004-3-第六祓魔隊其ノ二
一階の中心部が騒がしい。燕坂胡桃が騒音を感知したのと同時に、隣を歩いていた未成年の後輩が、肩をビクリと跳ねさせた。
「大丈夫、近くじゃないわ。多分、隊長と六郎君が暴れてるんだと思う」
「そう、ですか……」
元祓魔隊第八部隊所属の祓魔師、蟻摘無美は、俯きがちに隣を歩く。
正直、何時バケモノが襲ってくるかわからないこの状況で、視野を狭めてほしくないと思ったが、初対面の頃からずっと視線を足下に落としているこの子には難しいだろうと、胡桃は諦めていた。
(守りきれなくても、呪わないでよね)
内心では愚痴を零す胡桃だが、常に周囲を警戒し、何時でもフォローに入れるよう、短身の散弾銃を握りしめるその姿は、後輩を守ろうとする先輩のそれだった。
「止まって」
「ひっ!」
こちらが声をかけては驚き、物音を聞けば飛び上がる。
何故この仕事をしているのかと疑問に思った事が何度もあるが、その度に「ごめんないさい! 私なんかが隊服を着るなんて!」と土下座しそうな勢いで謝られた事で、答えは期待できないと訊くのを諦めた。
「無美ちゃん構えて」
「えっ、あっ、はい!」
銃を正面に構えながら、胡桃は前方から近づく異音に耳を澄ませる。
隣で大振りのサバイバルナイフ二本を逆手に構える無美を確認しつつ、胡桃は攻撃のタイミングを測る。
「行って!」
「ひゃっ、ひゃい!」
倒れた商品棚の隙間から、イヌとネコを背中合わせで粘土の様に練り合わせ、ネコの前足だけで歩く二足歩行にしたバケモノが六匹、飛び出した。
イヌの前足は人間と同じようにネコの前足の付け根まで延びていて、肉球の付いたその足先が人間の手の動きを模倣し、こちらに爪先を向けてきた。
ネコの前足でこちらに走り寄るバケモノの脳天にナイフを振り下ろしながら、無美は甲高い悲鳴を上げた。
「キャアアアァァ! 気持ち悪いです! なんでネコちゃんの頭がお尻にくっついてるんですかぁ!」
悲鳴を上げながらもナイフを振り、攻撃を避けて走り回る無美を後方で援護する胡桃は、半分呆けていた。
(ホント変わってるわ、あの子)
蟻摘無美の経歴を迅から事前に聞かされていた胡桃は、確かにと納得した。
「草刈り鎌で、野良のバケモノを殺した?」
それは、第六に彼女が来る数日前の事。
「ああ。極稀な事例だが、彼女は覚醒前の一般人の状態でバケモノを殺している。が、知っての通り、祓魔師や祓人がバケモノを祓うのと、一般人がバケモノを殺すのとでは異なる。彼女の両親と兄はその後、復活したバケモノに喰い殺されたそうだ」
祓魔師、及び祓人の体は、通常の人間とは異なり、少々特殊な状態に変質している。
その違いは、魂にあるのだとか。
生物には元来、それぞれに魂の色が設定されているらしい。
占いや性格診断などで、色の印象を当てはめる人がいるだろう。そしてそれは、同国内ならば共感できる者が多い。これは、無意識の中に存在する魂の観測から引き出された考え方だと学者は言った。
魂の色とでも呼ぶべきそれを、覚醒者、若しくは核言有識者は、一枚の鏡を通して認識し、己の力へと変換する。
鏡板であり、鏡板装填補機である。
自身の魂が発振する固有の色で染められた核言——鏡文字。それを映す鏡を用いてバケモノを殺すことで、バケモノの魂を消滅させる事ができるのだ。
鏡文字、それすなわち、バケモノを殺すことに特化した人間の突然変異、もしくは進化。
しかし、こう考える者もいる。
鏡文字を映す鏡板は、人間にバケモノを祓う力を与える人外への片道切符であると。
それを装填して使用する補機は人間の寿命を削ると共に、いつかバケモノへと覚醒者を転化する呪物だとも。
「お疲れ様、怪我はない?」
「は、はい。大丈夫、です……」
