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007 東京大厄災

 雨靄(あまもや)が輪郭を曖昧にする世界の中で、十五歳になったばかりの少年は一人、息を乱して走っていた。

 雨を含んで重くなった服に引っ張られ、横断歩道の真ん中で躓き転ぶ。

 ひび割れたアスファルトの上を流れる無数の雨の中に、一筋の赤い流線が混ざって伸びた。


「クッソ……なんで、何でこんな…………」


 雨が滲みる膝を抱える少年は、何故こんな事になったのかと、細かい雨が降る交差点に一人、呆然と考えた。




 この日は、朝から小雨が降っていた。

 師匠はそんな雨の中、依頼が入ったと、時代にそぐわない番傘を肩に乗せ、こちらを見た。


「行くぞ、玲司。仕事だ」

「え~、今日一日雨なんだけど」

「それがどうした。俺たちは祓い屋だ」

「それ、関係ある?」


 外出を渋る弟子と、独自の理論を展開する師匠――酉牧克己(とりまきかつみ)のいつものやり取りは、銀河原通り商店街の一角に置かれた<酉牧祓イ処>の二階で開かれていた。


 この時、もし東京に行かなければ、こんな事にはならなかったのかな。

 そんなあり得もしないもしもを、玲司は考えた。



 今回の依頼は、他の祓い屋と協力するよう協会本部からの通達があった。


「最近、この手の依頼多くない?」


 電車に揺られながら、玲司が疑問を口にする。すると克己は、対面の窓の外を眺めながら、垂直に立てた番傘をクルクルと手の中で回し答えた。


「最近、街中の鴉も騒いでいる。おそらく、何か大きなモノが動き始めているのだろう」

「大きな、モノ?」


 玲司の疑問に、克己はこれ以上答える事はないと目を瞑り、眠りに入ってしまった。



 視線を上げれば、傾いて見える電波塔が目に入った。

 バケモノに経済を破壊された日本が、復興の目印にするために建設した。

 当時、世界で一番高い電波塔と言われ、日本中に希望を与えた。


「ここが、東京……」

「そうだ。経済が混乱しても、この都市部では殆ど混乱は広がらなかったらしい。復興にも、時間はそう掛からなかったそうだ」

「流石。政治家の腰掛は立派って事か」


 視点を地上に戻した玲司は、事務所の置かれた栃木よりも、何倍も密度の濃いビル群に息を飲む。


「なに阿保面晒してんだ?」

「玲司がぼんやりしてるのはいつもの事でしょ」


 振り向けば、駅の改札を通り、二人の幼馴染とそれぞれの師匠が出てくるところだった。


「まさか、今回協力する祓い屋って」

「ああ。特級祓人二人とは、協会もよほど焦っていると見える」


 幼馴染を弟子にした特級の祓い屋二人が、それぞれ英国の軍服を想起させるデザインのレインコートを羽織ったり、透明なビニール傘を広げたりと、比較的現代人寄りの装備を整えていた。


「相も変わらず、人の多い場所だねぇ」

「そりゃ、日本の中心だからね」


 レインコートの第二ボタンを指先で弄りながら、丑海深海(うしうみふかみ)は水面に似た濃度の濃い蒼眼を細め、駅前から広がる景色にため息を吐く。それを横目に、柔和な笑みを浮かべるのは、迅の育て人である鵜飼景(うかいけい)だった。


「揃ったな。それじゃあ行くぞ」

「あいよ」

「なんだい、今回はミっちゃんが仕切るのかい?」


 三者三様の雰囲気を放つ外で、彼らの弟子も集まった。


「何故お前まで来ている? 依頼の内容を聞いていないのか?」

「何の話だよ」


 迅が得意げに笑い、その笑みに噛み付くように睨む玲司の間に水面が入った。


「今回の依頼は、大量発生したバケモノとその親玉の祓滅だよ」

「親玉? 群れを成してるってのか?」

「本当に何も知らされていないんだな」


 バケモノは基本、群れを成さない。それだけの知能を持つ個体が少ないのもあるが、一個体で人間を数人は屠れるだけの膂力を持っているのが当たり前である為、その必要がないのだ。


