011 廃校のバケモノ
喫茶店<銀月道>から出た後、祓魔隊第六部隊所属の整備士、又木史郎の運転する運搬防衛用装甲車<ミミック>と呼ばれる無骨なデザインの大型車両に拾われた迅と六郎は、車内で待機していた第六所属の祓魔師たちと合流。
現在、バケモノが出現したと通報が入った現場に向かっていた。
「あの、體斗先輩」
車内で隣に腰掛ける體斗に、六郎は街中で雑談する声量で話しかける。
ミミック内は走行音が反響し、バケモノの腹の中にいるような気分を味わえる。そんな唸り声にかき消されないよう声を張らなければ、車内の全員には聞こえない。
無論、普段の声量では隣の人にしか聞こえないが、耳の良い迅にはそれが聞こえている。
六郎は、その事を知らない。
「どうした?」
「隊長って、天涯孤独じゃないんスか?」
ショッピングモールで訊いた話と、喫茶店で訊いた話が違うと話すと、體斗はそれ以前の問題だと言ってため息を吐いた。
「あまり他人の過去を聞くもんじゃないぞ」
「は? そうなんスか?」
「まあお前は、分家とはいえ守人の一族だからだから、そんな庶民的な考え方は知らないんだろうがな」
「何スか、嫌味っスか?」
體斗の言葉に、六郎はムッと口を尖らせる。が、體斗は違うと手を振って続けた。
「今の時代、皆色々引きずって生きてんだ。そんな過去をあれこれ無遠慮に聞くのは良くないって話だ」
「……そう、スか」
確かにちょっと無遠慮だったかも。と思い返す六郎は勢いを失い、その身の内側に引っかかっていた疑問をしぶしぶ中空に溶かした。
「お前、祓魔師が何で仮面のデバイスを使わないか、知ってるか?」
突然の話題の転換に、六郎は目は口を半開きに固まった。そんな事はお構いなしに、體斗は知らないのかと首を傾げた。
「何でいきなり、デバイスの話になるんスか」
「常識が欠けてそうだったから」
当たり前のことを、とでも言いたそうに鼻で息を吐く體斗に、六郎は顔を顰めた。
「そんなの知ってるっス。仮面型だと、自我を失って暴走する危険があるからっスよ」
「そうだ。周囲にいるのがバケモノだけならいいが、民間人に被害を出せば立派な犯罪者だ。俺たちは、人を殺して金を稼いでるわけじゃない」
「もちろんっス!」
隣で頷く六郎に、體斗は声を少し落とし、六郎にも聞こえるかぎりぎりの声量で語った。
「隊長は元々、祓い屋にいたんだ。その時は、仮面のデバイスを使ってた」
「はぁあ?!」
「六郎君、體斗君うるさいよ。何話してるの?」
離れた場所から、胡桃が注意を飛ばし、體斗は別にと首を振る。
「隊長、祓い屋だったんスか?」
「らしいぞ。それ以外の事を俺は知らん」
だから、と體斗は続けてほんの少しガキ大将にも見える子供っぽい笑みを、六郎に向けた。
「もし他にももっと話を聞きたいなら、本人の信頼を勝ち取った後に直接訊け」
「っス!」
體斗と六郎の話を聞きつつ、迅は目を閉じ懐かしい記憶を掘り起こした。
大厄災後の混乱期に、祓い屋をしていた記憶。それは、玲司の事務所を拠点に、バケモノを片っ端から祓い回っていた時代。
事務所には、記憶を失っていた少年がいた。玲司のいたずらで仮名が『ポチ』になった少年が、本名を創瑚だと思い出した後は、紆余曲折がありつつ正式に玲司の下で祓い屋の見習いをする事になった。
その時には迅も水面も反対し、自分の弟子にすると争った。しかし、創瑚自身が玲司を選んだために、今のような形で落ち着いている。
最悪、朱歌のモルモットにされていたかもしれない状況だった。それを考えれば、たとえ玲司の弟子だとしてもその方がいいというのが迅の考えだ。
水面も創瑚の祓い屋入りを喜んでいた。そして彼女は一人、この時の事をきっかけに祓い屋協会から脱退した。
水面は現在、フリーランスの祓人として遠方を飛び回っている。
『雨の魔女』と言えば、現役の祓い屋、祓魔隊のどちらもがよく知る広域祓滅のスペシャリストだ。厨二的な二つ名と、目を引く外見から多くのファンを持ち、たくさんの依頼で常に引っ張りだこ状態。