戦闘開始数分で、周囲は黒一色に染まっていた。但し、無美は返り血を一滴も浴びていないらしく、黒を基調とした隊服である斜めにカットされたチュールスカートも、タートルネックのノースリーブシャツも、その上から羽織られた群青色の差し色が入った和風パーカーにも、染み一つ見られなかった。
とは言っても、元からバケモノの返り血を目立たせないようにした色の隊服だ。もし血が付いていても気付ける自信はない。
(ってか、ホント隊服のデザインを個人ごとに少しいじってるのは何なんだか……)
支給される隊服は、一人ひとり形状が異なる。共通点をあげるのならば、黒を基調とした和洋折衷だという点ぐらいだろうか。
(まあ、似合ってはいるから別にいいけど)
露出したくないと前に零していた無美には申し訳ないとは思うが、群青色が差し色に使用されている和風パーカーの袖や、スカートの裾からチラ見えする新雪のように白くきめ細やかな彼女の四肢は、同性である胡桃でも、戦闘中に見えると、心臓がドキリと飛び跳ねるくらいには魅力的だ。
もし、そういったフェチズムで動きの鈍るバケモノがいるとしたら、彼女は一種の兵器になると言ってもいい。
(まあ、そんなバケモノいる訳がないわけで。対人兵器としては使えるかと)
燕坂胡桃は、重度のアニメオタクである。
「あっ、あのっ、胡桃先輩」
「ん? 何?」
「そ、その……私、何か変ですか?」
じろじろ見すぎたと、胡桃は視線を明後日の方へと向けた。
「そ、そんな事ないよ。とても、可愛いと思うわ」
「先輩は、私を可愛いと思うんですか?」
思わぬ追撃に、胡桃は散弾銃を肩に担ぎ直し、足早に次の探索エリアへと移動を始めた。
「ええ。とっても可愛いと思うわよ。隊服も似合っているし、編み込みでアップにしたその黒髪とも合っていると思うわ」
早口に捲し立て胡桃は、周囲にバケモノの気配がないことを確認しつつ、セクハラかと、内心ドギマギさせつつ、こっそり無美の顔を覗き込んだ。
顔をほんのり赤らめた無美だったが、その顔にはほんの少しの喜びの感情が見て取れた。
バケモノが人類を脅かす現代、こういった純粋な明るい表情を浮かべる事ができる人間は、極端に減ったように思える。
隊長の貝塚迅は、嘘くさい微笑とからかい口調で柔和な印象を作ろうとしているが、おそらく彼の素顔は硬派で真面目な性格であると胡桃は見ていた。
六郎もこれに近い雰囲気を感じていて、なんだかんだ互いいがみ合っている二人は、相性がいいのだろうとも。
但し、真面目な分、彼らの心はすり減るのが速い。そして脆く壊れやすい。
近くで彼らのフォローをするならば、精神面に気をかける必要がある。
対して、最も危険で、最も祓魔師が向いていると思われるのは、同期の蓑虫體斗だ。
普段は好青年な風を装っている。もしくは、本人もそれが素だと思っているが、戦闘に入れば彼の核が露呈する。
死にたがりの『戦闘狂』と言う核だ。
彼らと比較すると、今一歩後ろに下がって追従してくれるこの後輩は、気弱な性格に目を瞑れば、なんと希少で尊い存在である事か。
バケモノの大量発生以前の平和な世に出回っていたとされる、アニメや漫画をこよなく愛する胡桃は、そんな異次元的存在の後輩をすこぶる気に入った。
近くに置いておくだけでも、今見た純粋な感情で心が洗われるようだ。
「無美ちゃん構えて!」
「は、はい!」
先ほどよりも、幾分か肩の力が抜けている無美を見た胡桃は、この子は素直な評価を下せば、本人の中で何かプラスに変わるのかと、その性格を理解する。
(ちょっとめんどくさいけど、そこも二次元的愛嬌だと思えば、何とかなりそうね)
警戒心の強い子犬を拾ったと錯覚する胡桃は、こちらに襲い掛かってきたバケモノに立ち向かう後輩の背中を見て、長生きしてくれることを切に願った。




