな不快感も忘れられる緩和剤が近くにあった。あったのだが、大厄災よりも前に手元から離れ、決して届かない遠くの地へと逝ってしまった。


「野暮さん、一階と駐車場周辺の確認、終わりました」


 映画館の一階につながるエスカレーターを登り、第六所属の祓魔師の一人、秋原木端(あきはらきば)が顔を見せた。

 十九とまだ若いはずが、青白い顔をしているせいで老けて見える。そんな木端に、野暮は緩く笑みを浮かべて一つ頷いた。


「了解しました。後は、この映画館の中にあるシアタールームだけですね」


 ジュースも酒も煙草も映画も、高額納税者が得られる娯楽と化している。

 表向きは民衆用と扉を開いてはいるが、敷地や権利を個人が所有しているのだから、言い逃れの余地はない。

 そんな避難の完了した映画館内にて、野暮はバケモノ捜索の名目を傘に、カウンターからブラックコーヒーを採取、ソファに背中を預け休憩していた。

 本当なら映画を観たいとも思ったが、そんな事をしては隊長に見つかってしまうために、ぐっと我慢する。

 


「どうかしましたか?」


 隊服である黒服も、上着を脱いでいる今の状態では完全にスーツの形で、死んだ魚の目に、背中にかかるほど伸びた直毛の栗色の髪を流す彼女が袖を通すと、くたびれた社会人と遜色のない外見になる。

 唯一違う点を上げるとすれば、それは首元まできっちり上げられ結われたネクタイだろうか。

 但し、見た目が少し違うとしても、街中の社会人と同等の陰鬱さを纏った雰囲気は隠しきれていなかった。


「野暮さん、一応聞きますが、そのコーヒーは?」


 ショッピングモールと繋がる連絡橋上にて、體斗らと協力して十三体の放逐者を祓った。

 その後、野暮の指示で映画館一階の駐車場を確認しに行き、六体祓い終えた木端だが、映画館のメインフロアに設置されたソファで、コーヒー片手にくつろいでいる野暮の姿を見て、心の中でため息を吐いた。


「そこのカウンター裏にコーヒーサーバーがあったので、バケモノが隠れているのではと思い、念の為コップに移して捜索したのです。しかし、一度コップに移したコーヒーをもう一度サーバーに戻すと言うのは少々はしたない。そこで私は、私の胃の中に入れるのが一番問題にならないと考えついた次第です」


 紙コップを傾け煽る野暮は、何故か得意げに笑う。


「いや、それ窃盗ですよ。それに、バケモノがコーヒーサーバーに隠れる訳ないじゃないですか!」

「可能性はゼロじゃないでしょう?」


 コーヒーを啜りながら、野暮は飄々と返す。


「じゃあ、野暮さんは見た事があるんですか? コーヒーサーバーに入ってるバケモノを」


 半眼で呆れを隠しきれていない木端に、野暮は至って真面目という風の仕草で、小首を傾げて返答した。


「私、キンギョの形したバケモノ飼ってたよ。大厄災前の話ですけどね」


 揶揄(からか)っているか、真実を語っているのか、判断が付けられない微妙な事を口にする先輩祓魔師に、木端は飛び出そうとする罵詈雑言を、歯を噛みグッと我慢する。


 雌魚野暮がまともに働いている姿を、木端は一度も見た事のない。

 我慢の限界だった。


 バケモノを祓ってくれと上から命じられて駆けつけた商店街では、何故かこの人はコロッケ片手に店員と談笑。

 バケモノは木端一人で祓った。


 またある時は、第六全員で向かったトンネル内のバケモノ祓滅に、野暮だけは不参加。その理由を後で訊いてみれば、友人に飲みに誘われたと缶ビール片手に言われた。


「野暮さん…………一応、念の為の確認です。そうです、たとえ貴女がサボり癖にアル中、虚言癖とヤニカスの四天王みたいな称号を揃えるどうしようもない先輩祓魔師だとしても、そんな野暮さんにでも、常識の欠片ぐらいは残っていると信じて聞きます」