今日も今日とて、日本中を駆け回っているらしい。
「隊長! まもなく到着します!」
胡桃のそんな声で目を開いた迅はミミックの外に目を向け、ため息を一つ吐いた。
「お疲れですか?」
「いや、ちょっと気になる事があるだけだ」
玲司が受けた依頼。あれは少々、厄介かもしれない。自分同様、同業者や民間人を平気で殺せる玲司はともかく、玲司の選択によっては無垢な創瑚が深く傷つくかもしれない。
(知らなくて済むのなら、それに越したことはないんだがな)
ミミックが到着したのは、県立の高等学校の廃校だった。
今にも崩れそうな校舎を前に、隊員たちは息を飲む。
「ここにいるのか?」
「はい。近くに住む若者らが度胸試しに侵入したこの廃校の中で、バケモノを複数確認したそうです」
「何でそんな無謀な事をしたがるんスかね」
六郎の意見には迅も同意だった。が、そんな事を言っても意味がない。
「被害は出ているのか?」
「はい。報告にある若者なのですが、五人中四人が今も戻ってきていないそうです」
「阿保っスね」
見れば、六郎は體斗に頭を叩かれていた。
「では、全員で廃校に突入する。その後、各自で行方不明者の捜索を行いつつ、バケモノを祓え」
「「「了解」」」
第六の祓魔隊が侵入して数分後、廃校の中からバケモノの絶叫が木霊した。
「今回も、隊長はデバイスを使用してなかったスね」
「ん? ああ、そうだな」
放逐者ばかりを祓滅していた六郎が、隣を歩く倫理と雑談しながら廊下を進む。迅との稽古で、前よりも力が付いていると実感していて、六郎は少し、浮足立っていた。
「何で隊長は、あんなにデバイスを使用せずにバケモノを祓いたがるんスか?」
「お前、バケモノに取り込まれた魂の話を知らないのか?」
大男、熊ヶ崎倫理は、六郎の疑問に腕を組んで鼻を鳴らした。
「いや知ってるっスけど、まさかあの鬼の道に片足入れてる祓魔師の隊長が、無知で純粋で硬派なシスターが信じるような眉唾話を、信じてるわけないじゃないっスか」
「眉唾ってお前ね……あれはれっきとした一宗教の教えになってんの」
バケモノは、その身に喰した人間の魂を蓄えている。その魂は、バケモノ祓滅後、その肉体を烽師の祈祷とお焚き上げによって解放される。
しかし、祓魔師及び祓人が、鏡板装填補機を使用し祓った場合、その魂おも消滅してしまう。
祓魔隊と祓い屋は人殺しにあらず。なればこそ、補機なる穢れを使用してはならない。
『血脈の円環』による教えである。
「誰が鬼だ。そして私はシスターではない」
二階渡り廊下に差し掛かった所で、背後から迅が姿を見せた。その右手には抜き身の刀が握られ、錆と刃こぼれ、そしてヒビが目立つ刀身の先に、黒い血を滴にして垂らしていた。
「隊長! 倫理六体、六郎七体の放逐者を祓いました」
倫理の報告に一つ頷いた迅は、刀に付着した血を振り払いながら校舎内の気配を探る。それを見ていた六郎も周囲の気配を探り、残りのバケモノの数を割り出した。
「隊長。この先、二棟一階に放逐者、三階に何かヤバそうな奴がいるっス」
「ああ。私はそれを祓いに来た。お前たちは他の場所を当たれ」
渡り廊下の真ん中からでも感じ取れた。それ故に六郎は震えた。
二棟の上階から、心臓を納めた胸を空気の壁で押し潰し、四肢をもぎ取ろうとするような気配が流れて来ていた。
何故、これ程の気配を自分は今の今まで感知できなかったのかと六郎は身震いしながら、廊下の一番奥に見える階段に視線を送る。
迅も身構えているが、その二人の様子を見ていた倫理は何も感じないらしく、二人のやり取りから、この先には危険なナニかがいる事だけを理解した。
「では隊長、俺と六郎は一階のバケモノを担当します」
「いや倫理先輩何言ってんスか。俺は隊長と一緒に――」
「お前がいても邪魔になる。倫理と一緒に一階に行け」
迅の突き放すような指示に、六郎は眉を顰めた。が、反論するよりも前に、流れて来ていた気配に敵意と殺気が混ぜ込まれた事に気づき、迅も六郎も目を見開いた。
