第四十五話 三つの指示
永禄十二年(1569年)春。
京の都。
雪解け水が路地を流れ、凍てついた街に、春の息吹が、わずかに感じられるようになってきた。
信長は、宗則を、京の屋敷に呼び出した。
宗則は、信長の前に跪き、深々と頭を下げた。
「信長様、お呼びでござるか?」
信長は、宗則に、鋭い視線を向けながら、口を開いた。
「宗則、お主に、三つの重要な指示を与える」
信長の言葉には、有無を言わさぬ、絶対的な命令の響きがあった。
宗則は、緊張しながら、信長の言葉を待った。
「第一に、陰陽の力をさらに身に着けること。陰陽道の力を極め、わしの天下統一に、力を貸すがよい。若狭の土御門家には、優れた陰陽師がいると聞く。そこで修行を積み、さらなる力を得よ」
「第二に、光秀とは異なるルートで、朝廷と公家との人脈を作れ。陰陽道の力を駆使して、新たな影響力を持つが良い。公家たちは、古いしきたりに囚われ、変化を嫌う。しかし、中には、新しい時代を求める者もいるはずだ。彼らを見つけ出し、わしの味方につけよ」
「そして、第三に、細川藤孝らと協力し、足利義昭を監視せよ。ただし、注意深く行うのだ。義昭が何を考え、何をしようとしているのかを見逃さないように。義昭は、わしの力によって将軍の座に就いた。しかし、彼は、まだ若く、経験も浅い。わしを裏切る可能性もある。油断はできぬ」
信長は、一つ一つの言葉を、ゆっくりと、噛み締めるように言った。
その言葉には、彼の天下統一への強い意志と、冷酷なまでの決意が込められていた。
信長は、宗則に、5,000石の領地を与えることを告げた。
「また、本圀寺での働きに対し、5,000石の領地を与える。これをもって、お前の新たな使命を果たすために使え。家臣団を作り、領地を治めるのだ。もし家臣のあてがないのであれば、兄弟親族を取り立て大事にせよ。ただ、信用しすぎてはならぬ」
「はっ!」
宗則は、信長の言葉に、身が引き締まる思いがした。
彼は、信長の期待に応えたいと思う一方で、大きな責任を負うことに、不安を感じていた。
(私に、本当に、これだけのことが、できるのだろうか…?)
宗則は、不安に駆られた。
彼は、まだ、自らの力に、自信を持つことができなかった。
「必ずや、ご期待に沿えるよう、粉骨砕身、励みます!」
宗則は、信長の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。
信長は、満足そうに頷いた。
そして、宗則に、任地への朱印状を手渡した。
宗則は、信長から受け取った朱印状を、しっかりと握りしめた。
それは、彼にとって、新たな人生の始まりを告げる、重要な証であった。
「宗則、お主は、わしの期待を裏切るな」
信長は、そう言うと、宗則に、退出を促した。
宗則は、一礼し、部屋を出て、大きく息を吐いた。
信長の言葉は、彼に、大きな重圧を与えていた。
(信長様、私は、必ず、あなたの期待に応えてみせます)
宗則は、心の中で、誓った。
(しかし、私は、本当に、信長様のお役に立てるのでしょうか?)
宗則は、自らの力不足を、痛感していた。
(私は、もっと、強くなければならない…!)
宗則は、決意を新たにした。
宗則は、義昭に挨拶に向かった。
義昭は、信長が美濃へ戻った後も、京に残り、将軍として、政務を執っていた。
「義昭様、信長様からの指示に基づき、新たな任地へ赴く前にご挨拶に参りました」
宗則は、義昭の前に跪き、深々と頭を下げた。
「宗則か、よくぞ戻ってくれた! お主の働き、そして、あの夜のお主の言葉が、わしを、そして兵たちを、どれほど勇気づけてくれたことか… わしは、お主の働きに、心から感謝しておるぞ!」
義昭は、宗則の両手をとり、彼を立たせると、満面の笑みで言った。
宗則は、義昭の言葉に、胸が熱くなった。
義昭は、宗則のことを、本当に信頼してくれているようだ。
「はっ、ありがたき幸せにございます」
宗則は、頭を下げた。
「宗則、新たな領地での成功を祈っておる。されど、陰陽道の修行も、怠るでないぞ。若狭の土御門家には深い知識があると聞いている。訪れてみる価値はあるであろう」
宗則はその言葉に深く感謝し、答えた。
「有り難きお言葉、心に留めておきます」
義昭に別れを告げ、宗則は、春蘭の屋敷を訪れた。
広間の奥にある、春蘭の部屋に通されると、彼女は床几に腰掛け、静かに香を焚いていた。
白檀の香りが、静かに部屋に広がっている。
「春蘭様、お久しぶりでございます」
宗則は、春蘭の前に跪き、深々と頭を下げた。
春蘭は、ゆっくりと顔を上げ、宗則を見つめた。
