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015 闇市

 玲司が個別指名依頼を受けて戻ってきた。その頃には整備が終了していたから良かったのだが、面倒なことにその依頼の中に三級祓人に昇級するよう指示が入っていた。


 前回昇級試験を受けたのは一年前。混乱が落ち着き、都市部の祓い屋事務所に戻ってすぐの頃だった。

 試験内容は上級祓人の試験官との一対一の模擬戦。当然、殺してはいけない相手だった。しかし、試験という場で手を抜くなどと考える受験者はおらず、そんな相手をするのだから準一級か二級の実力者が当てられると考えていた。

 結果、玲司は一級の試験官に全力で挑み、試験官一名死亡という記録を残して試験を終了した。


 当時試験会場に観戦で来ていた創瑚は、玲司が一方的に試験官を殴り殺すのを目撃した。以降、玲司は足技ばかりで祓滅業をこなすようになった。

 トラウマや、気に病んでいるといった様子を見せない故に、不思議に思いはしたが、創瑚は踏み込んで訊こうとは思わなかった。

 訊いたとしても、まともな答えが返ってこないだろうことも分かっていたから。




 祓い屋協会本部<蟻の巣>四層、闇市にて、創瑚は、緋山家製の祓い屋衣装を見に纏い、路地裏のような細い道を奥へと進んでいた。

 黒一色の装備一式は、水面から始めてもらったシルエットからあまり変化はないが、一番上の黒地に差し色の蒼が入ったパーカーだけは、創瑚の戦闘スタイルに合わせて改造されている。

 ぱっと見には確認しにくいが、パーカーの中心、丁度背骨の真上を直線で繋いだ差し色のラインにはファスナーが隠されていて、背中側を二分割に裂いてくれる。また、両腕の部分も同じように青のラインに沿ってファスナーが隠されていて、開けるようになっている。

 一見普通のパーカーだが、そこには祓人として活動するために必要な機能が縫い込まれていた。

 そして、祓い屋協会本部<蟻の巣>には、そんなぱっと見一般人の全身凶器の狂人がたくさん集まっている。


 蟻の巣は、日本全土と同等の広さを持つと言われる子御木の妻が生成した結界の中に作られている。

 階層毎に雰囲気の異なる事、そして縦に長く作られた事から『蟻の巣』を連想させるとしてその名が付いた。

 四層は、他の階層とは異なり、照明が少ない。単純に数が少ないのもあるが、ここを活動拠点にしている連中が明かりを嫌うというのもあるからだろう。

 地下鉄の構内のような狭苦しさを覚える空間の四層は、剥き出しの壁や天井から、地下洞穴を探検している気にさせてくる。

 しかし、ここは別空間。もし仮に、このまま地上まで掘り返絵しても地上に出られるわけではなく、バケモノを焼き祓う反射の効果を持った結界にぶつかり、衝撃を反転されて吹き飛ばされるだけだろう。

 ここにいる限り、日本の衰退した街並みを見ることはできないのだ。


(露店が増えてる。また失業者が増えたのかな?)


 ここは闇市。表では流通しない祓い屋の御用達品が、そこそこ安価に揃えられている。

 唯一ここで苦言を呈すとしたら、それら全てが祓人の遺品で、ここにいる店主は皆、死体漁りを生業にしている屑だということだろう。

 混乱期にはそんなことを言える状況じゃなかっただけに、彼らの存在は祓い屋、祓魔隊問わず人気があった。


 そんな一時の英雄たちも、混乱が落ち着き、経済が安定し始めたことで、地上での居場所を失った。そうして店仕舞いした死体漁りたちは、蟻の巣内に引き篭りようになった。

 幸運にも、場所ならあった。

 道の幅が狭く、照明がそこまで通らない四層が、彼らの性に合っていたのも大きのだろう。


 そうして出来上がった闇市を、創瑚は一人歩き回る。

 ブルーシートを広げて自陣を確保し商売する者もいれば、屋台にも見える木組の台車に座布団を敷いて胡座を描きながら会計台に肘を突く者と、店によって姿形も様々。取り扱う商品も、同じ物でもかなり変わっていたりする。