 一分一分強調して話す木端の目は、怒りに燃えていた。


「酷い言われようだね」

「……お金、払いましたよね?」


 木端の失礼極まりない前口上を歯牙にも掛けない野暮は、心の一切こもっていないツッコミをしつつ、木端の続けた質問にたっぷり数秒の間を空けてから答えを返した。


「お金? ああ——」


 野暮が肯定の返事を返したと思い、それに安堵のため息が溢れかけた木端。そんな苦労人の後輩を、野暮は絶望に突き落とした。


「今日は珍しく財布を忘れてしまいました。しかし安心して下さい。運良くカウンターに代金丁度の小銭が落ちていましたので、それで支払いました」

「………………」


 真顔の横にピースサインをおいて木端を仰ぎ見る先輩祓魔師の前で、木端は頭を抱え蹲った。

 この人が財布を持っている姿を見た事もなければ、代金を支払って何かを購入している姿を見た事のない木端には、予想通りの返答だったからだ。

 因みに、商店街のコロッケは木端が支払い、後で祓魔隊本部に請求している。


 野暮の隣にいる事で、無自覚にも肝が据わっている。言い方を変えれば、無意識に図太くなっている木端を、同隊メンバーは憐れみの目で見ていた。


「どうしました? 二日酔いでしょうか?」


 コーヒーを煽りながら、野暮は眼下の後輩に声をかける。


「そうかもしれません。今にも吐きそうです」

「そう。それは丁度いいですね。そこの女子トイレは確認したのですが、淑女たるもの、男子トイレには入りませんでした。確認していただけますね?」

「………………」


 この祓魔師の何処に淑女要素があると言うのか。そんな事は、口が裂けても言えなかった。

 木端は一人、ノロノロと男子トイレに入って行った。

 それを見届けた野暮が、残りのコーヒーを一息に飲み干すとソファから立ち上がる。


「本当は、後輩の顔を立てて手柄を譲るべきなのでしょうね」


 野暮の視線の先には、閉ざされたシアタールームが片側五つの計十部屋並んでいる。そのどれからも、バケモノの気配が漏れ出ていた。


「しかし、あの子にはまだこの数は処理できない。かと言って、増援を待っていては私のサボりだと、冤罪(えんざい)をかけられる可能性がある」


 ソファの背もたれ部分にかけていたスタンドカラーコートと呼ばれる襟の立った上着を羽織ると、空になった紙コップを握りつぶし、『燃えるゴミ』の張り紙が付いているゴミ箱に放り込んだ。

 野暮は、つま先部分が角ばったパンプスで、一定間隔の足音を奏でながらシアタールームに並ぶ通路へと入る。


「となると、選択肢は自然と一つに絞られる。これを見越して采配するあたり、流石は元祓い屋の虎の子と言うべきか。はたまた、部下に過重労働を強いる無能上司と罵るべきか」


 年々独り言が増えている事を気にしている野暮が、朗々と呟きながら進む通路は、バケモノ特有の生臭さで溢れかえっていた。


「祓魔隊第六部隊所属、特種祓魔師、雌魚野暮。緊急事態の為、デバイスを使用します」


 スマートフォンの録音機能を起動し、抑揚なくそう宣言した野暮は、スマートフォンをコートのポケットにしまい、代わりに空いたその手で、十五センチほどの釘を一本、内ポケットから引き抜いた。

