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013-2 不可視の暴力

 数日後、玲司が怪我をした。バケモノの群れを捌き切れず、意識不明の重傷を負ったのだ。


「玲司の容態は?」

「命に別状はないそうだ。ただ、どれだけ見積もっても一月は動けないだろう」

「じゃあ、その間のバケモノの対応は?」

「俺と水面の二人で分ける。一応協会と委員会には話しているが、戦力補充は望み薄だ」


 水面が外に出ている間の事だった。ポチは迅から玲司の事を聞き、更に焦りを滲ませた。

 自分が覚醒者である事を知ってなお、自分には戦う力が無い事を思い悩んでいた。


「迅さん、僕も戦います!」

「駄目だ。ポチには補機がない。それ以前に、訓練を受けていない覚醒者をバケモノと戦わせるわけにはいかない」

「じゃあ僕は、何のためにここにいるんですか!」

「何かをしてほしくて、ここにお前を置いている訳じゃない。お前をこの拠点に連れて帰ったあの日から、俺たちにとってお前は保護対象でしかない。それだけの話だ」

「そんなの勝手すぎますよ! 僕はペットじゃない!」


 このやり取りも、数えきれないほどしてきた。ポチがみんなのために何かをしようとしているのは知っている。だが、ポチは祓い屋の戦い方を知らない。三人の仕事をしてる現場を見ているとはいえ、人間の感覚では殆ど何が起きているか分からないはずだ。

 そんなポチをわざわざ死地に送るつもりなど、迅にはなかった。

 だから、協会にもポチの存在は伏せていた。


「戻ったよ~。……何かあった?」


 くたびれた様子で事務所に戻って来た水面は、ポチと迅の顔を交互に見て、一人足りない事から察した。


「ああ。そゆこと」

「何で、水面さんはそんなに冷静なんですか」


 ポチのヘイトが水面に向かった。


「何でって、そりゃあ私たちの仕事って、常に死と隣り合わせだし。それに万年人手不足だから、過重労働を求められるのにももう慣れたって感じ?」

「人手不足なの分かってて、何で僕には戦うなって言うんですか!」

「何でって、だってポチは経験ないでしょ。祓い屋の戦い方、知ってる?」

「今日まで何度も見てきました」

「それじゃあ足りない。おとなしくうちにいなさい」


 水面の飄々とした態度に、ポチの怒りがさらに募る。それが分かっていてわざとやっているのだろうと迅は思った。

 だが、ポチの気持ちに応えるつもりは、迅も水面も持っていない。おそらく、玲司ならばポチの気持ちを汲んで祓い屋のイロハを教えるだろうが、当の本人がダウンしている。


(正直、やられたのが水面じゃなくてよかった)


 心の底からそう思った。

 しかし、問題は連続して起きるものだと、この時の迅はまだ学んでいなかった。

 一度決壊したダムからは、中の水が無くならない限り水は止めどなく出て行く。それは、この状況の三人にも当て嵌まった。


 玲司が欠けた状態では、担当区域を守り切れなくなったのだ。一般市民の被害が拡大し、バケモノの力がさらに増した。

 更に問題が起きたのは、玲司がケガしてから四日後の事だった。


 ポチがいなくなった。

 迅も水面も、それぞれ担当区を二分割にしてバケモノを祓っている。その間に事務所を抜け出したらしく、ポチがいなくなった事に気づいたのは、日没直前の事だった。

 当然だが、元々夜の闇の中で生きて来たバケモノ達は夜間の方が力を増す。だから祓い屋や祓魔隊は、昼間のうちに数を減らし、夜間は絶対に外に出るなと市民に説明していた。

 そんな夜の中を、ポチは一人でどこかに姿を消した。


「迅、ポチがいない!」


 最初に気づいたのは、水面だった。まるで飼い犬のようにポチを撫でていた水面は、ペットがいなくなった少女のように泣きべそをかきながら、夕食の準備をしていた迅の元に走って来た。

 迅が事務所に戻って来た時も、ポチの出迎えがなかった。その時は、ここ数日の出来事が尾を引き、隣接された車庫にでも籠っているのだろうと、確認もせず暫くそっとしておこうと思っていた。