 ここで上手な買い物をする一番手っ取り早い手段は、店主と仲良くなることだろう。でなければ、最安値と品質を見極められる目を養うかだ。


 創瑚は、ポチ時代によく玲司たちの手伝いの一環として地上の闇市を駆け回っていた。

 その時には一人の店主と仲良くなって融通を利かせてもらっていたが、皮と骨ばかりの三十代とは思えなかった彼は、残念ながらバケモノに喰い殺されてもういない。

 蟻の巣(ここ)の闇市では、それまでに培ってきた鑑定眼を頼りに見て回っていた。

 ナイフが大量に入った壺。所狭しと押し込まれた本棚。几帳面にたたみ重ねている衣類。


(名家だと遺品は持ってかれちゃうけど、独り身とか家族関係が悪いと、死体漁りに持ってかれるし、なんなら引き渡される事もあるらしいけど、そんな人たちに限って名刀とか妖刀を使ってるんだよね)


 一つの露店を見て、創瑚の足は止まった。

 闇市の売り手が求めるのは、高値で売れる商品だ。そのためには数を仕入れて、ジャンルごとに区分けする方がいい。

 そうすれば在庫の管理が楽になり、客も求めているものが見つけやすくなる。当然、利益にもつながるだろう。

 しかし、ブルーシートが広げられたこの店には、祓人の装備が、おそらくは使用者毎に並べられていた。


 通常、武器なら武器、服なら服と、ジャンル分けして販売する。だのに、目の前の店はそうしたことをせず、わざわざ使用者の生前を思わせるかのように、一つ一つ丁寧に飾っていた。

 しかも、衣類はシワを伸ばし、汚れは取れるだけ取って、更に補修もしているようだ。

 小銃や小刀、鋏や手斧は、埃も錆も付いていない。

 手間な作業をきちんとこなしてから並べられていた。


(これじゃ、大赤字だろうに)


 血や汚れなど、軽く拭き取れるだけ拭き取って出品するのが普通のこの場所で、ここまで丁寧に前工程を行うのは二つの可能性を示している。

 一つは売り手が素人で、全く知識がない。

 そしてもう一つは、ただの馬鹿か。

(前者なら、安く良いものが買えるんだけどな)


 もし後者なら、すぐに回れ道して逃げに徹する。

 こんな場所で変人と関わるなど、自殺行為だ。最低でも身包みを剥がされる。


 塗料とは別の黒いシミの付いた羽織りに、編み込みブーツ。

 壊れた懐中時計に、小銃。

 使い古されたトレンチコートに割れた銀縁眼鏡。

 いかにも補機ですと言った佇まいのパスケースが置いてあった。


(店主は見た目と違って、几帳面なんだな)

 

 女性者の服や靴が置かれた区画に収められた一枚の絵画の前に立ち、創瑚は横目に店の奥を見た。


「何で、こんな面倒な売り方を?」

「何だ小僧。ここはお前みたいな四半人前の来るところじゃねえぞ」


 ブルーシートで確保した露店の範囲の最奥の端に位置する場所に、店主はいた。

 毛玉だらけの紺のニット帽に、ボロボロのジャケット。見るからに死体漁りでその日暮らしをしているだろうやつれた顔には、疲労とクマが濃く、髭がまばらに生えていた。

 創瑚の質問を無視した店主は、口をへの字に曲げて眉間に皺を寄せた。

 目に見えて態度が悪い。そして機嫌も悪くしたらしい。


(これは撤退かな)


