第三十七話 陰陽の狭間 ― 信長の選択
永禄十一年(1568年)冬。
京の都、藤原家屋敷。
冷たい風が吹き抜け、木々が葉を落とし始める季節。
都に冬の足音が、静かに近づいていた。
信長の上洛後、二条家は失脚し、近衛家は信長と手を組むことで、朝廷内での影響力を強めていた。
宗則は、信長の家臣として、陰陽師の職務を任されることになったが、都の政争に巻き込まれることに不安を感じていた。
数週間ぶりに、宗則は、藤原家の屋敷を訪れた。
広間の奥にある、春蘭の部屋に通されると、彼女は、静かに微笑みながら、宗則を迎えた。
「宗則殿、よくぞ参られた」
春蘭の表情は、以前よりも穏やかで、宗則は、彼女が、自らの成長を認めてくれたように感じ、安堵した。
「春蘭様、お久しぶりでございます」
宗則は、春蘭に、深く頭を下げた。
しかし、彼の心は、落ち着かなかった。
都の空気は、重く、冷たく、まるで、何か不吉なことが起こる前兆のようだった。
「宗則、お前は、今、大きな岐路に立っている」
春蘭は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。
「陰陽師として、信長様に仕える道、そして、藤原家を護る道。どちらの道を選ぶにしても、多くの困難が待ち受けているでしょう」
「春蘭様、私は…」
宗則は、春蘭に、自らの不安を打ち明けようとした。
しかし、彼は、言葉を詰まらせた。
「信長様は、私に、何を期待しているのでしょうか?」
「私には、まだ、よく分かりません」
宗則は、不安そうに言った。
「信長様は、新しい時代を築こうとしておられます。そのために、彼は、あなたの力が必要なのです」
春蘭は、宗則の不安を、理解していた。
「陰陽師として、あなたは、人々を癒し、守る力を、持っています。その力を、信長様のために使ってください。そして、藤原家を、都を、この国を、守ってください」
春蘭は、宗則の両手を握りしめ、熱く語りかけた。
その時、蓮が、部屋に入ってきた。
「宗則殿、お久しぶりです」
蓮は、宗則に、にこやかに挨拶をした。
しかし、彼の瞳は、冷たく、宗則を、鋭く見据えていた。
「叔母上、宗則殿と、二人きりで話がしたいのですが」
蓮は、春蘭に、そう言った。
「分かりました、蓮」
春蘭は、静かに頷くと、部屋を出て行った。
「宗則殿、あなたは、今、非常に重要な立場にいます」
蓮は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。
「信長様は、あなたに、大きな期待を寄せておられます。そして、藤原家もまた、あなたの力に、頼っています」
「しかし、私は…」
宗則は、言葉を詰まらせた。
「信長様は、危険な人物です。そして、蓮様、あなたもまた…」
「何を言っているのですか、宗則殿?」
蓮は、宗則の言葉を遮り、冷たく笑った。
「私は、ただ、藤原家のために、そして、この都のために、力を尽くそうとしているだけです」
「信長様は、我々にとって、利用価値のある存在です。彼を利用して、二条家を倒し、そして、その信長をも利用して、近衛家を、この都の頂点に導く。そのために、あなたの力が必要なのです、宗則殿」
蓮は、宗則の肩に手を置き、静かに言った。
その手は、冷たく、宗則の肩に、蛇が巻き付いたような、不快な感覚を残した。
「その力を、私たちのためにも使うことを忘れないで欲しい」
蓮は、そう言い残すと、部屋を出て行った。
宗則は、一人、部屋に残された。
彼の心は、春蘭の言葉と、蓮の言葉の間で、激しく揺れ動いていた。
(私は、一体、どうすれば…?)
宗則は、自らの進むべき道に、迷いを感じていた。
(続く)
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