 釘は持ち手部分が横に広がり『T』の文字を形作った、鰻などを捌く時に固定する目打ち釘を彷彿させる。


「<水練(スイレン)>」


 釘の頭を指で挟み、目の高さに持ち上げた野暮の足元に、茜色に染まった水溜まりが広がった。

 半径三十センチの新円が、野暮の影を隠す。


 シアタールームの扉が、勢いよく内側から開け放たれた。中から姿形の統一がとれていない、様々なバケモノが溢れ出て来た。

 皆姿形の異なる放逐者だが、一様に野暮を捉えている。

 対して野暮は、シアター三番と八番の扉の間、通路を挟んで向かい合う扉の前で足を止めた。その立ち姿には何の構えも見られず、自然体でその場に立っている。

 唯一、彼女の状況を説明するときに加算されるであろう情報としては、その右手の指に、目打ち釘を引っ掛け、揺らしている事くらいだろう。


 野暮の右手には、六番から十番と割り振られた番号が描かれた扉が。

 通路を挟んだ反対には、一番から五番の扉があり、今は営業前だとでも言いたげに全ての扉が開かれ、中から無数の瞳が野暮を見ていた。

 中から、緑と茶色のナニかが飛び出した。

 野暮は動かない。


 飛び出した緑と茶色のバケモノは、一度野暮の背後で止まり、その異形を照明の下に晒した。

 レタスを連想させる、幾重にも重なった緑の葉で頭を作ったバケモノが、一番外の葉を広げ、内側にびっしり生えた犬歯で、照明の光を反射させる。

 緑の球体の頭の下にはしかし、根っこらしきものは見られない。代わりに星の形の棒が一本、突き刺さっていた。


 レタスの案山子。そんな印象を野暮は受けたが、床に対して垂直に建てられた星型の棒から零れる粉を見て、ああと小さく零した。


「チュロス……。映画館なら確かに置いてるね。とするとその頭は、元はポップコーンかな? 確か、袋で売っているポップコーンのパッケージにレタスが描かれているのがあったはず」


 片手に目打ち釘、片手は自分の顎に人差し指を這わせて立つ野暮の目は、目の前に迫った映画館のバケモノを見てはいなかった。


「この程度と数なら、単独で祓えて当然なんけどね。まだ入隊してから一度も目覚ましい戦果を上げられていない彼には荷が重い、よね」


 誰に訊くでもなく、野暮はひとり呟く。そんな野暮に、バケモノは仕掛けた。

 チュロスの胴体をしなやかに反らせたバケモノが、反動をつけてレタスの頭を飛ばす。狙いは、目の前で何の構えも取らずに立つ野暮の背面。

 緑の球体が回転しながら、後頭部目掛けて飛んできた。そんな状況を前に、野暮は反撃の構えも取らずに、右手の指に引っ掛けた釘を一度クルリと回転させて呟いた。


「打ち止め」


 その言葉が誰かの元に届いたのか、野暮に向かって飛んできていた緑球が突然回転を失い、動きを止めた。まるで、誰かが野暮を守るために、バケモノを受け止めたかのようだった。


 レタスの頭は中空に浮き、遠目には虫に集られている野菜にしか見えない、犬歯の生えた外葉を震わせる。

 震わせるだけで、何もできずに浮いていた。


「範囲拡大・参」


 野暮の呟きに、今度は足元の茜色の水溜まりが反応した。

 白泡を周囲に振り撒きながら波が押し寄せ、水溜まりは通路全体を覆う。

 野暮を中心に波紋が広がる水面が、白波を開け放たれた扉の向こうに流し込んだ。


 シアタールームの中から、バケモノの唸り声が幾層にも重なって聞こえた。

 考えるだけの知能を持たない敗北者の集まりではあるが、野暮の広げた水溜りを見るバケモノたちの目には、確かな恐怖が浮かんでいた。


 震える案山子の軸は、茜の波に呑まれて何処かへと流された。


「これくらい残しておけばいいかな。……ワタ抜き」


 周囲を見渡し一つ頷いた野暮は、最後の独り言を呟く。

 右手の中でペン回しのようにクルクルと円を描いた釘が、野暮の人差し指と親指の間に納まり、中指に支えられて止まった。すると、聞こえていたバケモノ唸り声が一瞬だけ大きく甲高くなり、一秒後には、静寂が支配する元々の映画館の姿へと戻った。

 

