58 栄誉の大舞踏会
夢の終わりにディアーナは。
秋の初めの大きな太陽がビエナブルクの街を茜色に染めながら遥かな山脈の上に傾く。
帝都の中心部にあるマルティオス辺境伯家のタウンハウスの緑の大屋根の上、銀の髪と白いドレスを夕暮れの風に靡かせながらディアーナが立っていた。
金の刺繍の入ったショールカラーのドレスに長いオペラグローブをはめ、タンザナイトの入った華奢なネックレスをつけ、長い髪は片側だけ編み込まれネックレスとお揃いの髪飾りをつけている。
広く開いたデコルテからは左肩下に薄いピンク色の百合の花のようなあざが見える。
本日は夏の初めのコルネリゼ領での戦いと先日の海戦での勝利を讃えての祝勝会と併せてデビュタントの夜会がサラセナ宮殿にて行われる。
「なぁ、ディア、お前のソレ、結構あからさまじゃね?」
ディアーナの左肩にちょこんと乗っている小さなシーサーペントが呟いた。
「そっ、そうかな…?」
今、ディアーナが着ているドレスもアクセサリーも全てリオンハルトが今日の夜会のために贈ってくれたものだった。
ドレスの金糸の刺繍もネックレスとピアス、髪飾りに使われている宝石のタンザナイトもリオンハルトの髪と瞳の色にそっくりだ。
婚約者に自分の色の入ったドレスを贈るというのはよくあることだが、ディアーナは婚約者ではない。
きっとこれは元妹への愛情と、あの時リオンハルトを助けたことへのお礼だとディアーナは考えている。
矢を受け海へと沈んだディアーナがあの時感じたのは、リオンハルトを守れたという安心感と二度と会うことができない悲しみだった。
そう、ディアーナは死を前にして初めてリオンハルトのことを兄妹としてではない「好き」だという気持ちに気付いたのだった。
「ディアーナ!」
「お嬢様どちらですかー!」
ジェラールとミリアムの呼ぶ声が聞こえる。
「いけない!行かなくちゃ。」
ディアーナは屋根の上からバルコニーへと飛び降りた。
風魔法でドレスが捲れ上がらないようにするのはお約束だ。
部屋へ入るとマルティオス騎士団の紺の儀礼服にたくさんの勲章を付け肩からサッシュを掛けたジェラールと珍しく紺のドレスに同じくサッシュを掛けたミリアムがいた。
今夜の夜会にはローゼンシア帝国騎士団とマルティオス騎士団の中でコルネリゼ領の戦いとビエナブルク港の海戦で武勲を上げた者達の褒賞もありミリアムもカイルのエスコートで参加する。
「ああ、我が家の聖女様は今日もとびきり美しいな。」
「ありがとうお父様。」
ジェラールが満面の笑みで手を差し出し、ディアーナもそれを受けて馬車に乗り込んだ。
ディアーナは壮麗なサラセナ宮殿を馬車の窓から眺める。
ここを離れてマルティオス辺境伯領へ帰ったのは一ヶ月半前、まだ暑い夏の頃だった。
探していた兄が皇子として帰還し、母とアレクサンダー皇太子の命を奪った仇、ベルゼルク大公の最後も見届けた。
当初の目的以上のものを果たし、ディアーナはなぜか晴れない心のままに帰ってきた。
自分勝手に内緒で家を出て、父や皆にも迷惑をかけたことは充分に分かっていたので、もちろん真摯に謝りどんな懲罰も受けるつもりでいた。
重い気持ちで父の執務室へ入ると、そこには眉間に皺を寄せ、全身から黒いオーラを漂わせた父がいた。
膝をつき騎士の最大の謝罪の姿勢で
「父上、ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。処分はいかほどにも。」
と、項垂れるディアーナの前に立ったジェラールは両手を振り翳して思いっきりディアーナを抱きしめた。
「えっ…⁈⁈」
戸惑うディアーナに一言、
「無事帰ってきてくれて良かった…。」
そしてぐふぅ…と男泣きを始めたのだった。
きつい叱責や仕置きもなくただ涙を流す父にディアーナも堪え切れず大声を上げてしがみついて泣いた。
そんな二人の様子を、ラディアスが、ラディアスの父のロンバルトが生暖かい目で微笑ましく見ていた。
因みにディアーナ達の行先と様子は諜報活動に長けたカイルとミリアムの父のクルトール男爵と長兄によってしっかりとバレていた。
カイルとミリアムは今回のことで父兄よりきっちりとお仕置きをされたそうだが詳細については口を閉ざしている。
そんなことがあり、ここはたった一月半前に離れた場所だったのだが季節も秋に変わりディアーナにとってはここで過ごした日々は夢の中での出来事のような懐かしい気がした。
そして今、目の前のホールへ入る大きな扉のまえにはディアーナには馴染みのない金色の髪と紫紺の瞳のリオンハルトが待っていた。
豪華な銀糸の刺繍の入った黒い儀礼服にサッシュを掛け、エメラルドの入ったピンで留めてある。
(まっ、眩しすぎる!!)