「別に、知っていようが知らなかろうが、俺には関係ないんだろ」

「また始まったよ。玲司のウジ虫病だ」

「何だよ、ウジ虫病って」

「お前が、自分は半覚者だからって一人で勝手に沈んでく事だ」


 水面の軽快な口調に、玲司の不満たっぷりの小言が挟まり、迅の平坦で真面目な補足が会話を補完する。

 三人が集まった時の、いつもの光景だ。

 それを、三人の師匠である特級の祓い屋たちは、暖かな目で見ていた。


 目的地は、世界最高の記録を保持していたかつての日本の希望、復興の象徴の電波塔。その中の展望デッキ内が、バケモノによって占領されたという話だった。


「それじゃあ、バケモノが発生した時、観光客はいなかったんだな?」


 玲司の師匠――克己は、電波塔内の水族館で働くスタッフの一人と話していた。


「はい。まだ営業前だったので、中にいたのはスタッフだけだったんです」

「その人たちは、ちゃんと逃げ切ったんだろうね?」


 迅の師匠――景は、一人離れた場所から、電波塔を見上げながら訊いた。


「はい、全員無事に避難しました」

「じゃあ、後は簡単な話だねぇ」


 レインコートのポケットに両手を入れ、車止めの柱に寄りかかった深海は紫煙を登らせる。

 口の端に煙草を咥えたまま、煙をゆるゆる吐き出した。


「お母さん、また煙草……。禁煙するって、この前言ったばっかりなのに…………」

「先生とお呼び。今は仕事中だよ」


 呆れ声を出す水面に、深海はフンと鼻を鳴らした。

 今年で三十八になるはずだが、見た目は二十代前半にまで成長した水面に見える深海は、鼻から煙を出す。

 淑女の『しゅ』の字もないガサツが、前面に飛び出していた。


「それで、今回は誰から行くんだい?」


 煙と一緒に吐き出された質問を、克己は景と目を合わせ一つ頷いてから答えた。


「俺から行こう。コモノはあの子たちに任せたいんだが、いいか?」

「うちの子牛は、最悪、二人の手足も捥いじまうよ。それでもいいのかい?」


 鋭利な笑みを見せる深海に、柔らかな声色で景が横入りした。


「なら、迅を中心に、水面ちゃんは前衛、玲司君は後衛で配置するとしようか」


 師匠たちの作戦会議は、十秒とかからず終了した。


「では、後はお願いします」

「ああ、ここからは私たちの領分だからね」


 柔和な笑みを浮かべ手を振る景を、玲司は不思議なものを見る目で見ていた。


「師匠がそんなに変か?」


 隣でそれを見ていた迅が絡んできた。


「いや、相変らずバケモノを相手にしてる時と、人間相手にしてる時とでずいぶん雰囲気が違うから」

「それ、私も思った。でもおかあ……先生が言うには、バケモノも人間も違いはないんだから、あんな低腰者(ていようしゃ)になるなってさ」


 水面の言葉に、迅が肩眉を吊り上げた。


「師匠はへりくだっている訳ではない。分別があるんだ。深海先生は、煙を吸いすぎて脳に何らかの障害でも起きてるんじゃないのか?」

「なっ、そんな訳ないでしょ! 私のお母さんを馬鹿にしないでよ!」


 言い争いをしながら、迅は山猫の仮面を頭に乗せ、水面は子供用の雨具ポンチョのフードを被った。二人とも、準備は万端だ。

 玲司は空手で続く。


「お前、まだ補機を貰ってないのか?」

「元から持ってるって。ただ、鏡板が抜けなけりゃ意味ないだろ」


 腰に巻き、右足にかかったレッグバックから、一枚の仮面を取り出しそれを見せ、すぐにバックの中へと戻した。



 電波塔内展望デッキにて、迅は電気を帯びた両腕で刀を握り、迫る放逐者を次から次へと切り伏せた。

 その正面、展望デッキの窓に張り付いたヒトデを思わせる星形のバケモノを、水面は満面の笑みで握り潰していた。


「あいつにだけは、師匠の事をアレコレ言われたくないな」


 静電気で逆立った髪を整えようと指で梳かしながら、迅は肩で息を吐きながら水面を見る。


「お前だって、アレの首を切り落とす時とか、似たような顔してたぞ?」


 一人、後方から戦闘を眺めていた玲司は、離れた場所で横たわる成人男性より、一回りほど大きな放逐者の死骸を指差し言った。


「それより、お前も少しは働け。覚醒者でなくとも、多少の力は出せるようになったんだろ?」

「っても、お前らが全部祓うから、俺の所までこないんだよ」


 一度の戦闘にも巻き込まれず、玲司は展望デッキを散歩しているだけで、水面と迅とは異なり、体力が有り余っていた。


「ねえねえ、先生たち何処行ったの?」


 全身を返り血で真っ黒に染めた水面が、迅と玲司の元へと戻り、満足げな笑みで言った。


「師匠たちなら、上の階に行っただろ」