「各員、デバイスを起動しろ!」
「<操影>、出陣!」
腕輪型の補機を左手首に巻き付けた六郎が一歩前に出たのは、向かっていた二棟で爆発音が響いたのと同時だった。
渡り廊下の天井に大きくヒビが走り、大きく揺れた。
割れた窓から中へと侵入して来たソレを、六郎が殴り飛ばして迎撃する。
「<隔柵>、展開!」
縦にも横にも大きな体格の倫理が、腰のポーチから掌サイズの小さな補機を取り出し一拍遅れてデバイスを起動した。
濃淡のある橙色の糸が倫理の左手から伸ばされ、眼前で揺蕩う。それを右手の針で絡め取ると、中空に刺し止め遊びが無くなるようピンッと張ると、その糸を指で弾いた。
橙色の糸が金属を叩いたかのような高音を発すると、倫理を中心に半径二メートルの空間に、六郎と迅を巻き込んで一つの球体を形成した。
コンマ五秒後、倫理によって作られた橙色の球体結界の外から、幾つもの衝突音が鳴り響いた。
「隊長、これは……」
「ああ。バケモノからの攻撃だ」
結界内で倫理が焦り、迅は周囲の状況を見極める。その間六郎は、自分に何ができるのかと視線をあちこちに向けていた。
半透明の球体に包まれた迅達は、衝突音の原因となったソレを見た。
「苔、スかね。これ……」
倫理の結界にぶつかっていたのは、緑の濃い苔だった。全方位からの突撃によって渡り廊下は決壊寸前。ここにいれば、バケモノからの攻撃には耐えられるが、数秒後に訪れるであろう崩落に巻き込まれる。そう結論を出した迅は、倫理と六郎に命令を下した。
「倫理、結界を解け。それと同時に走り抜ける!」
「なっ、隊長、そんなの無茶ですよ!」
「でも先輩、やらなきゃこのまま地面に落ちるっスよ!」
壁、天井、床。どこを見ても亀裂が走り、その外側から苔が、湧き清水の如くこんこんと廊下に侵入して、球体結界に張り付いて来る。
半透明の橙の球体結界を覆いつくした緑はもぞもぞ蠢き、圧死させようと力を籠めている。
苔の力が渡り廊下に伝播し更にヒビが深く入り、一棟近くの廊下の壁が崩れ、床が落ちた。
「いいな倫理」
「はい……」
状況を理解した倫理が、中空に刺し止めた針を摘まみ、結界の解除を準備する。
迅と六郎は倫理の横で、足に力を溜める。
「行きます!」
倫理の叫びに迅が頷き、それを横目に確認して針を引き抜いた。
半透明の球体は形を失い、苔の壁が全方位から迅たちに迫る。
それ無視して三人は同時に走り出した。
「飛べ!」
前方の進路を刀で切り払らい確保した迅が、二人に指示を送った。
「だぁぁぁああああ!」
「ぬぅぅぅああああ!」
倫理と六郎が崩れ始めた渡り廊下を一足で飛び抜け、その一歩後ろから迅が駆け抜ける。
「し、死ぬかと思ったっス……」
「ああ。今のは、ヤバかった……」
渡り廊下を走り切り、二棟二階の廊下に座り込んだ六郎と倫理が肩で息をする。その背後では、迅が崩落した廊下を見下ろし、何かを考えていた。
「隊長?」
「ああ、この先のバケモノの攻撃である事は間違いない。だがこれは……」
渡り廊下を襲った大量の苔は茶色く変色し、足元に転がるその一部がボロボロと形を崩した。
「皮膚。人間のっスか?」
迅が形を崩した苔の中から拾い上げたのは、向こう側が少し透けて見える、三センチ前後の薄皮だった。
「この辺りで噂になっている名憑きのバケモノは三体」
「……確か、シシバリ、ターボ、ネコデス、でしたよね?」
迅の思案に倫理が答えを返す。それら三体のバケモノの名は、祓魔隊の掲示板に掲載されていた蔓延型の名憑きのバケモノだ。
「ああ。しかし、それらと今の攻撃は合致しない。同等の力を持つ捕食型とも考えられるが……」
「とにかく、別のバケモノがいるんスね!」
階段へと視線を向けた六郎はそう言うと、さっと立ち上がる。それに続いて倫理も立ち上がり、臨戦態勢を見せた。
「二人はデバイスを起動を継続。このまま本体を狙う」
「はいっス!」
「了解!」
二人の部下を従え、迅は登り階段に足をかけた。




