第五十七話 巻物の神秘と試練
白雲斎の葬儀が終わり、宗則は、一人、琵琶湖の湖畔に佇んでいた。
師を失った悲しみと、「泰山府君祭」の術を使ったことへの罪悪感、そして、自らの身に起こる変化への不安が、彼の心を、重く押しつぶしていた。
冷たい風が吹き付け、湖面には、さざ波が立っていた。
空は、どんよりと曇り、今にも、雪が降り出しそうだった。
「師匠…」
宗則は、白雲斎の名を、心の中で、呟いた。
「わたくしは、一体、どうすれば、良いのでしょうか…?」
その時、宗則の懐で、土御門有春から授かった巻物が、熱を帯び始めた。
彼は、巻物を取り出し、開いてみた。
巻物には、不思議な符号が描かれており、宗則の背中のあざが、それに反応するように、激しく痛み出した。
「うっ…!」
宗則は、痛みに耐えきれず、その場に、崩れ落ちた。
その時、彼の意識は、闇の中へと、引きずり込まれていった。
(…ここは…?)
宗則が目を覚ますと、そこは、見慣れない場所だった。
あたり一面が、赤い砂で覆われた、荒涼とした大地。
空には、黒い太陽が、不気味に輝いていた。
宗則は、周囲を見回し、困惑した。
乾いた風が吹き付け、彼の頬を刺す。
遠くからは、獣の咆哮が聞こえてくる。
その時、彼の目の前に、巨大な黒龍の姿をした式神、騰蛇が現れた。
騰蛇は、漆黒の鱗で覆われ、鋭い牙と爪を持っていた。
その目は、燃えるような赤色で、宗則を、射抜くように見つめていた。
「よくぞここまで来たな、宗則」
騰蛇は、低い声で、宗則に語りかけた。
その声は、地響きのように、宗則の体に響き渡った。
「わしは、騰蛇。十二天将の一人じゃ」
「白雲斎の死と、お主の苦悩をきっかけに、わしは解放された」
「貴様が、我を使役するにふさわしいか、試練を与えよう」
「試練…?」
宗則は、騰蛇の言葉に、身構えた。
しかし、彼の意識は、まだ、白雲斎の死のショックと、「泰山府君祭」の術の反動から、完全に回復していなかった。
思考が、うまくまとまらない。
頭の中は、白雲斎の記憶と、自らの感情が、入り混じり、混沌としていた。
「十二天将とは、かつて、陰陽師・安倍晴明に仕えていた、強力な式神のことじゃ。
わしらは、それぞれ異なる能力を持ち、この世のバランスを守るために、陰陽の力を操っていた」
騰蛇は、宗則に、そう説明した。
「しかし、わしらの力は、あまりにも強大すぎたため、晴明は、わしらを、『烏の巻物』に封印したのじゃ」
「そして今、お主の力によって、わしは、再び、この世に解放された」
騰蛇は、宗則を、鋭い眼光で見据えた。
「貴様は、わしを使役する資格があるのか? 試練を乗り越えてみせよ」
「この世界に、試練の石が隠されている。それを見つけ出し、解放するのだ。勇気と決意を証明せよ」
騰蛇は、そう言うと、宗則を、一人、荒涼とした大地に、残して、姿を消した。
宗則は、不安と恐怖を感じながらも、試練に挑むことを決意した。
彼は、歩き始めた。
赤い砂漠の中を、ただひたすらに、歩き続けた。
(師匠…私は…)
宗則は、心の中で、白雲斎に、語りかけた。
(私は…この試練を…乗り越えることができるのでしょうか…?)
その時、彼の背中のあざが、熱く脈打つように感じた。
それは、まるで、八咫烏が、彼に、何かを伝えようとしているかのようだった。
(迷うな、宗則。お前の心が、答えを知っている…)
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせた。
彼は、自らの運命を受け入れる覚悟を決めた。
そして、再び、歩き始めた。
(続く)
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