 野暮は息を一つ零すと、何事もなかったかのようにスーツの内ポケットに釘を入れ、ソファに腰掛けた。




「確認終わりました。バケモノは、いませんでした」


 木端が戻ってきたのは、野暮が一方的な蹂躙を敢行してから五分後のことだった。


「随分かかったみたいですが、本当に吐いていたのですか?」

「すみません、少し、お腹の調子が良くないみたいで」


 トイレに行く前よりも顔色の悪くなった木端の顔は、青を通り越して土色に染まっていた。

 下から見上げる位置にいた野暮は「そう」とだけ呟き、シアタールームに繋がる通路を指差した。


「不調のところ申し訳ないですが、向こうからバケモノの気配がするので、祓ってきて下さい」


 通路には、先程まで野暮が広げていたはずの茜色の水溜まりは何処にも見られなかった。それ以前に、濡れた形跡すらもない。


 木端は死人のような顔と足取りで、ゾンビよろしく、ふらふら進んで行く。そんな木端をソファの上から見ていた野暮は、のんびり待つかと、ドリンクバーから新たな飲み物を調達し、再三ソファに戻った。


 木端が戻ってきたのは、野暮がオレンジジュースを飲み干し、次は何を飲もうかとソファに寝そべりながら思案している時だった

 見るからに疲労困憊、絶体絶命の木端に、野暮は天井を仰いだまま労いの言葉を口にした。


「おかえりなさい、お疲れ様。しかし、予想外の祓滅時間です。少々、君の評価を改める必要があるみたいです」


 今にも気を失いそうな木端は、天井を仰ぎ見る野暮に生気の感じない掠れ声で言った。


「いや、一つの部屋にバケモノが二、三体入ってたんですよ? それを十部屋、一人で祓って来たんです……」


 胃の辺りを抑える木端を視界の端に捉え、野暮は「ふむ」と呟くと、ソファからのっそり起き上がった。


「その調子では、向こうに加勢は無理そうですね」

「面目ありません……」

「別に気にする事ではないです。私たち祓魔隊は『個』で動いているのではないですから。ここで少し寝ていて下さい。少しは気分がよくなるでしょう」


 野暮が他人に気を遣う優しい場面とは、どれもロクでもない時だと木端の記憶が警告を発した。

 一時は、バケモノの血を入れたコーヒーを渡して来たし、また別の時には、バケモノが潜んでいるかもしれないと言って、駅構内から線路へと突き落としたり。

 その他にも、幾つもの非道が思い返されたが、それ以上に体調の悪い木端は、警告を無視してソファに倒れ込んだ。

 うつ伏せに倒れた木端の鼻腔に、果物のような甘い香りが入り込んできたが、それが一体何なのかを考える前に、意識が暗転した。


 一分も数え終わらないうちに、寝転んだ木端から規則正しい寝息が聞こえ出す。


「……そろそろかな」



 雌魚野暮は、バケモノのが嫌いである。

 鼻に絡みつき、口の中に飛び込み体内を凌辱してくる腐った生魚のような嫌な臭い。

 体全身を、黴の生えた襤褸雑巾で撫でられるかのような視線。

 そして、性根の腐り果てた人間性が反響させる、下卑た笑い声が、耳にへばり付く。

 生まれた時から、常に感じてきたこれらの気持ちの悪さが、野暮の心という名の鏡を曇らせた。


抜錨(ばつびょう)


 野暮の呟きの数秒後、カウンターの奥に設けられた簡易キッチンから、何か柔らかいものが複数落ちる音が響いた。


「お待たせ」


 厨房へと足を進ませる野暮の顔には、仄暗い殺意が、返り血の様にベッタリと塗られていた。


「ヒッ——!」

「……………………!」

「———ッ、——ッ!」


 三者三様の返事を返しつつ、その目は一様に、野暮に対する恐怖に染まっていた。


「君たちの事は、観ていたから知ってるよ」


 茜色に彩られた厨房の床が柔らかく揺らぎ、野暮の足取りに合わせて波紋が広がる。

 水練を解除していなかった野暮は、この簡易キッチン内に彼らを押し込むと、念の為、木端に気づかれないよう気配を遮断していた。

 元の予定では、木端が戻ってくるよりも前に処理を済ませてしまおうと考えていた野暮だったが、想定より速く祓って戻って来た木端の評価を改めなけらばと内心で一人反省会を開いていた。


