9 皇妃の出産
アマリアの回想
左胸に焼けつくような痛みと息苦しさを感じ、アマリアの意識が覚醒していく。
けれども体は痺れたように冷たく、声を出すことも瞼を開くことさえ出来ない。
自分の魔力をほとんど感じられない。
あれからどれくらいだったのかは分からなかったが、自分の身に起こったことを思い出し死を覚悟した。
今まで見送った人達の顔が次々に浮かぶ。
父と母、姉、元夫のレティウス、そして皇妃エリーザベト様。
不思議と恐怖は無かった。
(辛いこともたくさんあったけど私は幸せだった…。)
アマリアは自分の来し方に思いを馳せる。
私は地方に小さな領地を持つロレーヌ子爵家の三女として生まれた。
平凡ながらも家族仲は良く、勉強だけは出来た私は帝都の大学に入学、そこで将来お仕えすることになる聖コンティス王国の王女、エリーザベト カレルギー殿下にお会いする。
エリーザベト様は私と同学年で、当時皇太子だったユーレヒト殿下と婚約しておられて、お妃教育も兼ねて留学してきた。
ご聡明で春の日差しのように明るく、「コンティスの宝石姫」と呼ばれていた通りの、淡い金髪にカレルギー王家のみが持つという夜空のような紫紺のタンザナイト色の瞳を持った大変美しい方だった。
気さくなお方で私達はすぐ友人になった。
さすが魔術師の祖と言われている聖コンティスが初代の王であり、その子孫でいらっしゃるエリーザベト様も大変強い魔力をお持ちだった。
政略結婚とは思えないほど、皇太子殿下と仲睦まじく、私はそのお人柄に惹かれてご成婚の折に侍女となった。
ちょうどその頃、最初の夫となるレティウスと出会う。
レティウスはライエン伯爵家の三男で近衞騎士をしていた。
快活で仕事ぶりも真面目で腕も立つレティウスに惹かれ、その一年後私達は結婚した。
幸せな日々は続く。
その半年後、皇太子殿下は皇帝に即位され、エリーザベト様は皇妃になられた。
私は筆頭侍女に任命され、夫も騎士伯に叙爵された。
そして間をおかず、皇妃様がご懐妊されていることが分かった。
陛下を始め皆が待ち望んだ嬉しい知らせだった。
思えばその頃が最も幸せだったかも知れない。
皇妃様の悪阻が落ち着いた頃、何と私も妊娠していることが分かった。
その時は夫と抱き合って喜んだ。
皇妃様も喜んでくださり、ぜひお生まれになるお子の乳母になって欲しいと頼まれて快くお受けした。
二人で生まれてくる子を楽しみに編み物をしたりして幸せで穏やかな日々だった。
でもそんな日々は長くは続かなかった。
地方に視察に行かれていた陛下が暴漢に襲われ、身を挺してお守りしたレティウスが殉職したとの連絡が入ったのだ。
私は結婚わずか一年で未亡人となった。
突然の不幸に深い谷の底に落ちていくような恐怖と絶望に、私もお腹の子と共にレティウスの後を追うことも考えた。
そんな私を心から心配し、寄り添い励ましてくれたのは皇妃様だった。
私と夫の方の実家とも代替わりし、疎遠になっていたため、頼る者もなく心細い私を、
「私を姉と思って頼って欲しい。」
とまでおっしゃってくれて、ご自分も大変な時期であったのに安心して子を産み育てられるように全て整えて下さったのだ。
そうした皇妃様の暖かいお心使いもあって、まだまだ夫を失った悲しみは消えないけれどもようやくお腹の子を無事に産んであげなくてはというわずかな希望も見出せるようになっていった。
そしていよいよ皇妃様は十ヶ月目に入り、運命の出産の時を迎える。
私の方も七ヶ月目に入り、今後の勉強のため、助産の女官に混じり皇妃様のご出産の場に立ち会うことが決まった。
後宮の薄紫のリラの花が満開となり、春の終わり頃の日、いよいよ皇妃様のご出産が始まった。
妊娠中の経過は特に問題なくお過ごしであったのに、陣痛が始まっても一向に進む気配が無い。
もう三日も微弱な陣痛が続き、体力的に皇妃様にもかなりのお疲れの様子が見られる。
私も仮眠を取りながら、汗を拭い手を取り励まし続ける。
魔力の消耗が激しく、医師達も治癒師も原因が分からず首を捻るばかりだった。
そして迎えた四日目の夕刻、とうとう皇妃様は男の御子をお産みになった。
その御子様はローゼンシア皇家の濃い金色の髪を持ち、陛下と同じ青い瞳の珠のような皇子様だった。
陛下もそれはそれはお喜びになり、皇妃様を優しく労っていらっしゃった。
皇妃様もやつれてはいらっしゃったが、そのお顔は無事にお世継ぎをお産みになった安心感からか、輝いていらっしゃった。
大変な出産であったが、幸せそうなご様子に皆も私も疲れも吹き飛ぶ思いだった。
そう、その時までは…。
長くなるので区切ります。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。