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第九十五話 揺らぐ炎

 甲賀の里を覆っていた深い霧は晴れ、澄み切った秋の空が広がっていた。しかし、宗則の心には、晴れない霧が立ち込めていた。六角家の怨念は、想像以上に根深く、その根源を断つ道筋は、まだ見えていなかった。



 三雲成持の屋敷に戻った宗則は、改めて、六合と綾瀬に、高槻城での出来事を語った。和田惟政の最期、信長様の冷酷な言葉、そして、自らの胸に渦巻く、拭い去れない疑念。



「…信長様は…本当に…この世を…救おうとしておられるのだろうか…?」



 宗則の言葉は、重く、部屋の空気を震わせた。綾瀬は、心配そうに宗則を見つめ、六合は、静かに目を閉じて、何かを深く考えているようだった。



「信長は、確かに、多くの血を流してきた。だが、彼は、同時に、古い秩序を壊し、新たな世を築こうとしている。彼のやり方が、正しいかどうかは、まだ、誰にも分からぬ。」



 六合は、ゆっくりと目を開き、宗則に語りかけた。



「宗則よ、お前は、信長を信じたいと願っておる。だが、同時に、彼のやり方に、疑問を抱いてもおる。それは、お前が、真に、人の心を理解しようとしている証じゃ。」



 六合の言葉は、宗則の心に、深く響いた。宗則は、陰陽師として、人の心の光と闇、その両面を見てきた。信長様の心にも、光と闇、両方が存在するのかもしれない。



「…私は…どうすれば…良いのじゃ…?」



 宗則は、自問自答した。信長様に仕え続けるべきか、それとも、別の道を探すのか。答えは、簡単には見つかりそうになかった。



「今は、まだ、答えを出す必要はない。お前は、自らの心に従い、進むべき道を、探し求めれば良い。」



 六合は、静かに言った。



「そして、その道が、信長と同じであろうと、違っていようと、わしは、お前を見守っておる。」



 六合の言葉に、宗則は、勇気づけられた。彼は、六合の言葉に、感謝の気持ちを表した。



「…ありがとう…六合…。」



 その時、屋敷の外から、慌ただしい足音が聞こえてきた。扉が勢いよく開き、一人の忍びが、息を切らしながら、部屋に入ってきた。



「宗則様! 至急、京へお戻りください! 信長様より、お呼び出しでございます!」



 忍びの言葉に、宗則は、驚きを隠せない。信長様からの呼び出しとは、一体、何事なのだろうか?



「…何か…あったのか…?」



 宗則は、忍びに尋ねた。



「詳しくはお伝えできませんが…急を要する事態のようです…。」



 忍びは、そう答えると、再び、屋敷の外へと走り去っていった。



 宗則は、綾瀬と六合に、視線を向けた。



「…行くぞ…。」



 宗則は、静かに言った。彼の心には、不吉な予感が、渦巻いていた。



 京へと戻る道中、宗則は、信長様からの呼び出しについて、考えを巡らせていた。一体、何が起こったのか? 信長様は、今、何を考えているのか?



 宗則は、自らの陰陽師としての能力を使って、信長様の心を読み解こうとした。しかし、信長様の心は、深い霧に包まれており、宗則の力では、見通すことができなかった。



(…信長様…一体…何を…?)



 宗則の不安は、募るばかりだった。



 京に到着した宗則は、すぐに、二条城へと向かった。城内は、物々しい雰囲気に包まれていた。兵士たちは、皆、緊張した面持ちで、武器を手に、周囲を警戒していた。



 宗則は、信長様のいる部屋へと通された。部屋に入ると、信長様は、机に向かい、地図を広げていた。その顔色は、険しく、眉間には深い皺が刻まれていた。



「宗則、来たか。」



 信長様は、宗則の姿を見るなり、顔を上げた。



「…信長様…お呼び出しとは…一体…?」



 宗則は、信長様に尋ねた。



「比叡山じゃ。」



 信長様は、地図の上で、比叡山を指差した。



「比叡山…?」



 宗則は、信長様の言葉に、驚愕した。比叡山は、延暦寺という、日本仏教の総本山がある、聖地であった。



「比叡山延暦寺は、わしの天下統一にとって、邪魔な存在じゃ。わしは、比叡山を、焼き討ちする。」



 信長様の言葉は、冷酷だった。宗則は、信長様の言葉に、言葉を失った。



「…な、なぜ…?」



 宗則は、震える声で、尋ねた。



「比叡山延暦寺は、多くの僧兵を抱え、各地の反信長勢力と、繋がっておる。奴らは、わしの天下統一を阻もうと、画策しておるのだ。わしは、奴らを、許すわけにはいかぬ。比叡山は、もはや、仏の道場ではなく、私欲にまみれた賊の巣窟と成り果てた。わしは、この手で、比叡山を浄化する。」