「ウゥー、ンッ——ウゥウウ……」


 厨房の床で、一人の男性が体を捩って野暮を見上げる。そして、一見何ともないその体で、手足を縛られ何かで口をふさがれているかのようなポーズで床を這って近づいてきた。


「どうかした? ああ、固定を解除しただけだと話せないよね」


 内ポケットから釘を抜きながら、這い寄ってくる男を蹴り飛ばし、野暮は無感情で言い放った。


「解錠」


 野暮の呟きで金縛りにかかったかの様だった手足の関節が動くようになった男が、次の瞬間には殴り掛かって来た。


「クソがっ!」 


 顔の前の迫る拳を、野暮は体を反らせて躱し、近づいてきた男の鳩尾に、膝を沈めた。

 

「っ! ぉい、お前、ら……この女を殺せ…………は?」


 腹部を抑え膝を突く男は、口の端から唾を飛ばして、背後の仲間を見た。

 正確に言うのなら、背後に転がる、二つの肉塊を捉え、呆けた声を出した。

 一連の男の行動を眺めた野暮はやれやれと首を振ると、目の間で膝立ちする男に中段の蹴りを放った。


「うぐぅ——!」


 頸を捉えた野暮の足が、男の頭を茜色の床へと倒す。


「少し、静かにできないかな? 私の後輩が向こうで寝てるの。今日は少し、体調が優れないみたいだから、そっとしてあげないと」


 蹲る男を見下ろす野暮の目は、元々感情が映りにくい虚ろな瞳ではあったが、今は感情の一切が消えていた。


松櫛河人(まつくしこうと)植島飛人(うえしまとと)菊角人記(きくかどにんき)


 倒れた男と、その背後で転がる肉塊二つがビクリと跳ねた。

 自分たちの名前を知っているこの女は何者だ? そんな疑問が口から出ずとも、野暮には聞こえた。


「もちろん知ってるよ。ここから一時間、ぐらいかな。ゲームセンター跡地を根城にする、強盗団を自称する無職の根無草だよね」


 小首を傾げた野暮が、淡々と呟く。それは誰かに語るでも、訊くでもない。ただの独り言だった。


「一応言っておくけど、私は別に、貴方たちを警察に渡そうなんて考えないから安心して」


 野暮の言葉に、三人の強盗団は警戒しつつも嘘ではないとだろうと、互いに視線でのみの会話をする。

 肉塊二つは、人の形から遠く離れているが、二つの目だけは、野暮と蹲る男——松櫛河人を見ていた。


 もし捕まえるのが目的ならば、すでに自分たちは警察に引き渡されていると話し合う彼らの前で、野暮は釘をペン回しの要領で指の間をスルスル移動させる。


「話し合いは、終わった?」

「何が目的だ?」

「私が貴方たちに求めるのは、たった一つだけ」


 抑揚なく告げられる野暮は、左手の人差し指を口元に立て、河人を見下ろす。


 危険な祓魔師を前に、河人は瞬時に思案した。

 祓人や祓魔師が民間人を情報屋として雇うのは珍しい話じゃない。そして、そんな情報屋は、元は自分達と同じごろつきなのも知っている。

 だが、目の前の祓魔師が放つ空気は、そんな仕事を依頼したい人物のそれでは決してなかった。

 冷や汗が背筋を伝って流れ落ちて行く。

 何か、形容し難いモノに見張られている。そんな感覚を受け、河人は恐怖から体が震えるのを感じた。


「死。ただ、それだけ」


 野暮が右手で回していた釘が止まった。先端が仲間の一人、飛人へと向いた。


「止めろぉぉぉぉ!」


 仲間の危険を察知し、止めようと河人の叫びが簡易キッチンに木霊した。


「ペースト」


 次いで響いたのは、氷点下の空気を纏った魔女の声と、大きな質量のナニかが肉を潰し、粘土でも捏ねているのような軽やかで耳障りな水っぽい音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