「ああ。確か上には、ガラス張りのスロープがあったはずだ」

「下から見た感じ、あの辺りにもバケモノ沢山いたよね!」

「いや、見えたのはお前だけだろ」


 興奮冷めやらぬといった勢いで近づく水面を二人は押し留め、どうするかと話し合う。


「師匠たちはここの祓滅しか言ってきてないから、ここから勝手に動けば怒られるだろ」

「だけど、こうしていつまでも水面を抑えられると思うか?」


 迅の保守的な考えを、目の前に迫る脅威を武器に、玲司が両断する。

 水面はフンフンと、首が取れる勢いで頷いていた。


「仕方ない。僕たちも上に行こう」


 三人で行動する時は、基本的に迅が指揮する。

 一人は手に負えない戦闘狂で、一人はあらゆる面で置いていかれる半覚者であるため、その形に落ち着いた。


 そんな三人の脳に、突如として警告が発せられた。

 北北西の辺りで、大きな土煙が噴き上がる。

 五感と無意識が合わさり察知した生物的本能が、今すぐ逃げろと警鐘を打ち鳴らす。


「何、コレ……なんか、やばいヤツが来る!」


 この時ばかりは、水面の勘に頼る必要などなかった。

 玲司も迅も、遠く離れているはずのナニかの——ナニか達の気配を感じ、固まった。

 土煙が上がると同時に、西南西に一つと、南南西に二つの強大な気配が、同じく土煙と一緒に吹き上がった。


「玲司、生きてるか!」


 上の階から戻った克己が、息も荒く姿を見せた。


「し、師匠……アイツらは、何だ?」

「正確にはアイツ、一個体のバケモノだ」

「い、一体、でも……この気配は、かなり大きい…………」


 離れた地から流れ出る異様な空気は、玲司たちの肺を侵し、呼気を乱した。


「アレは、『ガシャドクロ』って名前の原典型のバケモノさね」


 タバコを咥え、紫煙を纏った深海が、胸を抑えて蹲る水面の肩を強引に引っ張り起こした。


「しっかりおし。私は、この程度の瘴気にやられるように、お前を育てちゃいないよ」

「お、おかあさ、ん……」


 顔を真っ青に染めた水面は全身を震わせ、深海にしがみ付く。

 その横を通って、景が深刻な表情で現れた。


「師匠!」

「迅、コレから私たちはアレを祓ってくる。お前たちは、街の人々の避難を助けるんだ」

「何言ってるんです! あんな巨大なバケモノ相手に三人でなんて!」


 普段は柔和な雰囲気を崩さない迅の師匠だが、今その顔には、憤怒と憎悪に歪んでいた。


「し、師匠?」

「あのバケモノは、私らが昔、祓いきれなかった本物のバケモノだよ」


 深海の言葉に、玲司も迅も、水面も目を見開き恐怖した。


「あのバケモノは、どれだけの祓い屋、祓魔隊を集めても意味がない。必要なのは、広大な戦闘可能区域の形成だ」


 克己の言葉に、玲司はかぶりを振った。


「分かっているだろう玲司。今の俺とこの二人なら、あの巨躯を一片も残さずに祓える。だがそれには、無力な一般市民どもが邪魔だ!」

「だけど師匠っ、それじゃあ――」

「動け! 走れ! 危険を知らせるんだ!」


 展望デッキの窓を一瞬で粉々に砕いた克己は、玲司の胸倉を掴むと、何の躊躇いもなく外へと投げた。

 玲司に続き、迅、水面も、その身を、はるか上空から地上へと落とした。


「師匠!」

「お母さん!」


 迅と水面の悲痛な叫びを、涙で歪んだ視界で玲司は捉えた。


「水面、俺たちの体に雨を纏わせろ。衝撃を吸収して逃がすんだ!」


 玲司の指示に。水面は泣きながら叫んだ。


「無理だよ! 私まだ、力の制御ができないんだよ!」

「だったら、今できるようになれ!」

「無理!」

「このままじゃ、僕らだけでなく、地上の人たちも死ぬぞ!」


 迅の叫びで、水面は周囲を見た。


 遠く離れた都市部から土煙を立てて、大きく悍ましいナニかが、ビルを次々に倒して進んでいた。


「僕たちみたいな人を、これ以上作っちゃいけない!」


 迅の叫びが、水面の心を穿った。


「うわぁぁぁあああ!」


 水面の叫びに呼応し、小雨が玲司、迅、水面の体を包んだ。


 三つの水球が地上に触れた瞬間、玲司たちの体に電気が走った。

 失敗したのかと思ったが、玲司の体に走った電流は水球に溶け、上空から体内に溜まった慣性は、水面が形成した水球が吸い取り上空へと放出した。


「…………でき、た」


 息を切らせた水面が、砕けた水球を見て呆けていた。


「二人とも立て。速く、協会本部と滅魔委員会に連絡しないと!」


 


 避難誘導は祓魔隊が行い、周囲の放逐者は祓い屋が行い、都内の一般市民は次々他所へと移って行く。

 