 信長様の言葉は、静かだったが、その中には、激しい怒りと、断固たる決意が込められていた。宗則は、信長様の言葉に、反論することができなかった。



「宗則、貴様には、比叡山への使者として、行ってもらう。」



 信長様は、宗則に、命じた。



「…比叡山へ…?」



 宗則は、信長様の言葉に、驚愕した。



「そうだ。貴様は、比叡山延暦寺に行って、覚恕に、降伏を勧告するのじゃ。それが、多くの血を流さずに済む、唯一の方法じゃ。」



 信長様は、冷酷な目で、宗則を見つめた。



「…覚恕様に…?」



 宗則は、言葉を詰まらせた。覚恕は、宗則の実の父であった。宗則は、父に、信長様に降伏するよう、説得することなど、できなかった。



「…それがしには…できませぬ…。」



 宗則は、信長様に、頭を下げた。



「…何だと…?」



 信長様の目は、怒りに燃えた。



「…貴様は…わしの命令に…逆らうというのか…?」



「…申し訳…ござりませぬ…信長様…しかし…それがしには…父に…刃を向けることなど…できませぬ…。」



 宗則は、信長様の怒りを、恐れながらも、自らの意思を、曲げなかった。信長様の天下統一のために、多くの犠牲が出ていることは、宗則も理解していた。しかし、自らの父に弓引くことだけは、どうしても受け入れられなかった。



 信長様は、しばらくの間、沈黙していた。そして、深く息を吐くと、静かに言った。



「…良いだろう…。ならば…貴様には…別の役目を…与えよう…。わしは、比叡山を焼き討ちする。その際、多くの民が、巻き添えになるであろう。貴様には、彼らを救い出すよう、命じる。」



 宗則は、信長様の言葉に、驚きを隠せない。比叡山焼き討ち。それは、あまりにも、残酷な行為であった。しかし、信長様は、それを、実行しようとしていた。



「…承知いたしました…信長様…。」



 宗則は、信長様に、深く頭を下げた。彼は、信長様の命令には逆らえなかった。しかし、同時に、信長様のやり方に、疑問を抱かずにはいられなかった。



(…信長様…貴方は…本当に…この世を…救おうとしておられるのですか…?)



 宗則の心は、深く、傷ついた。彼は、信長への忠誠心を、失い始めていた。



 宗則は、信長様の部屋を出て、自室に戻った。彼は、一人、静かに座禅を組んだ。



(…私は…一体…何を…しているのだ…?)



 宗則は、自問自答した。彼は、信長様に仕えることで、戦乱の世を終わらせようとしていた。しかし、その過程で、彼は、多くの命が失われていくのを、目の当たりにしてきた。そして、今、彼は、信長様の命に従い、比叡山焼き討ちに、加担することになる。



(…本当に…これで…良いのだろうか…?)



 宗則の心は、揺れていた。彼は、自らの進むべき道に、迷い始めていた。



 その時、六合が、宗則の肩に、手を置いた。



「宗則よ、苦しむでない。お前は、お前のできることを、すれば良い。わしは、かつて、多くの戦を見てきた。そして、多くの者が、自らの信念のために、命を落としていくのを見てきた。彼らの多くは、無念を抱きながら、この世を去っていった。だが、彼らの死は、決して、無駄ではなかった。彼らの死は、後に続く者たちの心に、希望の火を灯したのじゃ。」



 六合は、静かに言った。



「宗則よ、お前は、まだ、若い。お前には、無限の可能性がある。自らの心に従い、信じる道を歩むのじゃ。たとえ、その道が険しく、困難な道であろうとも、決して、諦めるな。わしは、お前を信じている。」



 六合の言葉は、温かかった。宗則は、六合の言葉に、励まされる思いがした。



「…ありがとう…六合…。」



 宗則は、深く頭を下げた。彼は、自らの進むべき道を、自分で、見つけることを、決意した。



 宗則は、目を開き、立ち上がった。彼は、自らの運命を受け入れ、信長様と共に、戦乱の世を終わらせるために、戦い続けることを、決意した。しかし、同時に、彼は、信長様のやり方だけに、従うのではなく、自らの信念に基づいて、行動することを、決意した。



 宗則は、綾瀬と共に、比叡山へと向かった。彼の心には、不安と、決意が、入り混じっていた。

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