第五十二話 土の儀式
土御門家近くの洞窟。
そこは、古来より、大地の精霊が宿ると伝えられる場所で、土の気が、濃く満ちていた。
洞窟の入り口は、ツタや苔に覆われ、その奥からは、ひんやりとした空気が流れ出ていた。
宗則は、土の儀式に挑む前に、自らの弱さや過去のトラウマと向き合う試練を課せられることになった。
「宗則殿、土の儀式は、他の儀式とは違います。土の力は、安定と基盤を司る力。しかし、その力は、時に、大きな破壊力をもたらす。己の心をしっかりと地に足をつけていなければ、その力に飲み込まれてしまうでしょう」
有脩は、厳しく言い放つ。
宗則は、洞窟の奥へと続く、暗い道を、見つめながら、静かに息を呑んだ。
彼の背中のあざが、熱を帯び始め、まるで、大地の鼓動と共鳴するかのように、脈打つ。
その痛みは、宗則の心の奥底にある、恐怖と不安を、呼び覚ますようだった。
「覚悟はできております」
宗則は、震える声で答えた。
有春が、静かに宗則に近づき、古びた箱を取り出した。
箱を開けると、中には、土のエネルギーを吸収する力を持つという、小さな土偶が置かれていた。
土偶は、黒く光り、周囲の空気を、重くする。
宗則は、その土偶から、大地の底知れぬ力を感じ、恐怖に身震いした。
「この土偶は、代々、土御門家に受け継がれてきた、『地の守り人』じゃ」
有春は、土偶を宗則に手渡した。
宗則は、恐る恐る土偶を受け取ると、その冷たさと重さに、思わず手を引っ込めた。
土偶は、彼の心の奥底にある、恐怖や不安を、鎮めようとするかのように、冷たく、重く、彼の掌に、のしかかった。
「この土偶を握りしめ、洞窟の奥へ進むのじゃ、宗則」
有春は、静かに言った。
彼の声は、静かだったが、力強かった。
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
しかし、彼の心は、恐怖で、いっぱいだった。
(私は…できるのだろうか…?)
宗則は、自問自答した。
彼は、洞窟の奥へ進む勇気が、出なかった。
その時、彼の耳に、八咫烏の声が聞こえた。
(恐れるな、宗則。わしが、導こう…)
宗則は、八咫烏の声に、勇気づけられた。
彼は、土偶を握りしめ、洞窟の奥へと、一歩を踏み出した。
洞窟の中は、ひんやりとしていて、湿った土の匂いがした。
宗則は、一歩一歩、慎重に、進んでいった。
洞窟の壁からは、水が滴り落ち、その音が、静寂の中に、不気味に響き渡る。
時折、コウモリが、宗則の頭上を、羽ばたき、彼を驚かせた。
しばらく進むと、宗則は、洞窟の奥に、光が見えるのに気づいた。
彼は、光に向かって、進んでいった。
光が近づくにつれて、宗則は、背中のあざが、熱く脈打つように感じた。
そして、彼は、その光の中に、巨大な土の精霊の姿を見た。
土の精霊は、人間の姿をしていたが、その体は、土でできており、
頭には、草木が生い茂っていた。
精霊は、宗則を、静かに見つめていた。
その目は、深く、そして、悲しげだった。
「よく来たな、若き陰陽師よ」
土の精霊は、低い声で、言った。
その声は、まるで、大地の唸りのようだった。
「わしは、この地の守り人、土の精霊じゃ」
「お前は、わしの力を求めて、ここに来たのか?」
宗則は、土の精霊の言葉に、恐れながらも、答えた。
「はっ、わたくしは、土の力を制御する術を学びたいと思っております」
「土の力か…」
土の精霊は、静かに言った。
「それは、強大な力じゃ。しかし、その力は、使い方を間違えれば、大きな災いをもたらす」
「わしは、かつて、人間に裏切られ、この地に封印された」
「わしの力を求める者は、皆、同じ過ちを繰り返す」
土の精霊の言葉は、悲しみに満ちていた。
宗則は、土の精霊の言葉に、心を痛めた。
「わたくしは、あなた様と同じ過ちは、繰り返しません!」
宗則は、土の精霊の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。
「わたくしは、この力を、人々を守るために、使います!」
土の精霊は、宗則の言葉を、静かに聞いていた。
そして、彼は、ゆっくりと、口を開いた。
「そうか…ならば…わしが、お前を試そう…」
土の精霊は、宗則に、試練を課した。
それは、土の力を制御し、洞窟から脱出する試練だった。
洞窟の壁から、土が崩れ落ち、宗則に襲いかかる。
天井からは、岩が落ちてくる。
宗則は、土偶を握りしめ、必死に、土の力を制御しようと試みた。
「臨兵闘者皆陣列在前…土よ…我が意のままに…」
宗則は、呪文を唱えた。
しかし、土の力は、暴走し、洞窟は、さらに激しく崩れ始めた。
「…ぐああああ…!」
宗則は、土砂に飲み込まれそうになった。
(…ダメだ…このままだと…!)
宗則は、絶望に駆られた。
その時、彼の耳に、八咫烏の声が聞こえた。
(宗則、落ち着くのじゃ! お前の心が乱れている!)
(土の力は、お前の心を映し出す鏡。心を静め、澄ませ、そして、力を一つに…!)
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
彼は、白雲斎の教えを思い出した。
(…陰陽の力…それは…己の心…を…映し出す鏡…心を…静め…澄ませ…そして…力…を…一つに…!)
宗則は、再び、呪文を唱え始めた。
「臨兵闘者皆陣列在前…土よ…我が意のままに…!」
今度は、彼の声に、迷いはなかった。
土の力は、宗則の意志に従い、静かに収まっていった。
崩れ落ちてきた土砂は、宗則の前で止まり、洞窟は、再び静寂に包まれた。
「…よくやった…宗則…」
土の精霊は、宗則に、静かに言った。
「…お前は…わしの…試練…を…乗り越えた…」
「…わし…の…力…を…受け継ぐ…資格…が…ある…」
土の精霊は、宗則に近づくと、彼の額に、手を触れた。
宗則は、土の精霊の力…大地のエネルギーが、自らの体の中に流れ込んでくるのを感じた。
「…この力…を…正しく…使うのじゃ…宗則…」
土の精霊は、そう言うと、光の中に消えていった。
宗則は、土の精霊の言葉に、深く頷いた。
彼は、土の力を、決して、悪用しないことを、心に誓った。
(続く)
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