 単純な好奇心だったが、それは時折、神すら殺すらしいと、ポチの時代に水面から教わった教訓を活かして、体の向きを百八十度回転させた。


「俺がしたいのは、今日を生きる事でも、明日を夢見る事でもねぇ」


 背中を向けて今にも離れようとする創瑚に、店主はポツリポツリと語り出した。


「今日を生きれなかった奴らの無念を、次の誰かに引き継いでもらう。その為に俺はここに座って、他人の想いを背負える器を持った奴をずっと待ってんだ」

「そんな人、今の時代いないと思うけど?」


 店主の言葉に反応を返した創瑚は、肩越しにそのやつれた顔を覗き見た。


「時代は関係ねぇ。人が人の手を取るのも、想いを継ぐのも、全部本人の器次第だ」

「器なんて大層なこと言って、要は経済力の問題でしょ」


 金があれば心に余裕が持てる。余裕が持てれば、人助けをしようと動く。

 だから今の人間には余裕がないのだと、創瑚は言った。


「ハンッ! 餓鬼にゃ分からん事だ。さっさと帰んな!」


 店主とは価値基準が違う。そう感じた創瑚は、そのまま別の店へ移動しようとした。しかし、肩越しに店主を見ていたその視線を動かす途中で、瞳も首も、前へと踏み出していた足も止まった。


(あれって……)


 固まり動かなくなった創瑚の背中を、店主の男は怪訝に見つめる。


「何だ、知り合いの遺品でも見つけたか? だがお前にゃ引き継ぐだけの器がない事は分かってんだ。さっさと出てってくれ」


 そんなことを背後で喚かれようと、目に映るそれ以外の情報の一切を遮断していた創瑚は、自然とそちらに体を向かわせた。


「おい、餓鬼! 聞いてんのか!」


 店主の男も、創瑚の奇妙な動きに狼狽えたが、ブルーシートの上に乗せたそれらの品物の所有権は、現在男が握っている。

 創瑚の行く手を遮り立った男が睨み下ろした。


「お前は俺の店の客じゃあねぇ。とっとと出てけ!」

「…………邪魔」

「あぁ?」


 更に圧をかけようとにじり寄る店主を、今度は創瑚が睨みつけた。


「邪魔だって言ってんだ。そこを退け」


 静かでいて、確かな殺気の籠った朱色が差し込んだ眼光と言葉に、店主は腰を抜かしてその場に座り込んだ。その脇を通り抜け、無表情の創瑚は、意識が判然としているのかも怪しい足取りで、視界に映っていたそれにふらふらと近づいた。


「犬を模した……仮面…………」


 記憶の写真に写っていた祖父が製作し、調整した補機がそこにはあった。


「この補機の持ち主は?」

「し、死んださ。分かってるだろ?」


 及び腰となった店主は、創瑚の質問に素直に答えた。


「何処で、どんなふうにして亡くなったんです?」

「お、おに……鬼ヶ島だ」


 鬼ヶ島。それはかつて、日本の有名な昔話に登場する架空の島だ。

 内容として聞いているのは、少年が三匹の鳥獣を使役し鬼が住まうと言われる島を侵略し、全権を獲得する話だ。

 バケモノが蔓延るようになった落陽時代以前には、そのモデルとなった島が観光地として大変人気があったらしい。

 しかし、バケモノが陽の下を悠々と跋扈するようになった結果、観光地として人気だったその島に本物のオニが棲み憑くようになり、観光客は二度と帰らなかったそうだ。


 前の名前を失い、鬼ヶ島と呼ばれる島は現在、一般人の立ち入りを禁止している。勿論、定期的に祓い屋を向かわせ、どうにかオニを祓えないかと画策しているが、これといった成果は上がっていない。