「車庫も確認したのか?」

「したよ。三回も。でもどこにもいない!」


 迅もこの時には、嫌な予感を覚えていた。


「補機は持っているか?」

「持ってる。でも何で?」

「予備は?」

「予備? それなら玲司と迅のと一緒に、二階の……寝室に…………まさか!」


 迅の予想は的中していた。

 活動拠点にしている民家の二階に保存していた、玲司の鏡板装填補機(ペルソナデバイス)が一つ、なくなっていた。


「何で! ポチは、何も知らないはずなのに……」

「だからこそだろ。俺たちも何も教えなかった。だから知らないんだ」


 無地の鏡板(ペルソナプレート)は、一度魂の色で鏡文字を浮かばせたものは同じ魂の色でしか書き換えできず、文字単体の削除は不可能である。

 また、鏡板装填補機は一度設定した鏡板以外、同一人物の鏡板でない限り、装填したとしても異能を使用することはできない。

 これらは、祓滅業においては常識の範囲に入っている。


「このままだと、ポチは生身でバケモノと対峙する事になる」

「速く探さなきゃ!」


 飼い犬が行方不明になったかのように慌てる水面を見ていて思う。ポチは、こんな扱いが嫌で出て行ったのではないのかと。それと同時に、ポチというペットにしか付けない名前を付けた玲司に腹が立ったし、何より、それら全てを見ていた自分が、何も気付いていなかった事に怒りを覚えた。


 仕事が忙しい。市民を守らなきゃ。玲司と水面の体調に問題はないか。そんな事ばかり考え、ポチを本当の意味で見ていなかった。

 きっと、自分の中にもあったのだろう。ポチを一人の人間としてではなく、犬や猫、そして亡くした弟ように見ている部分が。


「とにかく外に行くぞ」

「でも、範囲が広すぎるよ!」


 水面の言い分は最もだ。しかし、それは陽が出ている間の話だ。


「一般市民には、夜間の外出を禁じている。今外をうろついているバケモノは、人を直接見ない限りは襲わない。そういった個体以外の危険度の高いバケモノから祓っているからだ。だとすれば」

「っ! どこかでバケモノが騒いでいれば、そこにポチがいる!」

 