その瞳には、宗則の成長を喜ぶ気持ちと、信長への不安が、入り混じっていた。
「宗則、よくぞご無事で…」
「春蘭様、お元気そうで、何よりです」
宗則は、春蘭に、今回の信長からの指示と、5,000石の領地を与えられたことを伝えた。
「なんと、5,000石ですか…!」
春蘭は、驚きを隠せない様子だった。
「宗則様…立派になられましたね…」
「これも、ひとえに、春蘭様、そして、白雲斎様のおかげにございます」
宗則は、頭を下げた。
「…ですが…信長様は…私の力…を…恐れても…おられます…」
宗則は、信長の言葉と、その時の鋭い視線を、思い出した。
「…信長様は…かつて…信頼していた家臣に…裏切られた…と…おっしゃいました…」
「信長殿は…危険な御方…宗則殿…くれぐれも…お気をつけ…くだされ…」
春蘭の言葉には、宗則への心配が、強く感じられた。
「私は、信長様を信じたい。彼ならば、きっと、この乱世を終わらせることができる、と…」
宗則は、春蘭の目をまっすぐに見つめ、力強く言った。
「宗則様…」
春蘭は、宗則の言葉に、心を打たれた。
「あなたは…本当に…優しい人です…どうか…あなた自身を…失わないで…」
春蘭は、宗則の両手を握りしめ、懇願するように言った。
宗則は、春蘭に、自らの領地についてのビジョンを語った。
「わたくしは、領民たちを、戦乱の苦しみから解放し、平和で豊かな暮らしができるように領地を治めたいと考えております。そのためにも、信長様の天下統一は、必ず成し遂げねばなりません」
春蘭は、宗則の言葉に、静かに耳を傾けていた。
彼の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「宗則様、あなたは、立派な陰陽師になられました。しかし、土御門家は、古いしきたりを重んじる家柄です。信長様のやり方とは、相容れない部分もあるかもしれません。どうか、くれぐれも、ご用心…を…」
春蘭は、宗則に、静かに言った。
「ありがとうございます、春蘭様。必ず、修行を終えて、戻ってまいります」
宗則は、春蘭に、力強く言った。
彼は、春蘭と都を守るために、土御門家で、陰陽道の真髄を学び、自らの力を、さらに高めることを決意した。
宗則は、春蘭に別れを告げ、賀茂美玖の元へ向かった。
「賀茂殿、これから新たな領地での任務が始まる。何かの折には、ご協力を賜りますよう」
「もちろんです、宗則様。いつでも、お力になります」
美玖は、宗則に、にこやかに答えた。
「宗則殿、頑張ってください! 応援しています!」
美玖は、宗則に、明るく声をかけた。
「ありがとうございます、賀茂様」
宗則は、美玖に、深く頭を下げた。
美玖の明るい笑顔は、宗則の心を、少しだけ軽くした。
宗則は、白雲斎の寺を訪ねた。
春蘭の言葉が、彼の心に引っかかっていた。
(信長様は…危険な御方…)
(師匠は…信長様のことを…どう思っておられるのでしょうか…?)
白雲斎は、静かに茶を点てていた。
宗則は、白雲斎に、信長からの指示と、5000石の領地を与えられたことを伝えた。
「なんと、5,000石か…!」
白雲斎は、驚きを隠せない様子だった。
「宗則、お前は、本当に、大きく成長したのう…」
白雲斎は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。
「わしは、お前に同行しよう」
「え? 師匠も…ですか…?」
宗則は、白雲斎の言葉に、驚いた。
「ああ、宗則。わしは、お前の力になりたい。そして、お前を導きたい」
白雲斎は、静かに言った。
彼の瞳には、深い愛情と、強い決意が宿っていた。
「ありがとうございます、師匠」
宗則は、白雲斎の言葉に、深く感動した。
彼は、師の温かい心に、支えられていることを、改めて実感した。
土御門家への訪問を決意した宗則は、領地の運営を家臣たちに任せつつ、修行のための準備を進めた。
「修行を通じて、陰陽道の真髄を学び、信長様の期待に応え、そして春蘭様と都を守る!」
宗則は若狭の土御門家に向けて旅立つ覚悟を胸に刻んだ。
彼は、綾瀬に、旅の準備をするように指示した。
そして、勝家には、陰陽道の修行のため、しばらくの間、若狭へ行く必要があると告げた。
「修行か。良いことじゃ、宗則。しっかりと学んでくるのじゃ」
勝家は、宗則の申し出を、快く承諾した。
三日後、宗則は、綾瀬、そして白雲斎と共に、若狭へと旅立った。
(続く)
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