 頭上を見上げれば、頭と左腕を失った上半身が、右腕と背骨で胴体を支えようとして失敗し、バランスを崩してビル群を粉砕していた。

 振動が、放逐者の迎撃をしていた玲司の元まで届き、細かい砂を含んだ突風が体を揺らす。

 他の方角からは、左足が土煙を立てながらのたうち回り、右足をくっ付けた骨盤が建物を押しつぶしながら、各部位の中心地、東京駅へと向かっていた。

 失っていた頭と左腕を含んだ胸部の半分は、東京駅に寄りかかるようにして他の部位の到着を待っていた。


「俺たち、ここにいていいのか?」

「僕たちならともかく、覚醒していないお前が行って何になるって言うんだ」

「私たちの役目は、バケモノを祓う事。ガシャドクロに合わせて、放逐者が避難している市民を襲ってるんだから、そっちが優先だよ」


 迅の正論の影で、自分にそう言い聞かせている水面が、中空に映る白濁色のガイコツを見ていた。

 見えない糸で骨と骨を繋げているガシャドクロの各部位は、耳障りな軋み音を発しながら、着実に東京駅に向かっていた。


「師匠、何やってんだよ。早く祓わないと、元の体に戻っちまうぞ」


 広大な戦闘可能区域、つまりはどれだけ破壊しても問題ないフィールドの確保を望んだ克己は、今だ動きを見せずにいた。


 東京駅に寄りかかっていた上半身の半分が首を動かした。

 何も映さず、何も納まっていない眼窩が、各方面から登る土煙を見ていた。

 全身が組み合わされば、おそらくはあの電波塔と同じ高さになるだろうガシャドクロは、徐々に近づく己の体を心待ちにしているようだった。


「玲司、そっちに行ったぞ!」 


 迅の声で意識を地上に戻した玲司は、眼前に迫った子供と同じ背丈のガイコツを蹴り砕いた。


「こいつら、どっから湧いて来やがった?」

「ガシャドクロと一緒に埋められていた罪人の成れの果てだ」

「罪人?」


 迅の言葉に、玲司は動きを止めた。


「あの巨大なガイコツが出て来た場所を見てなかったのか? 東京の有名な処刑場跡地だ」

「処刑場?」

「共通認識が強い場所だ。あとは分かるだろ?」


 ガイコツ型の放逐者が次から次へと湧いてくる。その原因は、場所にあった。

 処刑場。それは、人の命を多く断った闇の濃い場所。


 放逐者の群れが延々と湧き続ける処刑場跡地から、真直ぐに人々を襲いにかかる放逐者の群れを、玲司と迅は協力して祓う。

 因みに、力の制御をある程度扱えるようになった水面は一人、放逐者の湧き続ける処刑場跡地へと向かっていた。




 克己たちが動き出したのは、避難完了から八分が経過した頃。

 ガシャドクロが上半身を完成させ、背骨を赤レンガ造りの駅舎の頂上から垂直に突き刺し、上体を安定させた後だった。


「あんなデカいの、師匠たちだけでどうにかできるのかよ」

「できるさ。祓い切れなかったとはいえ、前に一度、あそこまで追い込んだんだから」


 玲司の不安を、迅は否定する。それでも、東京に広がったガシャドクロの気配は、一秒ごとに濃く深くなり、不快感が増して行く。不安感が募って行く。

 耳に突き刺さる骨と骨の擦れあう音がそうさせるのか、鼻の奥に入り込んで来る死臭がそうさせるのか。

 覚醒者でもなく、祓い屋としての経験も浅い玲司には、この時感じていた不安が何なのか、分かっていなかった。




 上半身のみのガイコツが左腕を振り上げ、咆哮する。それに合わせ、方々に散っていた放逐者のガイコツたちが、駅に向かって走り出した。