 言うや否や、雨具を羽織り起動した水面は、人外の膂力で事務所を飛び出した。

 ポチを見つけたのは、それから一時間後の事だった。

 予想通り、バケモノが騒いでいた。

 そこは、初めてポチを見つけた公園のある、南東区域だった。そして、ポチはその公園にいた。

 事務所がある場所からは距離があり、ポチ一人ではそこまで行くのに時間がかかりすぎる。

 ではどうやってここまで来たのか。答えは簡単だった。

 ポチを見つけた公園の前には、玲司が拾ってポチが修理した、あのバイクが止まっていた。


「ポチ…………何で……何で何も言わずに外に出たの!」


 水面が泣きながらポチを叱る。その光景を前に、迅は立ち竦んでいた。

 右腕の上腕と肘、前腕の肉を半分喰い千切られたかのように失ったポチが、その場に立っている。

 頭には、玲司が使用しているいつもの補機とは異なる、二匹の龍が向かい合ったデザインの白い仮面が乗せられていた。

 そして、ポチの背後。公園の敷地内には、無数のバケモノの死骸が、夜の闇の中で横たわり、敷地面積全体を覆い隠していた。


「ポチ、お前…………」

「……ごめんなさい。でも、僕も役に立ちたくて」


 年齢と比べて、平均以下の小さな体での大量出血。

 意識朦朧のポチ。

 そして、頭の上に乗せられた『起動中』の補機。

 迅は最善の手を選ぶために、優先事項を並べ、その処理を考えた。

 思考の時間は一秒にも満たない。だが、目の前で立ち尽くすポチは、その一秒未満の一瞬で絶命するのではないかという不安に駆られていた。

 迅は、その時の事を一度も忘れた事がない。

 拠点に一度連れ帰り、烽師連盟の末席に腰を下ろしたばかりの朱歌に、治療師を斡旋してもらった。勿論、秘密裏に。

 他者の補機に装填しても使用する事ができる鏡板。そして、その持ち主は、記憶を失った覚醒者。

 イレギュラーを重ねたポチを、正規の方法で治療する事はできない。だから朱歌を頼った。

 結果としてはポチの命を繋ぎ止める事ができ、最善だったと思う。それでも、朱歌からの好奇の視線を断ち切るのは、並大抵の精神ではもたないだろうと思った。



「ここまでが、お前が烽師連盟の救護ベッドでぬくぬく寝ている間に起きた出来事だ」


 玲司が事務所に戻って来たのは、ポチの右腕を元通りに治すため、朱歌お抱えの治療師にポチを送り届けてから数日経った後の事だった。


「ポチが、俺の補機を起動した?」

「ああ。それも、放置されていた未調整の補機にだ。念の為聞いておくが、あの<双龍(ソウリュウ)>にも、お前の鏡文字(ペルソナコード)は登録されていたんだろう?」

「あ、ああ。だが、そんなのあり得るのか?」

「現にそれでポチは怪我をしたし、今現在、朱歌さんの好奇心の餌食になっている」


 一拍間をおいて、迅は気落ちした声で続けた。


「お前だって分かっていただろ? 俺だって分かってたんだ。分かっていながら、見ないふりをして来た。……ポチは異常だ。分かってたさ。…………でも、分かっていても何もできなかっただろ。そんな暇、俺たちにはなかったんだからしょうがないじゃないか」


 怪我から復帰して、玲司は最初に迅の疲労を嫌というほど理解した。

 最後は殆ど独り言のように呟いていた迅に、玲司は珍しく「少し休め」と言った。


 ポチの異常性。

 朱歌からの質問攻め。

 玲司からの気遣い。

 東京大厄災から、今日までまともな休憩もなく働いてきた。きっと疲れていたんだと思う。そう自分に言い聞かせた迅は、その日初めて意識を失った。




「ポチは、何時帰ってくるの?」


 ソファに寝そべる水面が、半分死んだ魚の目で、病み上がりの玲司と寝起きの迅を仰ぎ見た。

 まだ思考が正常に機能していない二人は、爆発物でも見るように目を見開き水面を見た。しかし、その質問は聞こえなかった事にしてすぐに目を逸らすと、それぞれの仕事に移った。


 水面は現在、長期休暇中である。

 理由は簡単、ポチが療養のため朱歌のお膝元へと行ってしまい、精神の均衡が崩れたからだ。

 仕事で遠方に派遣された時、他の祓い屋や祓魔隊と連携を取る時には平然としていた水面が、祓滅の指示が降りた途端、高笑いしながら崩壊した町一つを水の下に沈めたらしい。

 以前に、学校の敷地を潰して前方後円墳を作ったり、二十階階建ての高層マンションでドミノ倒しをした事はあったが、町丸ごと一つを水没させたのは今回が初めてだった。


 結果、バケモノは町中から一掃され、家屋は八割全壊。残りの二割が半壊状態で、大災害後の様相をしていたと、報告書には記載されている。

 そんな凶行に走った水面に下された処分が、一週間の長期休暇だった。

 協会の言い分としては、過度な疲労による一時的な錯乱の為、水面には休暇を与える。と、書類にはそう記載されていた。ついでに、水面の戦線離脱により戦力補充のとして、祓い屋の派遣を確約する旨が後述されていた。


 戦力の補充は、本音で言えば嬉しいものだ。しかし、前述の部分は到底信じられなかった。

 本来なら、鏡板と祓い屋業の剥奪だってあり得る行為。それが許されたのは、運よく避難民には被害が出なかったからだという。


 しかし、迅はこれは違うと見ていた。

 取り調べの調書によれば、水面自身は力の制御ができず、いくつもの家屋を倒壊させてしまった。不慮の事故だと言っているようだが、迅は知っている。

 丑海水面は、意図的に町一つを水没させて破壊したのだ。ただ、自身のストレスを発散させたいがために。

 被害が出なかったのではない。水面が己の意思で、緻密な制御を行った当然の結果なのだ。

 町中の家屋とバケモノだけを選んで破壊した。だそれだけの話だ。

 それを平然とやってのけるだけの技量を、大厄災からここ数年での過重労働で、彼女は身に着けていた。

 免罪符を手に入れた水面は、事務所のソファで寝転がるか、誰もいない車庫でぼんやりするかしかしていなかった。

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