第六十一話 義昭の決断と漣の失脚
二条城の庭では、菖蒲の花の芳醇な香りで満たされていたが、そんな晴れやかさとは裏腹に足利義昭は南蛮との接触や宗教勢力の反発に悩み続けていた。
信長との関係も揺らぎ、彼の心には深い苦悩が渦巻いていた。
公家内の動揺もまた彼の心を落ち着けることなく、一層その感情を複雑にしていた。
このような状況の中、保守派公家の一人、二条晴良が義昭に対して冷静にささやきかけていた。
「義昭様、南蛮との接触は確かに新たな機会をもたらしますが、その裏には多くの危険が潜んでいます。信長殿との関係を見直さねばなりません」
晴良の言葉は慎重ながらも、その裏には汚れた策略が隠されている。純粋無垢な義昭はその表面的な言葉にほだされ、その真意を見抜くことができないでいた。
「私はただ、足利幕府の威光により世に平穏をもたらしたいだけなのです、晴良卿。信長殿の行動は確かに好機であるかもしれません。ただ同時に、我々に新たな難題を抱えさせています」
処理しきれないほどの問題を前に、義昭は焦燥した表情で語る。
晴良は義昭の反応に陰険な微笑みを浮かべ、さらに影響力を強めようと心を巡らせた。
その一方で、近衛前久も義昭の行動に警戒していた。
彼の兄の死に関与する噂が広まり、義昭はその真相を探るために調査を進めるも、晴良の狡猾な策謀に翻弄され続けていた。
「身内の前久殿が、そんなことをするはずがない…だがこの噂、その真偽は一体どこにあるのか」
義昭の心の奥底には疑念が募りつつも、晴良がささやく「全ては信長が原因。そして信長と近衛は連携している」という言葉に、次第に不安の影を深めていった。
その疑念は義昭の信長への不信を徐々に強め、義昭を表面的な言葉に縛りつけた。
その頃、宗則は漣や春蘭と協力し陰謀を解き明かそうとしていた。
しかし、その動きが公家内で露見し、協力関係が疑わしい目で見られるようになった。
二条晴良の派閥が動き出し、宗則たちを追いつめようとする。
「宗則殿、この状況を何とか打開しなければなりません。我々の協力が露見したことは致命的ですが、まだ諦めるわけにはまいりません」
春蘭は焦燥感を滲ませながら語りかけた。
漣は冷静な微笑みを浮かべつつ、吐き捨てる。
「宗則殿、吾らが得るべき利がある限り協力は続ける。しかし、信頼の重みを忘れるな」
義昭は近衛前久と漣の動きに対して徹底的な調査を命じた。
その結果、晴良派の工作もあり、前久の罪が明らかになった。義昭はその事実を突きつけられ、苦渋の決断を下す。
「前久殿、その行いは許されるべきではない。お前を朝廷から追放する」
義昭の言葉に前久は驚愕し、その目には怒りと屈辱が交錯していた。
「何たる暴挙か…だが、これを受け入れざるを得ないのか」前久は力なく呟いた。
さらに、漣の陰謀関与が明らかとなったことで、義昭は彼に対しても苦渋の選択を迫られることとなる。
「漣、君もまた陰謀に関わっていたのか…すまぬが、退いてもらわねばならぬ」
義昭の言葉に漣は冷酷な笑みを浮かべながらも、その瞳には怒りと無念が宿っていた。
名門藤原家の血統を持つ漣にとって、失脚は耐えがたい屈辱であった。
「宗則、この裏切りは決して忘れない。いずれその代価を払わせてやる」
漣は心の中で滾る怒りを抑えられず、拳を震わせた。
「名門藤原の血統が失脚させられるとは…宗則、お前の行為を決して許さぬ」
一方、宗則は義昭の傍らで立ち尽くし、自らの行いが漣に対する裏切りと受け取られたことを悔いる。
「裏切ってなどいない…そんなつもりはなかったのだ」
義昭は宗則の肩に手を置き、目の前の星を見つめながら穏やかに問いかけた。
「宗則、お前は私の味方であろう?そちは本圀寺でも命をかけて私を守ってくれた…」
義昭の言葉に宗則は一瞬迷いを感じながらも、冷静に答えた。
「義昭様、私は天下の安寧を願う者です。今はそのためにお支えすることが私の使命です」
宗則は中立の立場を望む自身と義昭への敬意の間で揺れ動いていた。
しかし、義昭の側に立ち、その使命に身を委ねることが今の自分に求められると実感していた。
義昭と漣の関係は一瞬で変わり、漣は新たな恨みを胸に反抗に転じる決意を固めた。
それは名門の誇りを傷つけられた怒りであり、宗則に対する深い憎悪となって彼の心に刻まれた。
一方、宗則は義昭を支えながらも新たな陰謀に立ち向かう覚悟を強めていた。
続く
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