第五十一話 火の儀式
土御門家の奥座敷。
静寂が支配するその部屋は、白檀の香りに包まれ、どこか厳かな雰囲気が漂っていた。
中央には、燃え盛る炎が渦巻く祭壇が置かれ、その熱気が、部屋全体を包み込んでいた。
炎の爆ぜる音が、静寂を切り裂き、宗則の心をざわつかせた。
宗則は、火の儀式に挑む前に、自らの過去と向き合う試練を課せられることになった。
「宗則殿、火の儀式は、他の儀式とは違います。火の力は、破壊と再生を司る力。己の心を焼き尽くす覚悟がなければ、その力に飲み込まれてしまうでしょう」
有脩は、厳しく言い放つ。
宗則は、燃え盛る炎を見つめながら、静かに息を呑んだ。
彼の背中のあざが、熱を帯び始め、まるで炎と共鳴するかのように、脈打つ。
その痛みは、宗則の心の奥底にある、恐怖と不安を、呼び覚ますようだった。
「覚悟はできております」
宗則は、震える声で答えた。
有春が、静かに祭壇に近づき、古びた箱を取り出した。
箱を開けると、中には、燃え盛る炎の中でも燃え尽きない、不思議な石が置かれていた。
石は、赤く輝き、周囲の空気を熱くする。
宗則は、その石から、禍々しいほどの力を感じ、恐怖に身震いした。
「この石は、代々、土御門家に受け継がれてきた、『火精石』じゃ」
有春は、石を宗則に手渡した。
宗則は、恐る恐る石を受け取ると、その熱さに、思わず手を引っ込めた。
石は、彼の心の奥底にある、恐怖や不安を、燃やし尽くそうとするかのように、熱く輝いていた。
「この石を握りしめ、炎の中へ入るのです、宗則」
有春は、静かに言った。
彼の声は、静かだったが、力強かった。
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
しかし、彼の心は、恐怖で、いっぱいだった。
(私は…できるのだろうか…?)
宗則は、自問自答した。
彼は、炎の中に飛び込む勇気が、出なかった。
その時、彼の耳に、八咫烏の声が聞こえた。
(恐れるな、宗則。お前は、一人ではない…)
宗則は、八咫烏の声に、勇気づけられた。
彼は、火精石を握りしめ、燃え盛る炎の中へと、一歩を踏み出した。
炎の熱が、宗則の身体を包み込む。
彼は、熱さに耐えきれず、叫び声を上げそうになった。
しかし、彼は、歯を食いしばり、耐えた。
その時、彼の目の前に、炎の壁が、現れた。
壁の向こうには、宗則の過去…彼が、最も見たくない、そして、決して忘れられない光景が、映し出されていた。
燃え盛る炎に包まれた家。
助けを求める、幼い自分自身。
そして、炎の中に消えていく、父の姿…。
「父上!」
宗則は、叫んだ。
しかし、彼の声は、炎の音にかき消され、父には届かなかった。
(なぜ…私は…あの時…何も…できなかった…?)
宗則は、自責の念に駆られた。
彼は、炎の力に、飲み込まれそうになった。
その時、炎の壁が割れ、中から、一人の男が現れた。
男は、宗則に、酷似した顔立ちをしていた。
しかし、彼の目は、冷たく、そして、残酷だった。
「貴様は、弱すぎる、宗則」
男は、宗則に、そう言った。
その声は、冷たく、鋭く、宗則の心を突き刺すようだった。
「貴様は、いつも、そうだった。父上を守ることも、できず、春蘭を守ることも、できず、そして、自分自身を守ることも、できず…」
男の言葉は、鋭い刃物のように、宗則の心を、抉った。
「違う!」
宗則は、叫んだ。
「私は、もう、あの頃の私ではない!」
「ならば、証明してみせよ、宗則」
男は、宗則に、にやりと笑いかけた。
その笑みは、蛇のように、冷たく、そして、不気味だった。
「このわしを、倒して、みせよ」
男は、宗則に、襲いかかってきた。
宗則は、とっさに、身をかがめ、男の攻撃をかわした。
そして、彼は、火精石を握りしめ、男に、立ち向かった。
「私は、もう、逃げません!」
宗則は、叫んだ。
彼の声は、炎の音に負けないほど、力強かった。
宗則は、火精石の力を使い、男に、攻撃を仕掛けた。
炎の力が、宗則の身体を駆け巡り、彼の拳から、炎の矢が放たれた。
男は、宗則の攻撃を、軽々と、かわした。
「そんな力で、は、わしには勝てぬぞ、宗則」
男は、冷たく笑った。
「諦めるな、宗則」
白雲斎の声が、宗則の耳に届いた。
その声は、静かだったが、力強く、宗則の心を支えた。
「炎は、恐ろしい力を、持っておる。しかし、それは、決して、悪なるものではない」
「炎は、闇を焼き払い、新たな命を生み出す力でもあるのじゃ」
白雲斎の言葉は、静かに、しかし、力強く、宗則の心に響き渡った。
宗則は、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
彼は、白雲斎の言葉を、何度も、心の中で繰り返した。
(炎は、闇を焼き払い、新たな命を生み出す力…)
宗則は、炎の持つ力の意味を、理解しようと努めた。
彼は、炎の中に、父の姿を見た。
しかし、今度は、父は、彼に、微笑みかけていた。
「宗則…強く…生きろ…」
父の言葉が、宗則の心に、響き渡った。
宗則は、ゆっくりと目を開けた。
炎は、まだ、彼の周りを、燃え盛っていた。
しかし、彼は、もう、恐れていなかった。
彼は、炎の力を受け入れる覚悟を決めた。
「私は、この力を、正しく使います。父上、そして、白雲斎様」
宗則は、静かに誓った。
その時、炎が、彼の身体を包み込んだ。
しかし、彼は、痛みを感じなかった。
むしろ、温かい光に包まれているような、心地よい感覚だった。
炎が消えると、宗則は、祭壇の前に立っていた。
彼の背中のあざは、赤く輝き、火精石は、彼の掌の中で、温かさを増していた。
そして、男の姿は、消えていた。
「よくやった、宗則」
有脩は、宗則に、静かに言った。
「お前は、火の儀式を、乗り越えた」
宗則は、安堵の息を吐いた。
彼は、火の力を、制御することに成功したのだ。
(続く)
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