表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/168

第五十四話 水の儀式と白蛇の試練

土御門家近くの湖。

永禄十二年(1569年)秋。

湖面は鏡のように静かで、空の青と周囲の山々の緑を映し出していた。

時折、小鳥のさえずりが聞こえ、静寂の中に、生命の息吹を感じさせた。

宗則は、水の儀式に挑むため、静かに湖畔に佇んでいた。



「宗則殿、水の儀式は、他の儀式とは異なる。水の力は、変化と浄化を司る力じゃ。己の過去を受け入れ、新たな自分へと生まれ変わる覚悟がなければ、その力に飲み込まれてしまうでしょう」



有脩は、厳しく言い放った。

宗則は、静かな湖面を見つめながら、静かに息を呑んだ。

彼の背中のあざが、冷たく疼き始め、まるで、湖の冷たさと共鳴するかのように、脈打つ。

その痛みは、宗則の心の奥底にある、過去の傷と、未来への不安を、呼び覚ますようだった。



「覚悟はできております」



宗則は、震える声で答えた。

有春が、静かに宗則に近づき、古びた木箱を取り出した。

箱を開けると、中には、水鏡のように澄み切った、水晶玉が置かれていた。

水晶玉は、青白く輝き、周囲の空気を、冷たく、澄んだものに変える。

宗則は、その水晶玉から、清らかで、しかし、底知れぬ力を感じ、身が引き締まる思いがした。



「これは、代々、土御門家に受け継がれてきた、『水精の宝玉』じゃ」



有春は、水晶玉を宗則に手渡した。

宗則は、恐る恐る水晶玉を受け取ると、その冷たさに、思わず手を引っ込めた。

水晶玉は、彼の迷いや葛藤を洗い流そうとするかのように、冷たく、しかし優しく、彼の掌に収まった。



「この水晶玉を握りしめ、滝壺に身を沈めるのじゃ、宗則」



有春は、静かに、しかし力強く言った。

宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。

しかし、彼の心は、不安でいっぱいだった。



(私は、水の力を制御できるのだろうか?)



宗則は、自問自答した。

滝壺に身を投じることへの恐怖が、彼を躊躇させた。



その時、彼の耳に、八咫烏の静かな声が聞こえた。



(恐れるな、宗則。水は、命の源。そして、変化を象徴する)



(水の流れに身を委ね、その力を感じ取るのだ)



八咫烏の言葉に勇気づけられ、宗則は水晶玉を握りしめ、滝壺へとゆっくりと足を踏み入れた。



滝壺の水は、想像を絶する冷たさで、宗則の身体を鋭く刺すようだった。

轟轟と響く滝の音は、彼の鼓膜を打ち、心を揺さぶる。

水精の宝玉が、青白い光を放ち、周りの水の流れを、ゆっくりと変えていく。



宗則は、宝玉を胸に抱きしめ、目を閉じた。

自らの心を、水の流れに委ねようとした。



(滝の音が、轟轟と響き、水しぶきが、容赦なく、私の体に降り注ぐ。冷たい水が、私の心を、洗い流していくようだ…)



その時、宗則は、水精の宝玉が、温かくなるのを感じた。

宝玉から、白い光が放たれ、宗則の身体を包み込んだ。

宗則は、水精の宝玉の力、水のエネルギーが、自らの体の中に流れ込んでくるのを感じた。

それは、清らかで、力強い、そして、温かいエネルギーだった。

宗則は、水の流れを感じ、水と一体になるような感覚を覚える。



(…これが…水の力…)



宗則は、心の中で、呟いた。

彼の心は、静かで、穏やかだった。



その時、湖面が、波打ち始めた。

そして、湖の水が、宗則の身体を包み込み、彼を、湖底へと引きずり込んでいった。



(な、なんだ!?)



宗則は、必死に抵抗しようとしたが、水の流れは、強く、彼は、湖底へと沈んでいった。

湖底は、冷たく、暗く、そして、静かだった。

水精の宝玉だけが、青白い光を放ち、宗則の不安を、わずかに和らげていた。

その時、彼の体は、水に溶け込むように、変化していくのを感じた。



(私の体が…!?)



宗則は、驚愕した。

彼の腕は、鰭に変わり、足は、尾びれに変わり、そして、彼の全身は、鱗で覆われていった。



(私は…人魚に…?)



宗則は、自らの姿の変化に、恐怖を覚えた。

その時、彼の耳に、声が聞こえてきた。



「恐れることはない、若き陰陽師よ」



声のする方を見ると、そこには、巨大な白蛇の姿をした水の精霊がいた。

白蛇は、長い体躯をくねらせながら、宗則に近づくと、その巨大な瞳で、彼をじっと見つめた。

その瞳は、かつては、湖の水のように、澄み渡っていたというが、

今は、濁り、光を失っていた。



「わしは、この湖を司る、水の精霊じゃ」



「水は、変化を象徴する元素じゃ。お前は、今、水の力によって、その本質を体感しているのじゃ」



「変化を恐れるな、宗則。変化こそが、成長の証じゃ」



宗則は、白蛇の言葉に、心を落ち着かせようとした。

彼は、深呼吸をし、自らの変化を受け入れようとした。

すると、彼の心は、水のように、静かで、穏やかになった。



「水の精霊様、わたくしは、水の力を制御する術を学びたいと思っております」



宗則は、白蛇の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。

白蛇は、宗則の決意を聞いて、大きく口を開けた。

その口からは、鋭い牙が覗き、宗則は、思わず、身震いした。



「良いだろう、宗則。わしは、お前を試してみよう」



白蛇は、宗則に、試練を与えた。

それは、水の力を制御し、変化の術を習得する試練だった。



「わしの姿をよく見よ、宗則。そして、わしの動きを真似るのじゃ」



白蛇は、そう言うと、水の中を、自在に泳ぎ始めた。

その動きは、優雅で、力強く、そして、水の流れと一体になっていた。

宗則は、白蛇の動きを、目に焼き付けようと、必死に、彼を追いかけた。



(続く)


数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


気が向きましたらブックマークやイイネをお願いします。

また気に入ってくださいましたらこの後書きの下部にある⭐︎に高評価を宜しくお願い致します。


執筆のモチベーションが大いに高まります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