第八十三話 運命の光
比叡山の山道を進んでいく途中、宗則はときおり足を止めて息を整えた。手にした和睦の勅書が、その手の中で重々しい存在感を放っている。
信長から託された使命を果たすために、彼は比叡山に向かう。目の前には、天皇から託された一枚の勅書が待ち構えていた。
比叡山の山門にたどり着いた宗則は、緊張の中で山門をくぐった。比叡山の法主である覚恕との面会が待っている。
覚恕は、正親町天皇の異母弟であり、僧として民衆を救う道を模索していたが、抗戦派を抑えられない無力感と戦い続けていた。
宗則が覚恕の元に通され、静かに座する覚恕の前に頭を下げた。
「覚恕様、御上から和睦の勅書を賜りに参りました。信長様の意向に従い、平和をもたらすための道を歩んでいただきたく存じます」
覚恕は厳かに宗則を見つめ、その言葉に耳を傾けた。彼の眼には深い無力感と葛藤が宿っていた。
「私は僧でありながら、十分に民を救えず、抗戦派を抑える力もない…。皇族に生まれながらこの国のために何か出来ぬかと藻掻いてきた。宗則。やっとここまで来たのだ。幼き日にこの比叡に参り、40有余年を迎える。儂の命もそう長くはないだろう」
覚恕の言葉にはその無力感が滲み出ていた。
「義兄上の勅書を持って参った以上、和睦の道を模索するのは当然のこと。しかし、抗戦派を抑えきれるかどうか…。信長は我らの道を断ち、屍の上に新しい世を作ろうとしておる。宗則よ。我らに滅びよというは、余りに惨くはないか?」
「覚恕様……。信長様は和睦に応じてくだされば、織田家が取り上げた寺領を返還すると仰せです。和睦に応じて頂けないとしても、せめて中立を保って頂けませぬか」
その時、宗則の背中の烏のあざが突然光を放った。その光に驚いた覚恕は目を見開き、その光景に目を奪われる。
「この光…」
覚恕はしばし何かを考え込み、その後、静かに口を開いた。
「宗則よ。その背中はいつから……」
「覚恕様。生まれつきにございます。皆がいうには、烏のようなあざがあると」
「そうか……宗則よ、先程の申し出、真であろうな?儂の言うことをどこまで聞くかはわからんが、奴らとも話をしなければなるまい。今日はこれにて帰られよ。」
覚恕は続けて、
「それと……機会があれば、大和の興福寺に行くがよい。そこには、幸徳井家という、陰陽道に明るい家がある。きっとお前を導くだろう。儂が紹介状を用意しよう」
宗則は一瞬ためらいながらも、覚恕の言葉に従い、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、覚恕様。必ず興福寺に向かいます」
面談を終えた後、覚恕は宗則と別れた。しかし、その瞳には何かを隠すような光が宿っていた。宗則が去った後、覚恕は静かに独り言を漏らした。
「宗則…やはり、あの時の子なのか。あの背中のあざを持つ者が、こんなところで現れるとは…」
その言葉は深い思索と共に、未来に向けた新たな展開の始まりを告げていた。
一方で、宗則は比叡山を後にし、宇佐山城への道を急いだ。彼の手には覚恕から渡された紹介状が握られている。
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