第六十七話 裏切りの瞬間
信長の語りかける言葉に応じた兵士たちの列が、緊張の中で整然と進軍を続けていた。
「朝倉勢力を制圧せよ。ここで勝利を収め、若狭・越前を切り取るのだ」
織田・徳川連合軍は、天筒山城を皮切りに敦賀郡の朝倉氏側の城に攻撃をかけ、疋壇城、金ヶ崎城を次々に下していた。
信長が本陣にて寛いでいた時、二人の伝令が駆け込んできた。
伝令の一人が跪いて叫んだ。
「敦賀にて浅井長政様の軍勢と交戦中です。我が方は不意を突かれ、防戦中とのことです」
信長は鼻を鳴らして答えた。
「長政殿はお市の夫。我らに襲い掛かるはずがない。次の報告をせよ」
続いて二人目の伝令が跪いて報告する。
「お市様から陣中見舞いが届いております。赤い袋から先に開けてほしいと強く言い含められております」
信長は不思議そうに言う。
「不思議なことをいうものよ。赤い袋とやらを持って参れ」
近習が赤い「両端を縛った小豆の袋」を信長の前に差し出す。
信長はその袋を開け、中身を確認すると、表情が険しくなった。
「浅井長政が裏切った…」
瞬時に状況を理解した信長は大声で叫ぶ。
「陣中見舞いを持って参った者をここへ呼べ!」
陣幕の外に控えていた綾瀬が信長の前に跪いて報告する。
「青い袋もご覧ください」
信長は近習から青い袋を奪い取り中を覗く。中には崩れかけた木片が複数入っていた。
「この青い袋もお市からか?」
綾瀬は短く答える。
「宗則様からでございます」
信長はちらりと綾瀬を見たが、すぐ木片に目を移した。
「触るとボロボロと崩れるではないか。崩れる朽ちた木……」
何かに気がついた信長は急遽、撤退の決断を下した。台座にあったものを叩き落とし、敦賀の地図を睨みつける。
「全軍撤退だ!我々は戦略的に撤退し、京に戻る。藤吉郎、殿軍を務めよ」
藤吉郎はその命令を受け立ち上がった。
「任せてください、信長様。殿を務め、我らが無事に撤退できるように支えます」
撤退が始まり、統率の取れた動きで戦場を離れようとする信長軍。しかし、浅井・朝倉連合軍の追撃はすぐに始まり、戦場は混沌としてきた。
藤吉郎の指揮する殿軍が奮戦する中で指示が飛び交う。
「皆、退却の準備を急げ!敵の追撃を阻止するのだ!」
信長は撤退ルートを確認し冷静に指示を出す。兵たちは必死に戦いながら後退し、小豆の袋から得た情報を元に道を確保していった。
「藤吉郎、負傷者を運び出せ!退路を確保し、進路を守れ!」
信長の冷徹な声が戦場に響く。
浅井・朝倉の猛攻が信長軍を襲う。激しい戦闘が繰り広げられ、兵たちの叫び声が轟く。
「信長の軍を叩き潰せ!逃がすな!」
義景の猛攻を前に、信長軍の士気は試される瞬間が続いた。藤吉郎の指示の下、兵たちは必死に戦い、退却を続けた。
宗則は小谷城から京に戻る最中、敦賀の方角を望みつつ、冷静に星を観察する。信長の期待に応えるため、自らの役割を全うする。心の中で義昭への忠誠も忘れず、戦局を分析し続けた。
「義昭様への忠誠も守らなければならない。だが、信長様の命運はここでは終わらぬようだ」
信長軍の撤退が順調に進む中、至る所で激しい戦闘が続いた。兵たちの汗と血が戦場を染め、重苦しい空気が漂っていた。
「藤吉郎、殿軍の任を全うせよ。我らが無事に京へ戻るまで、全力で戦え」
信長の冷徹な声が兵たちを奮い立たせた。激しい攻撃を受けつつ、信長陣営は冷静に、統率の取れた動きを見せ続けた。
撤退戦は激化しつつも、信長軍は綾瀬が伝えた撤退ルートを駆使し、無事に京への道を進んだ。
「退却は成功だ。我らは犠牲を最小限に抑えた。だが…」
信長は険しい表情で義昭との対話を予感していた。
一方、義昭はその動向を冷静に見守っていた。
「この戦いによって、我々の結束が試される時が来た。信長の動きを見極め、我々の立場を強化せねばならぬ」
義昭の言葉に、公家衆や宗教勢力は一同、決意を新たにした。
その頃、浅井長政と朝倉義景は信長の動きに惑わされず、連携して信長軍を追いつめる作戦を練る。彼らの瞳には抑えきれぬ怒りと決意が宿っていた。
「信長の軍を叩き潰せ。これが我々の歴史と誇りを守るための戦いだ」
義景の言葉に、長政も深く頷く。
信長の撤退が成功し、戦局は次第に収束し始めた。しかし、宗則の心にはまだ揺れる思いが残っていた。信長との今後の関係、義昭への忠誠、その狭間で心は揺れ動く。
信長は京に戻ると、即座に義昭との交渉を開始した。
「義昭様、今回の撤退は一時的なものに過ぎない。我々がこの国を治めるための礎を築くまで、戦いは続く」
義昭は冷静に言葉を返す。
「信長殿、和睦を模索することがこの国の平穏を保つ方法です。我々も共に平穏を築く一員として、協力を求めます」
その対話は一触即発の様相を呈しているが、公家勢力と宗教勢力が間に入ることで、一時的な調停が成立する。
宗則はその様子を見守りながら、自らの役割に思いを巡らせた。瞳には決意が宿っていた。
「天下の安寧を願う者として、私は今後も乱世での道を切り開いていく。この地を守るために、信長様、義昭様、どうかご理解を」
宗則の言葉に、信長も義昭も深く頷き、その目には新たな戦いへの覚悟が宿っていた。
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