「そんな危険な島に、死体漁りが行けるわけないでしょ?」

「そ、それが、行けるんだ。祓い屋の中には、俺らみたいな死体漁りから金を巻き上げてるやつがいてな」

「それで、連れて行ってもらった?」

「そう。そうだ。そいつは根性はひん曲がってるが、腕は確かだ。そ、それに、金さえ渡せば、こっちの命の保証をしてくれる」


 根性どうこうは、アンタも大差ないだろ。そんな言葉は心のうちに留めた創瑚は、続きを促した。


「そんで、俺が島に行った時に見つけたのが、その仮面をつけて死んでた祓い屋の姉ちゃんだったんだ」

「姉ちゃん? 女性だった……」


 確かに、衣類は女性ものだった。

 補機に気を取られていて、他の装備の一切を見るのを忘れていたと、今更気が付いた。


「この人の服、修復しましたか?」

「あ、ああ。所々切り裂かれてたんでな」


 緋山家の家紋の入った羽織と、女性ものの和洋折衷。ぱっと見は祓魔隊の隊服に見えなくもないが、おそらくは祓い屋だ。

 他には懐中時計や手鏡など、女性ものの小物類が並んでいたが、それらからは何情報も得られないと踏んだ創瑚は、その一番奥に飾られたウエストバックを迷いなく持ち上げた。

 一目見た時から、創瑚が違和感を感じたウエストバックは、黒一色の合成皮で作られた安っぽい見た目の三つのポケットが付いた一般的なものだった。

 しかしその中、表面とは異なる裏地に指を這わせた創瑚は、違和感の正体を掴み微笑んだ。


「あっ、おいこら、勝手に商品に触れられちゃ困る」


 創瑚の殺気にやられていた店主も、さすがに商品を勝手に持ち上げ、中を物色し始めた目の前の少年には、何も言わずにはいられなかったらしい。

 そんな小心者の店主を、創瑚は冷ややかな笑みに変えた顔で見上げて、バックから手を抜き取った。


「これは?」

「ぁあ……何だこりゃあ?」


(長さ約四十センチ。銀寄りの鈍色で、十二センチと二十八センチの境目に溝が入っている。形状は真円ではなく、楕円型。材質は……チタンかな。そして何より、筒の端に刻まれたこの家紋)


 ——黄金葛(オウゴンカズラ)の葉に抱かれたコーヒーの枝と果実。

 没落した祓い屋一族<鹿毛(かもう)家>の家紋。


 鬼ヶ島で命を落とした祓い屋のバックから、没落名家の家紋の彫られた短刀が出て来る。こんな事は滅多にない。そして何より……


(喫茶店のマスターも、鹿毛家の下に就いてたんだっけ)


 家紋にまで使用するほどのコーヒー愛好家だったという話だが、最後の当主、鹿毛士仁(しじん)も例に洩れず、コーヒー愛好家だったらしい。

 士仁の右腕だった祓い屋、蜂保志蜜野(はちほしみつや)も、引退後は喫茶店のマスターをしている。


「鹿毛家の小刀。これ、本物だね」

「そ、そんなものが隠されてたとは……」

「人の想いどうこう言う前に、物の重さくらい、一目で分かるようにならなきゃ」


 別に特段欲しいものではなかったが、目の前の店主の腕に呆れ返った創瑚は、ほんの少しくらいは仕返ししておくかと、その短刀で肩を叩きながら店主を見上げた。


「この短刀と仮面、貰ってくね」

「なっ! 何言ってんだクソ餓鬼!」

「授業料とでも思ってくれていいよ」


 悠々と犬を模した補機へと手を伸ばす創瑚だが、その腕を掴んで止めたのは、顔を怒りで真っ赤に染めた店主だった。


「ふざけんじゃねぇぞ餓鬼! まぐれで隠し財を見つけたからって調子乗ってんじゃねぇ!」


(別に調子に乗ってなんかないんだけど。それに、欲しければ自分で作れるし)


 目の前の店主の評価が下落するのを胸の奥底で感じながら、創瑚は掴まれた腕を払って店主の手を除けた。


「アンタの言う人の想い。僕の方が上手く見つけられるし、活用できるって言ってんだよ。その空っぽな頭でも簡単に分かるように言ってあげるなら」


 見上げるように持ち上げた黒曜石の瞳に水色の輝きを含んませた眼光を嘲笑に曲げて、言い放った。


「お前みたいな三流にこの二つは売れないから、僕が引き取ってやるって言ってんの」

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