「呼んでるのか。他のバケモノを」

「原典型だ。何ができても不思議じゃない」


 避難も終わり、放逐者もこちらに向かってこない。結果、玲司と迅は傍観を余儀なくされていた。

 放逐者が、駅周辺に殺到する。しかし、玲司も人も、その場から動かなかった。

 次の瞬間玲司の目に映ったのは、駅周辺を覆った、一つの黒雲だった。

 局所豪雨が落雷を伴い、ガシャドクロと集まる放逐者を襲う。

 巨躯に大きなひびを走らせたガシャドクロが骨を鳴らして悲鳴を上げた。

 そんな手負いのバケモノに、玲司の良く知る槍の雨が殺到した。


(あれは、師匠の鋼翼(こうよく)


 一方的にも見える師匠たちの戦闘を眺めていた克己たちの戦闘区域に、一つの影が飛びこんで行った。



 ――どうしてこの時、気づけなかったのだろう?

 ――気づけていれば、未来は変わっていたのだろうか?

 ――水面がいたら、違った結果になっていたのだろうか?

 分からない。分からないが、今の結果とは異なっていたのではないかと考えてしまう。


 どうして、何もできなかったのだろう。

 どうして、こんなにも無力なのだろう。



 ガシャドクロの様子が一変した。

 耳障りだった骨の軋み音が消えた。

 真っ暗闇しか浮かんでいなかった眼窩に紫色の炎が灯り、各関節が炎の帯で接続された。

 瞬間、ガシャドクロの残りの部位が、這いずるのを止めた。

 何かに引っ張られるかのように、骨盤と左足が上半身との間の直線状を飛び、ビル群を崩し、アスファルトを砕き、車を吹き飛ばして赤レンガを貫いた。

 

 もっと時間がかかると思われていたガシャドクロの修復は、何者かの接触により、玲司たちが見ている前で、一瞬で、元の巨躯へと戻った。

 

「何だ、あの炎……。それにさっきまでのひびは? 傷がなくなってるのは何でだ?」

「…………分からない。だが、今のアレが、昔師匠たちが祓いそこなったガシャドクロとは違うって事は、僕でも分かる」


 迅の言葉通り、完全復活を遂げたガシャドクロの雰囲気は、半覚者の玲司でも感知できるほどの、あらゆる生物を絶命させたと錯覚させる圧倒的な不快感を放っていた。


「し、ししょう…………っ!」

「あっ、おい馬鹿! どこ行く気だ!」


 駆けだした玲司を、迅は止められなかった。

 完全復活を遂げた原典型のバケモノへと向かって行った幼馴染が、その後見た景色を迅は知らない。



「…………………………し、ししょ、う?」


 陥没した東京駅、そこに転がった三つの死体。

 一つは、縦半分に体を失った丑海深海だった。

 一つは、下半身を失い、両腕も切り落とされた鵜飼景だった。

 一つは、布切れ一片が血だまりに沈んでいるだけの酉牧克己だった。


 そして、そんな更地の中でたった一人、立っている女性がいた。


 細胞一つ残っていない。師匠は死亡した。それを本能が認識した瞬間、玲司は走り出していた。



 何処に向かうでもなく、心臓が破裂しそうなほど暴れる体を前に押し、肺に送られない空気を何度もむせながら吐き出した。



 何で? どうして? 何があった?

 胸の奥で何度も問いかける。答えが返ってこない事を知りながら。


 何で? どうして? なにがあった?

 誰も、玲司の抱える疑問の答えを返してくれなかった。

 

 あの女性は、誰?

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