物理的に発光しているんじゃないかと思うほどの凛々しく麗しいリオンハルトの姿をディアーナは直視できない。
「ディア、そのドレスよく似合っている。良かった。」
なんて甘い笑顔で言うからディアーナはもう鼻血が出そうだ。
きっと顔も真っ赤になっているだろう。
リオンハルトのことを好きだと認めてからはドキドキして今まで通りに接することができないのに。
今回の夜会で、リオンハルトは婚約者候補のロートシルト公爵家のフローリア公女ではなく、二つの戦いの功労者で新しく見つかった聖女であるディアーナをエスコートすることになり何と豪華なドレスとアクセサリーまで贈ってくれた。
ディアーナは聖女という肩書きとリオンハルトを助けた時のお礼と少しの吊り橋効果もあっての今回だけのことだと思っている。
だとしたら、今夜だけは楽しもうとリオンハルトの手を取った。
懐かしいいつものリオン兄様のマリンノートの香りがした。
その時、廊下の奥からマルティオス騎士団の儀礼服に身を包んだラディアスにエスコートされたフローリア公女がやって来た。
今回急きょ同じく功労者として出席するラディアスがフローリアのパートナーを務めることとなったのだ。
薄紫色のシフォンドレスに淡い金の髪を緩く結い上げたフローリアは妖精姫の名に相応しい美しさだった。
そんなフローリアがリオンハルトとディアーナの姿を捉えた時、途端に顔を真っ赤にして、大きなピンクの瞳を潤ませ震え始めた。
ディアーナは思った。
(これはアレね。
「酷いわっ!私の皇子様を誑かしたのねっ!」
とかいうパターンか…⁈)
自分は今、ミリアムがハマっている恋愛小説によくある可憐なヒロインから王子様を奪う悪役令嬢(聖女?)の役どころだということか。
そんなフローリアが二人に近づき、意を決したように口を開いた。
「あ、あの、ディアーナ様、握手して下さい!」
「へっ…⁇」
ディアーナの口から淑女らしからぬ言葉が出た。
「あの、私前回の戦いと今回の海戦でのディアーナ様のご活躍を新聞で拝見いたしまして、正しく神話の戦乙女のような戦いぶりにずっと憧れておりました。
ディアーナ様や騎士様達の筋肉のぶつかり合い、いえ、戦いを間近で拝見したいと本気で思ってたのですが、父から泣いて止められまして…本日、立派な騎士様達に囲まれ、ラディアス様の逞しい上腕二頭筋にも触り放題で、あっ、もちろんリオンハルト殿下の細マッチョも捨て難いんですが、エスコートを代わって頂き大変感謝しておりますっ!」
と、一気に言い切った。
フローリア公女はまさかのオタク、ゴリラ好きだった…。
エスコートしているラディアスを始め、入場を待っていた騎士達が妖精姫にキラキラとした笑顔を向けられて顔を赤くしている。
人は見かけによらないとディアーナは思った。
そうしてホールの大扉が開かれ入場してきたリオンハルトとディアーナ、ラディアスとフローリア、ジェラールが率いるマルティオス騎士団とルドルフとエディが率いる帝国騎士団の面々達に大きな拍手と歓声が上がる。
そして一同を前にした皇帝とレグルス、アルファルドによってまずは皇太子リオンハルトに勲章と獅子帝が愛用したと伝えられる国宝の白金の剣を、次にディアーナには聖女として王族に次ぐ地位と宝石が埋め込まれたダガーが下賜された。
続いて褒賞を受けたのはジェラールだ。
マルティオス辺境伯家は陞爵され、侯爵位を持つ辺境伯家ということになった。
そしてルドルフ ホーエン第一騎士団長とエドモンド ハンスタイン近衛騎士団長が伯爵位を、第三、第四騎士団とマルティオス騎士団の今回活躍した者、カイル、ミリアムのクルトール兄妹も騎士爵に叙爵された。
それとは別にもう一人、今回、ベルゼルク大公の陰謀を暴きドニエーブル帝国の侵略を止めた功労者としてテレンス ワイマール宰相補佐官も伯爵位を得た。
それぞれが誇らしげに顔を輝かせる中、デビュタントのお披露目が済みいよいよ最後のダンスの時を迎える。
「貴女とダンスをする栄誉を私に。」
優雅にお辞儀をして右手を差し出すキラキラした笑顔のリオンハルトにディアーナの顔面は崩壊寸前だ。
「よ、喜んでお受けいたします。」
手を取ったディアーナとリオンハルトが軽やかなワルツの曲に乗って踊り始めた。
小さい頃からお互いで練習を重ねてきた二人は息ぴったりだ。
周囲からも感嘆のため息が漏れる。
シャンデリアの光を浴びて優雅に踊る二人の笑顔と金と銀色の髪と刺繍を散りばめた衣装が煌めいている。
あれほど憧れ、そして一度は諦めた夜会でのリオンハルトとの一曲のみのダンスをディアーナは心から楽しんだのだった。
騎士達に栄光を!
次回、第一章最終話です。
お読みいただきありがとうございます。
不定期投稿になりますがよろしくお付き合い下さいませ。




